TBSラジオ「ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ」毎週木曜よる9時から放送中!
▼リモート収録中のぜったくん
「マイゲーム・マイライフ」のゲストにラッパーのぜったくんさんがやってきました。いわゆる「さかなクン」的な、「くん」も含めての芸名ですが、「ぜったくんさん」だとどうにも居心地が悪いので、以降は「ぜったくん」と書かせていただきます。
ぜったくん「最初にやったのが、3歳の頃に親が買ってたゲームボーイで、ポケモンの緑と赤なんですよ」
宇多丸「うんうん。3歳」
ぜったくん「それがおそらく最初の出会いだったんですけど、その頃のやってた記憶とかはあんまりなくて」
宇多丸「そうだよね。3歳じゃあね」
ぜったくん「そう、で、親がすごいポケモン好きだったんで。ポケモンの図鑑を……、手書きのノートに、図鑑を作れって言われて。図鑑を親に作らされて鳴き声も全部覚えさせられた記憶だけあります」
宇多丸「……作らされた?(笑)じゃあそれがなんか、教育の一貫だったんですかね。字を覚えさせるとか絵を描かせるとか」
ぜったくん「あー、そうだったのかもしれないですね。今、思えば」
宇多丸「そんなに親御さんポケモン好きなんだ」
ぜったくん「緑と赤、両方持ってて。2つなんで持ってるんだろうって思ったら、2個で交換して、図鑑を完成させるみたいなことをやってましたけど」
宇多丸「家庭環境として普通にあったってことですよね。強制ゲーム人生っていうか」
こうして何不自由なくゲームをして育ったぜったくん。過去のゲストの傾向として、子どもの頃に制限された人のほうが大人になって廃人級にゲームをするようになる、という説もありますが、ぜったくんの場合は子どもの頃からずっと途切れることなくゲーム三昧のようです。
そして、ぜったくんにとって初めてのオープンワールドだったという「グランド・セフト・オート:リバティーシティ・ストーリーズ」の話題に。
ぜったくん「これやってると(友達の間で)イケてるぜ、みたいなのもあって。みんな持ってる感じでしたね」
宇多丸「いやー、いい世代だねぇ! いいのかなぁ? でもいい世代だよ、本当に」
ぜったくん「いいのか、悪いのか(笑)」
宇多丸「いやー、超最高でしょう! 中学の頃にあったらこんなのねぇ、もう楽しいなぁ~! 人生楽しいなぁ~!」
ぜったくん「そう、人生楽しいんですよ。しかもこれの中で流れるラジオがあるじゃないですか。これで洋楽を知りました」
宇多丸「洋楽だし、ヒップホップが本当すごい」
ぜったくん「そうマジでチャンネルをヒップホップにずっと合わせ続けて、こんなのあるんだ、みたいな」
宇多丸「じゃあStretch Armstrong聞いてたんだ、ずっと」
ぜったくん「そうそう(笑)」
宇多丸「これもうニューヨークで暮らしてるのと同じことだからね、これ」
ぜったくん「マジでリバティーシティの住人ですね」
宇多丸「もう普通にニューヨークネイティブとしてヒップホップ聞きまくったのと同じだよ、それは」
ぜったくん「間違いないですね」
宇多丸「じゃあ、それで音楽とかも色々なの知れるし」
ぜったくん「そうそうそうそう。本当、暮らしてたも同然です、本当に。リバティーシティの中で」
宇多丸「いやー、いいな。俺たぶん、ぜったくんの親御さんと同じくらいの歳だけど、喜び方がぜったくんと同じ(笑)。でも、ある意味ね、ラッパートラックメイカーになっていくぜったくんのね、ひとつの元と言っても過言じゃないよね、これ」
ぜったくん「これがもう基盤になってます。(中略)受験のときにこれをリスニングって呼んでましたから」
宇多丸「リスニング! 英語ね! 確かに、確かに。リスニングになるんじゃね? なると思うよ。俺、ラップすごい聞いてるからリスニング強いんだと思うんだよね、間違いなく。
ほかにも、オンラインで海外の人と遊ぶことで英語を学んだなど、勉強にもなり、今の仕事にも繋がり、とゲーム経験をうまく活用している度合いでいえば過去イチのような気がします。ただ、ぜったくんが熱中してきたゲームのほとんどが洋ゲーであるのに対し、実はゲーム人生のルーツは「親に無理に書かされたポケモン図鑑」だと思うと、ジワジワきます。

(高校生の頃にクラスメイト達と「CoD:MW2」にハマったぜったくん)
ぜったくん「ホームルームが終わった瞬間に帰って、誰が一番最初にPS3にログインするかっていう、本当に意味のない戦いを(笑)」
文/朝井麻由美(ライター、コラムニスト)
◆2月4日放送分より 番組名:「ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ」
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