ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


宇多丸、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』を語る!【映画評書...の画像はこちら >>

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年3月20日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン改め、最新映画ソフトを評論する新作DVD&Blu-rayウォッチメン。今夜扱うのは、6月10日にDVDやBlu-rayが発売されたこの作品です…… 『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』。

(曲が流れる)

DCコミックスのヴィラン、まあ悪役ですね……が終結した、2016年の『スーサイド・スクワッド』に登場したハーレイ・クインが、スピンオフとして主役になったアクション・エンターテイメント。ジョーカーと破局したハーレイ・クインはゴッサム・シティの悪党たちに命を狙われるようになった。そんな中、大物犯罪者ブラックマスクに目を付けられたハーレイ・クインは、女性だけのチームを結成し対決を挑む。

ハーレイ・クイン役は『スーサイド・スクワッド』に引き続きマーゴット・ロビー。敵役のブラックマスクを演じたのはユアン・マクレガー。監督を務めたのは中国生まれの女性監督キャシー・ヤンさん。アジア系女性映画監督がスーパーヒーロー映画の監督をしたのは史上初、ということでございます。

さあ、ということで『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』。劇場でもね、公開はされておりましたが。この作品をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。やっぱり注目作でしたからね。コロナ禍も過ぎてもね、非常に注目が多かった。賛否の比率は、褒める意見が6割強。反対にダメだというという意見も3割ほどございました。

主な褒める意見は、「痛快な娯楽エンタメ。ガールズ・エンパワーメント映画としても申し分なく、それでいてほどほどに軽いのがいい」「意外なほど本格的な格闘アクションシーンにしびれた」「男社会でそれぞれ片隅に追いやられた女たちがチームを組んでいく流れに胸アツ」などがございました。一方、批判的な意見としては、「やりたいことはわかるが、ストーリーがあまりに弱い。

敵に魅力がないので最後まで盛り上がらない」「ハーレイ・クインのぶっとんだキャラが活かれていない」「前半の時系列をシャッフルした演出、いる?」とか、いろんな声がありました。
宇多丸、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』を語る!【映画評書き起こし】

■「『あんたたち、今、少女時代のかつての自分自身を救っているんやな!』」(byリスナー)
ということで代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「九蓮天和」さん。「『BIRDS OF PREY』、3月公開当時、スクリーンで鑑賞してきました。ただ、その場を切り抜けるために悪か善か、敵か味方かの立ち位置をぐるぐる変えながら行動するハーレイちゃんに自分は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウが重なり、『女性主人公でこういうタイプって今まで知らなかったな』と思いつつ、我が道を行く彼女をいきいきと演じてるマーゴット・ロビー、最高となりました。他のキャラクターもみんなひとりひとり違う魅力があっていい」と。

まあ、いろいろ書いていただいて……「最後の遊園地アトラクション内でのアクションシーン。ギミックを利用した戦闘演出も楽しいし、あと髪ゴムを渡すところ……」。これはブラックキャナリーが戦ってるところで、髪をまとめるゴムをハーレイ・クインが渡して、それで本当にまとめて戦うっていうね。「わかってる!」っていう、やっぱり女性なのではな視点ね。「何よりも少女カサンドラを守るために戦っている4人の大人たちを見て、『あんたたち、今、少女時代のかつての自分自身を救っているんやな!』と勝手に熱くなり、ローラースケートカーアクションも『ヒューッ! こういうの、子供の頃やってみたかった! 最高!』と楽しませてもらいました。

マジとコメディの境目が絶妙というか、重くなりすぎずに楽しめつつ、ちゃんとシスターフッドも見せてくれる作品では。

ラストのハーレイ・ウインクに『ありがとう! かわいいよ! 大好き!』とガッツポーズしたくなる映画です」という九蓮天和さんでした。

一方ですね、いまいちだったという方もご紹介いたしましょう。「ミスターホワイト」さん。「コロナ禍の前、公開時に鑑賞しました」。皆さん、素晴らしいですね。劇場で。「結論から言えば、2000年半からの二大コミック、マーベルとDC時代の中でも一番興味を引かない作品です。決して出来が悪いということではなく、作りはしっかりしています。

フェミニズム的なメッセージ性も過不足ないです。でも映画としてのカタルシスや見せ場の画が薄いのです。理由は2つあり、ひとつは守るべき存在と、その障害であるヴィラン(悪役)に魅力がないことです。2人のヴィラン、これがどちらも弱く、脅威として役不足です」というご意見。

