TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。
10月21日(金)放送後記
宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では10月7日から劇場公開されているこの作品、『七人樂隊』。
『エレクション』『奪命金』などなど、作品はめちゃくちゃいっぱいありますよね、ジョニー・トーのプロデュースのもと、香港を代表する七人の監督が、様々な時代の香港とそこに生きる人々を描いたオムニバス映画。ジョニー・トー自身も監督を務め、サモ・ハン、アン・ホイ、パトリック・タム、ユエン・ウーピン、ツイ・ハーク、そして本作が遺作となったリンゴ・ラムといった豪華監督が集結しました。日本では2020年の第21回東京フィルメックスの特別招待作品として上映され、観客賞を受賞しました。
ということで、この『七人樂隊』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少なめ」。まあね、公開館数も多くないし、そんな派手な映画じゃないんでね、あれですけどね。賛否の比率は、「褒め」が7割。主な褒める意見は、「全ての作品から各監督の香港への愛を感じた。みんなが愛した香港は今はなく、過去のものに……。
一方、否定的な意見は、「いずれもそこそこいい話だが、どこかで見たようなことがあるようなストーリーばかりで、映画を見たという満足感がなかった」「香港にも各監督にも思い入れがないので、ピンと来なかった」「最後のエピソードで冷めてしまった」などがございます。まあ、その気持ちもわからいじゃない、というのもありますが(笑)。
「“これが最後の『香港映画』だったね”、なんていうセリフを言う日が来ないことを望むばかり」
というところで、代表的なところをご紹介しますね。「ヴァンダム」さんです。
「『七人樂隊』、新宿武蔵野館でサモ・ハン監督のオンライン舞台挨拶付き上映回で観ました。感想は賛です! 香港映画を代表する七人の名監督達が、それぞれ年代の違う香港をノスタルジックに描いていて、香港映画ファンとしてはかつての香港映画の様な映像や懐かしい雰囲気がとても居心地良くて、この映画の中にもっと浸っていたいと思ってしまうぐらいでした。
それと、ただ昔の香港をノスタルジックに懐かしむだけでの作品ではなく、各年代ごとに香港の変わっていく街並みや人の価値観の変化などを時にユーモラスに温かく、時に切なく描いていて、鑑賞後はホッコリしつつも深い余韻が残り少し泣けました」「どの監督達の話からも香港に対して感謝と愛が詰まっていて、今作はかつての香港へ監督達がそれぞれラブレターを送っている様な作品に感じました」。
あとですね、たとえば「Drop Da Bomb」さん。結構いろいろ書いていて、これは面白い視点だなと思ったんですけど。「ある村が無くなる、ある言語が無くなる、という話はちょくちょく耳にしますが、ある映画ジャンルが無くなる可能性などというのは考えてもみませんでした」という。つまりその「香港映画」ていうのはね、中国映画とはまた別個にあったんだけど、それがもう全体に「中国映画」ってことになっていく、というようなことをおっしゃっているんだと思います。
「7本中4本が大切な人の喪失を悲しむ物語であったり、愛する人と離れまいとお互い葛藤する話であったり、根底には香港がみんなの愛した『香港』でなくなってしまうのだろうという怒り、悲しみ、諦念等々、様々な要素が入り混じった一言では言語化できない感情が流れているような気がする。
そうなんですよね。たとえばここに参加してる監督たちもね、近年も全然新作いっぱい撮ってるんですけど。ある種「中国映画」として、近年は日本にもあんまり入ってこなかったりして、観る機会がなかったんですね。なんかそういう意味で、昔我々が慣れ親しんだ「香港映画」の匂いというのは、たしかに消えつつあって。まさにそれに捧げられた一作、ということは言えるかもしれませんね。
あとはダメだったという方。「たくや・かんだ」さん。「『七人樂隊』観てきました。正直、どれも他愛のない話とも言えて、香港映画にも監督たちにも特別思い入れのないわたしにはあまりピンときませんでした。
全体的にはそれほど大きな印象を受けないけど好感をもてる作品集だなという感じでしたが、ラストの……とあるエピソードで冷めてしまいました」「これの日本版があったらすごくおもしろいかもという気もするので、あくまでノットフォーミーという意味で『否』でした」というようなことを書いていただいております。ありがとうございました。
香港映画界を代表する7人の重鎮監督たちが香港のアイデンティティーを見つめ直すオムニバス映画
ということで私も『七人樂隊』、まさに新宿武蔵野館で2回、見てまいりました。ありがとうございます。平日昼でね、入りはぼちぼちという感じではありましたが。後ほど言いますが、映画館で観てよかった、という一件もございました。(番組水曜日の投稿コーナー『シアター一期一会』になぞらえて)一期一会がね。
