毎週土曜日「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で8時20分頃から放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。
もちろん、日本人の作品もあります。
展示されている50人・240点の作品は、知的障害や精神疾患、孤児院での生活、依存していた家族を亡くした喪失感など境遇は様々ですが、偶然のきっかけによって生まれたものであったり、内面から湧き上がる強い衝動によって必然的に生み出された作品が多いのが特徴です。作品の鑑賞について、キュレーターの嘉納礼奈(かのう・れな)さんはこのように話します。
「ポコラート世界展 ~偶然と、必然と、~」は、東京・千代田区外神田にある「アーツ千代田3331」で9月5日(日)まで開催されています。 新型コロナウイルスの感染予防対策や遠方で来場が難しい方のためにオンラインコンテンツも発信しています。
このアイデンティティの崩壊をきっかけに自分自身の写真を撮るセルフポートレートを開始。映画スターや様々な職業、時には女装など扮装した自身の姿を55年間、7万枚以上撮影し、「自分とは何者なのか?」を問い続けています。ほかには、マルク・モレさんというスイスの地方で農業に従事していた男性の作品。 亡くなった母親の存在をいつまでも心にとどめておきたいと考えた彼は、母親が使っていた裁縫道具や布の切れ端を糊で塗り固めてオブジェを作り上げます。一見おどろおどろしく見えるこのオブジェの前で、彼は毎晩、母親を思い出しながら、十字を切り、祈りを捧げていたそうです。
武田拓(たけだ・ひらく)さんという男性の作品。カゴに突っ込んだ膨大な数の使用済み割り箸が、まるでサボテンのように群生している立体作品。彼は、福祉事業所で割り箸を牛乳パックに詰めて燃料材にする仕事に従事していました。パックいっぱいに詰め終わると完成なんですが、詰込み続けます。事業所のスタッフは彼のその行動を止めずに、衝動の赴くままに促したのがこの作品です。型にはめなかったからこそ生まれた作品でもあります。
面白いのは、この割り箸を無限に詰める行為に熱中したのが僅か2か月間だったということ。その後、別のことに興味が移り、箸を挿す行為をやめてしまったそうです。
美術とは違う共感ができるのではないか。「他人に見せることを前提としない作品が多い」ということは、画材にも表れていました。段ボールや紙ナプキン、チラシの裏などに書かれたもの。高価な絵具ではなく、市販のボールペンやマジックで書かれたものが多いことにも気づかされました。
美術という建前ではなく、人間が生きていく中での本音のようなものを垣間見れるものとして身近に見て欲しい。皆さん、美術にかかわらず発明家なんですよね。ひとつの行為を発明されたりとか、ひとつの形を発明されたりとか、クリエイティビティの力を見て欲しいですね。それは実物作品がどんな言葉よりも物語るところがあります。
詳しくは「ポコラート世界展」のホームページを参照ください。(担当:瀬尾崇信)
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