「あと、2つ目はアクション。87elevenのアクションデザインはいつも通りすごいのですが、作品に気持ちが入り込めていないと『すごい』だけでカタルシスは発生しないのです。一番の見せ場である警察へのカチコミも憎い敵がいるわけでもないですし……」。

まあ、だからこそね、不殺生というかね、殺さずに行くわけなんだなとも思いますけどね。「後半、急にスーパーパワーが出てくるのも作品の統一感がなかったです」というようなご意見でございました。

■「DCエクステンデッドユニバース」の中では最も狙いがうまく行っている一作
はい、皆さんメールありがとうございます。ということで私もですね、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』、今回私はちょっと劇場は間に合っておりませんで、ようやくこのタイミングでBlu-rayソフトを買いまして、4KウルトラHD、字幕と吹き替えとあと、Blu-rayについているいわゆるムービーツアーっていうね、解説が逐一出てくる仕様がありますけども、ムービーツアーでも見て、計3周ぐらいはしてる感じでございます。

ということで、日本公開は3月20日、劇場公開。アメリカでは今年2月7日ということで、興行的にはですね、コロナウイルス感染拡大のあおりをモロに受けてしまった超大作、ということは間違いないと思いますね。しかし、出来的にはですね、明らかに僕は、一連のいわゆるDCエクステンデッドユニバース作品の中では、明らかに最も狙いがうまく行っている一作、という風に言えるかなと思います。

DCエクステンデッドユニバース、身も蓋もない言い方をしてしまえばDCコミックス版のマーベルシネマティックユニバース、的な一連のシリーズ。その中で、先ほどもありましたけど、2016年の『スーサイド・スクワッド』という作品がありまして。

僕は2016年9月24日に評したんですけども、とにかくその『スーサイド・スクワッド』がですね、細かい理由についてはその僕の評…….公式書き起こしが今でも読めますんで、ちょっとぜひ読んでいただきたい。私も久しぶりに読み返して、自分でも笑ってしまいましたが。

「ヘリコプターが3回落ちる頃には目が死んでいる」とか、自分の評に笑ってしまいましたけど。非常に面白くなりそうな企画だったし、ちゃんとヒットもしたんだけど……それでいいところもあるんだけど、諸々がうまく噛み合ってないところが目立つ、全体の出来としてはまあ、決して褒められたもんじゃないという一作だったわけですね。ただその中で、唯一高評価というか、高い人気を集めたのが、マーゴット・ロビー演じるハーレイ・クインというキャラクター。要は劇中でジャレッド・レトが演じていたジョーカーの彼女、という役柄ですね。

これ、元は1992年、アニメシリーズ版の『バットマン』で初めて登場して、コミック版には後から登場したキャラクターですね、ハーレイ・クイン。で、一応念のために言っておくと、ホアキン・フェニックスが演じて昨年大ヒットした『ジョーカー』のあれ、あのジョーカーとか、あとはヒース・レジャーが演じたあの伝説的な『ダークナイト』のあのジョーカーとかとは、完全に別の世界線。まあジャレッド・レトのジョーカー世界線、みたいなので、ちょっとややこしいんですけどね。

ともあれ、そのホアキン・フェニックスだ、ヒース・レジャーだといったジョーカーと比べると、何と言いましょうか、ヤンキーカップル的と言いましょうかね、「暴力的に共依存してるヤンキーカップル」的な趣だった『スーサイド・スクワッド』のジョーカーとハーレイ・クインカップルでしたけども。分けてもそのマーゴット・ロビーが演じたハーレイ・クイン、明らかに作中でも、群を抜いてキュートに際立って、光っていたという。

で、実際にその年のハロウィーンでもハーレイ・クインのコスプレが大量発生したというぐらい、本当に人気を集めたりキャラクターで。

恐らく演じたマーゴット・ロビー自身も……マーゴット・ロビー自身は実は、『スーサイド・スクワッド』に出るまでは、アメコミヒーロー物とかあんまり興味ない、みたいなことを公言してた人なんですが。マーゴット・ロビー自身が、演じてみたら、まあ手応えがあった。

あるいはDCやワーナーといったその製作陣の中にも、『スーサイド・スクワッド』の製作中にすでに、大きな手応えがあったのでしょう。2015年の時点で、すでにマーゴット・ロビーのハーレイ・クインを中心とした女性ヒーローチーム物。それもR-指定……つまり、バイオレンス描写も含めた大人向け作品としての女性ヒーローチーム物、というスピンオフ企画が、マーゴット・ロビーから提案されて。そして2016年、『スーサイド・スクワッド』公開前にはすでにそれが、製作決定が承認されているという。そのぐらいもうね、「ああ、このハーレイ・クインというキャラクターは行けますね!」っていう風に、みんな手応えを掴んでいたっていうことなんですね。

■「新時代の女性チーム物」企画が続々進行していた時期にスタート
折しも、この2015年、2016年というあたりは、2016年のあの『ゴーストバスターズ』リブートであるとか、あるいは2018年の『オーシャンズ8』とか、あるいは2019年、去年の『チャーリーズ・エンジェル』の続編といった、要は「新時代の女性チーム物」企画というのが次々進行していたという、こういう流れというのもあって、ということだと思いますね。

で、このハーレイ・クインもですね、もちろん何しろ主演のマーゴット・ロビー自身が、企画発案者にしてプロデューサーとして、全体を引っ張る立場とも言えますし。あと、共同プロデューサー、そのマーゴット・ロビーともう1人……3人のうちのもう1人、スー・クロールさんという方も女性だし。あとはその、脚本のクリスティーナ・ホドソンさん。

この方はたとえば『バンブルビー』とかも書いてるような人ですけど。メイキングなんかを見る限り、この人のね、ワイルドなキャラクター、持ち味、好みみたいなものが、今回の『ハーレイ・クイン』にはかなり反映されてるっぽい感じがするんですけども。ともあれ、このクリスティーナ・ホドソンさんも、もちろん女性ですし。

監督として、まさしく大抜擢された中国系アメリカ人のキャシー・ヤンさん。この方の、なんと長編はこれがまだ、二作目なんですね。一作目、長編デビュー作は、2018年、英語タイトルが『Dead Pigs』という作品があって。これは、2013年に起きた、上海の黄浦江という川で、不法投棄された豚の死骸が1万匹以上発見されたという事件があって、これを元にしたダークコメディ、っていうことなんですけど。僕ね、申し訳ないですけど、このタイミングでは予告しか見られてなくて。ちょっと本編は全部見られていないんですが。

ただ、予告を見るだにもう、ちょっと「ああ、これはかなり水準が高そうですぞ」と、各地映画祭等で本当に軒並み高評価というのもうなづける、ちょっと……わかりませんよ。その本編を見れてないけど予告を見るだに、『ほえる犬は噛まない』で注目された頃のポン・ジュノすら連想するような、ちょっと才気走った感じというかですね。あと、色彩の使い方……独特の、ちょっと毒々しぐらいの色彩の使い方。今回のね、『ハーレイ・クイン』にも活かされてましたけど。そんなのも含めてですね、ちょっとこれはたしかに才能だなっていうのが、ビンビンに伝わってくる感じなんですね。予告を見るだに。

で、とはいえその、それほどの大作というわけでもないであろうその『Dead Pigs』から、いきなり超ビッグバジェット大作であるこの『ハーレイ・クイン』に引っ張ってくるという、これがまず非常に企画として大胆、英断ですし。あと、そこでまた堂々とね、この企画をここまで仕上げきるっていう……ねえ。今までそこまで大きい作品じゃないのを1個撮っただけ、っていう監督が、いきなりこれをここまで仕上げきるっていう。だからキャシー・ヤンさん、かなり人間としても大物じゃないか?っていうね。メイキングで答えてるのなんかを見ても、かなり堂々とした方、という感じがしますけどね。

■見どころのアクションシーンは「87eleven Action Design」の仕事
ということで、とにかくそんな感じでですね、まあ活きのいい女性クリエイターたちがグイグイと主導して作られた一作、ということなんですけども。その一方でですね、一種遊戯的に、コメディ的に工夫が凝らされたアクションの数々が全編に散りばめられている、っていうことも大きな魅力となっている本作。

荒唐無稽なケレン味にあふれながらも、同時にフィジカルな……要するに、生の肉体のパフォーマンス力っていうのもしっかり見せる、という。いわば2000年代アクションのアップデート版的なこのバランス、非常にお見事!という感じだったんですけど。これはまあ、それもそのはず。この「2000年代アクションのアップデート版」といえば、この人たちですね。スタントコーディネイトを手がけたのは、もうこのコーナーのリスナーであればすでにおなじみでしょう、あの「87eleven Action Design」。要するにデヴィッド・リーチさん、チャド・スタエルスキさん。

チャド・スタエルスキさんは私もインタビューしました。こちらが設立した、要は今、アクション映画の最先端を走っているこのチームですね。もうアクション映画、アクションを革新し続けているこのチームからですね、今回はジョナサン・エウゼビオさんという方。この方、もちろん『ジョン・ウィック』シリーズ、あるいは『デッドプール2』、あるいは『ワイルド・スピード ICE BREAK』だとかね。あとはたとえばMCU、『アベンジャーズ』『ブラックパンサー』などにも関わってきたような方ですけども。

今回の『ハーレイ・クイン』でも、スタントコーディネーターとして、そして第2班監督として入られて、アクションシーンの質、豊かさに非常に貢献されているという。まあ、とにかく87elevenが入っているなら、そりゃあすごいに決まってる、って感じですよね。

■共依存関係的なジョーカー&ハーレイ・クインを否定するところから話は始まる
ということで、この『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』。原題も『Birds of Prey (and the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn)』という、要はあえての長ったらしいタイトル、それが元々付いてるわけですけど。

要はこれ、60年代とか70年代初頭の小粋なアクションコメディ風、というかね。その感じ。もっと言えば、その60年代、70年代の小粋なアクションコメディーのサンプリング的な感覚っていうことですね。で、この構造自体がやっぱり、2000年代のアメリカ・アクションエンターテイメントっぽい、って言うかね。さっき言ったアクションのトーンを含め、全体に「2000年代のアメリカ・アクションエンターテイメントのアップデート版」っていうバランスが非常に強い一作だな、という風に思いました。

それこそタランティーノ感というかね。特に『キル・ビル』風、とは言えますしね。あとはドリュー・バリモア製作版の『チャーリーズ・エンジェル』的でももちろんありますし。近年の作品で言うとですね、やっぱりあの、観客に第4の壁を破って語りかける作りだとか、あとはひっきりなしに前後する時制などですね、あえてのせわしない、ガチャガチャとした語り口っていうのはやっぱり、『デッドプール』が一番近いかなと思います。まあ『デッドプール』を連想していただけば一番いいんじゃないでしょうか。

冒頭、まずいきなりかわいいアニメでですね、そのハーレイ・クインのこれまでの半生というのをポンポンと説明していくという、この作りからして、いかにも『デッドプール』なり何なりっていうね。アニメが出てくる感じ。『キル・ビル』でもいいですけどね。そういう感じがすると思うんですけど。あと、字幕が面白おかしく出てきたりとかね。いかにもそういう作りだと思うんですけど。ただ本作が面白いのはですね、やっぱりそこから始まるストーリー。

そこから始まる物語がですね、はっきりその、スピンオフの元になった前作、『スーサイド・スクワッド』における、ジョーカーとハーレイ・クインのカップル……さっき言ったように「暴力的に共依存してるヤンキーカップル」的な関係性。要はそのジョーカーは、結構ハーレイ・クインさんにひどいことをしてるわけですね。なんだけど、まあ魅入られたようにというかな、その共依存関係みたいなことになってるというカップルで。で、その暴力的に共依存してるヤンキーカップル的な関係性を、今回の『ハーレイ・クイン』は、全面的に批判することから形づくられている話というか。そこが面白いですよね。

本作冒頭で、ハーレイ・クインは、唐突にジョーカーに捨てられて……要は「パワーを持った男の庇護下」でこそ得られていた安全とか、もっと言えばアイデンティティを、まずは根こそぎ失うことになる。そこから始まるわけですね。で、ただこれはでもね、現実でも実際によく起こってることなわけですよ、これは。要するに、「○○の彼女」とか「○○の奥さん」という形でしか社会的な立場を与えられられてこなかった女性が、そこを剥ぎ取られてしまった途端、宙ぶらりんに、孤立した立場になってしまう、というような構図。これ、現実にありますよね。

つまりこの話は、そういう現実のメタファーでもあるわけです。そういう立場に……男性とセットになる形でしかアイデンティティを与えられてこなかった女性、というもののメタファーでもあるわけですね。

■軽薄なハーレイ・クインのキャラクター、語り口も明るくてポップ
ただ、ここがですね、やっぱりマーゴット・ロビー演じるハーレイ・クインというこのキャラクターが映画的な魅力を放っている所以でもあるんですけど。

一応、泣いたり悩んだりもするんですけど、このキャラクターは、常にやっぱり行動が先、というかね。動いて、「アクション」してから考える、という、キャラクターのそのヌケの良さというのもありまして、基本全くウジウジしていないというか、先ほどスタッフみんなで話していて、やっぱりこの表現がぴったりですね……基本、非常に軽薄なわけです(笑)。まあ、それを表現するのがやっぱり、表情をコロッと変えるっていうかね。表情をコロッと変えた瞬間、目の焦点があさっての方を向いている(笑)っていう、ああいう時のマーゴット・ロビーのふざけきった、「てめえ、ナメてんだろ?」っていうあの顔とか、本当に絶品なんですけど。

で、それとは対照的にですね、そもそも本作におけるジョーカーというのは……前作でそのジャレッド・レトがですね、彼なりに熱演したそれというのは、ほぼ完全に「なかったこと」になっている。これはちょっと若干、ジャレッド・レトには僕は同情してしまいますが。あくまでアニメとか、あるいはその下手くそに描かれた絵。あるいは「ミスターJ」「プリンちゃん」といった、要するにハーレイ・クイン流の愛称などによってですね、言ってみれば極度に抽象化された存在……ほとんどですね、要は「力を持った男」っていうものの象徴、概念としてしか扱われていないわけです、今回のジョーカーは。

つまりですね、この話にとって肝心なのは、男に振られたことそのものではなく、「恋愛」という美名のもとに依存できる対象を見つけることが人生において大事なんじゃない、あくまでも自分のための人生を見つけ直すこと、そういう話なんだ、というテンションで、最初から最後まで一貫しているわけです、この映画は。

なので、全体のトーンとしては、話し運びのテンポの良さもあって、いい意味でパッと見、軽い。ひたすらポップなわけですね。さっき言ったようなその87elevenによるアクション演出もですね、はっきり遊戯的、コメディ的な方向に振り切っている。結構バイオレントな場面もあったりしますけど、それすらももう、行きすぎていて笑っちゃう。足を折られる描写とか、ひどすぎる! みたいな感じで、笑っちゃう感じになっている。

これ、僕は『フロントロウ』というネット上の記事で見ましたけど、「ジャッキー・チェン風を目指した」という風にね、はっきりおっしゃってたりなんかもしますけども。

■軽薄な上辺の底で鳴る「感じ悪い」通奏低音
ただですね、もちろんパッと見、ひたすら軽くてポップ、軽薄!っていうね(笑)。これ、いい意味で軽薄!っていう感じが続くんですけど、ただ同時にですね、ここも本作の実はとても魅力的なところなんですけど、たとえばですね、プロダクションデザイナーのK・K・バレットさんという方。この方はですね、スパイク・ジョーンズの作品とかですごくいっぱい仕事してる方ですね。

K・K・バレットさんが手掛けた、美術の不穏さ。たとえばですね、ユアン・マクレガーが、ものすごく感じ悪く――僕、これは褒めてますけど――演じているヴィラン、ブラックマスク。ブラックマスクはたしかに、強さという意味では物足りないかもしれないけど、あの、ただ単にいやがらせのためだけにあの女の人を脅すところとか、あとは顔はぎとか相当なもんだしね……非常に感じ悪く演じている、そのブラックマスクこと、ローマン・シオニスという人。

この人が経営しているクラブのね、あの美術。ちょっと『時計じかけのオレンジ』のコロヴァ・ミルク・バー風というのかな、あれとか。あるいは自宅のインテリアであるとかですね。あるいは、クライマックスの舞台となるファンハウスであるとか。あるいは、さらにその後に出てくる、霧の中の桟橋であるとか……などなどに散りばめられた不、気味な意匠。もっと言えばですね、特にあのファンハウスの背景なんかそうですけど。

要はこれまで、さまざまな形で抑圧されてきた女性たち、あるいはさまざまな形の男性による権力構造、みたいなのを暗示するような細部が、この美術とかで、場面、画面を、全体に静かに支配してる感じがあるわけです。語り口のポップさと裏腹に、そのグロテスクな真実というのが、全編にうっすらと通底してるような感じが……この美術の何か「感じ悪い」感じ、よく見るとそういう女性たちの抑圧というのが表現されているような、そういう美術とかが、実は画面には大きく映っていたりするんで。

実は非常に不気味だったりグロテスクだったり不穏だったりする細部っていうのが、通底している。これが実は本作の大きな魅力にもなってるかな、という風に思います。要はですね、作品全体に広い意味での「デザイン」が、しっかり行き届いてるっていう感じですね。なので、話の軽さ……言ってみれば薄さっていうのはたしかにあるんだけど、そこには実は、その底に重低音が響いてる、という。なので高音も効く、という作りにはなってると思うんですね、音楽的なたとえで言うならば。

そういう不穏な細部で、僕が個人的に一番頭にこびりついたのはですね、中盤、ハーレイ・クインがブラックマスクに殴られたところで唐突に挟み込まれる、あのハワード・ホークス『紳士は金髪がお好き』、1953年の作品の中で、マリリン・モンローが「ダイヤモンドは女の親友」という非常に有名な曲を歌う場面。あのマドンナの「Material Girl」の元ネタですね。それの不気味なパロディーがね、急に挟み込まれる。

もちろんその、ハリウッド映画の性差別的な描写、物語の歴史に対する批判的な批評であり、もちろん現実の社会構造のメタファーでもあり、っていう、こういうディテールが突然ぶち込まれたりする、というスリリングさ。あれは物語的に説明されないので、余計不気味に頭にこびりつく。こういうのがまた、本作の独特の味わいにも繋がってるなと思います。

■シスターフッド物としても熱く、ウェットにも行きすぎない。デザインが的確にハマった快作!
ポップカルチャーとかポップミュージックの引用、他で言うとたとえば、ブラックキャナリーことダイナ・ランスを演じるジャーニー・スモレット=ベルさんが、見事な自前の美声を響かせる、そしてそれがクライマックスのいわゆる「Canary Cry」への伏線ともなっている、ジェームス・ブラウンの「It's A Man's Man's Man's World」の皮肉な歌唱なども、非常に印象的ですし。

あと、クライマックスの伏線という意味ではですね、序盤にハーレイ・クインがローラーゲームをやってますね。選手になってる。これ、コミックにもあるくだりが、ちゃんとクライマックスでも生きてくる、というあたり。普通にやっぱり「待ってました!」「来たーっ!」っていう感じがして、非常にカタルシスがあったりすると思います。

マーゴット・ロビー、『アイ,トーニャ』の後ですから、もちろんスケートはお手のもの、といったあたりでございます。個人的には、ロージー・ペレスが久々に大活躍してるのとか、本当に嬉しかったですけどね。ということで、石井隆の『GONIN2』よろしく、社会からドロップアウトした女性たちが、暴力的な男たちに立ち向かうためにチーム化していくという、いわゆるそのシスターフッド物としての熱さはもちろんある。ただ一方で、それがウェットに行きすぎないバランスにとどめているのも好ましい。

主人公ハーレイ・クインがですね、とはいえこれは誰かにとっての善きことじゃなくて、あくまで自分のため、自分の人生、自分の欲望、自分の喜び、自分のアイデンティティのために戦ったんだ、ってことを高らかに……というよりはシレッと宣言してみせる、あのラスト。シレッとしたラストというかね。このシレッとしたラストの「ちがうよーん! ベーッ! 私、いい人じゃないよ、ベーッ!」っていうあの感じは、図らずもというか、ホアキン・フェニックス版『ジョーカー』ラストの突き放しとも、ちょっとシンクロするものがあるかな、と思ったりしてね。ここも見事だなという風に思いました。

ということで、実はなかなか独特のバランスの一作ではあると思いますが、それも含めて非常に、狙いそのもの、デザインが的確にハマった快作と言っていいんじゃないでしょうか。僕はDCエクステンデッドユニバースの中では一番、狙いとできたものが一致している作品だ、という風に思います。

そしてキャシー・ヤンさんというこの女性監督、恐るべし、新人監督恐るべし、っていうのもありますし。あと、やっぱりマーゴット・ロビー、なかなか大物化しつつある、シャーリーズ・セロンに匹敵する、女優でありプロデューサーとして優れたところに来ているな、っていうのも含めて、私は納得の一作でございました。ぜひぜひ、様々な形でウォッチしてください。
(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』です)

宇多丸、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』を語る!【映画評書き起こし】

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆6月19日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200619180000

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