ということで、ジョニー・トーの呼びかけで、香港映画界の重鎮たちが、1950年代から現在~未来?の香港の各時代を、なんとくじ引きで決めて(笑)、それぞれ担当と。で、あえてフィルム撮りにこだわった、2020年に製作されたオムニバス映画ということで。これ、ちなみにですね、第6エピソードを担当したリンゴ・ラムはですね、2018年12月に亡くなっているので。たとえばその、2019年からの香港民主化デモとその顛末、などの前から作られていた作品ではあるんですが。
それでも明らかに……その香港民主化デモとそれ以降の顛末でより明確になったものではありますが、明らかに香港が、かつての香港から決定的に変わってしまいつつあるこの時期、この時代に、今一度、自分たちの文化的アイデンティティーを見つめ直しておこう、その軌跡ごと記録しておこう、というような、そういう切実な意図が込められた企画なのは間違いないかと思います。
でね、それを表しているかのようにですね、その作品ごとに、ジャンル感とかトーン、タッチこそ違えどですね、どの作品も共通して……詳しくは後で言いますけど、皆さんがおっしゃってるその最後のツイ・ハーク編以外は(笑)、どれもですね、「時の移ろい」っていうのをはっきりとテーマにしてますよね。はっきり、時の移ろいをテーマにしている。ジョニー・トーは元々、消えゆく香港の街並みを映画に刻印しようとある時期意識的にしてた、っていうのはありましたよね。僕も大好き、あの『スリ』とかはまさにそうですけどね。
で、ちなみに元々はジョン・ウーを加えた八人での、その名もずばり、『8 1/2』っていう……あの(同タイトルの)フェリーニの名作がありますけども、(それにちなんでこちらも)『8 1/2』というタイトルだったんだけど、ジョン・ウーが体調不良のために、その七人でやることになった、ということらしいです。ともあれ、7エピソードからなるオムニバス映画。このコーナーで「それぞれ監督が違うオムニバス」を扱ったのはたぶん、2018年4月20日の『クソ野郎と美しき世界』、だけです。で、あれも一応、4パートしかなかったんですよね。なので、今回7パートありますから。かなり駆け足で行くしかない!ということで、はい。行きます!
映画の根源的な「ワンダー」が溢れるサモ・ハン・キンポー監督『稽古』
まず一作目、サモ・ハンの『稽古』というやつですね。サモ・ハン・キンポーは、ちょっと説明はもう省きますけども。
で、そこから出てきたスターたちを「七小福」って言ったりしていますけども。で、その京劇学院の少年時代というのを……先生役をサモ・ハン本人が演じた、まさに『七小福』という1988年の香港映画があって。日本では1992年に公開されたその一作があって、今回のこの『稽古』という一編は、まさにその『七小福』をさらに極限までシンプルにしたような、サモ・ハンの自伝的作品、ということですね。
で、話そのものは、メールにもありました通り、たしかに他愛もないと言っていいぐらい、素朴なものです。できるだけサボりたい生徒と、それを監視している先生のせめぎ合い、という話ですけども。この一編、とにかくですね……これは私の感じ方ね。この一編、とにかく、「映画」というものの楽しさの根源に触れるような、生き生きとした身体の動きと、そのリズミカルな連なり。たとえば、右から左にピョンピョンピョンと子供たちが動いていく動きと、それに対応してカメラが右から左に行く、また右から左に行く、その繰り返しが生むリズムとか……で、それが生み出す、まさしく音楽的と言うにふさわしい気持ちよさ、もっと言えば、「ワンダー」ですね。
「うわっ、すごい! 人間の身体ってこんなことができるのか!」って。それがポンポンポンっと来て、気持ちいい!みたいな……映画っていうものの、根源に触れるようなワンダーに溢れていてですね。すなわち、逆説的に聞こえるかもしれませんが、言ってみればサイレント映画的な、つまり音を消して見たとしてもおそらく映画のリズムがしっかり伝わってくるような、そういう作りでもあってですね。
だからこそ、この小さな小さな話の締めくくり……その言葉数以上に雄弁な、歴史、時間の重みが刻まれた、「あの顔」。それが映された時に、思いのほか……僕はドスンと来る一編、という風に感じました。だから僕は正直、ちょっとここで思わず落涙してしまいまして。で、ちょっと小さく拍手。「ああ、すごくいい……(泣)」って。と思ったら、横のご婦人もですね、鼻をすすってハンカチで目をふいていて。「あっ、ここで泣いちゃったの、俺だけじゃないんだ!……ですよねー!」っていうね(笑)。これ、『シアター一期一会』な瞬間で、本当によかったです。とにかくこの第1エピソードで、まず僕は本当に心を見事につかまれました。
映画としての格調が高いのはアン・ホイ監督の『校長先生』
で、続く第二エピソード。これはアン・ホイさんの『校長先生』というね。アン・ホイさん、日本ではね、公開作品数がちょっと限られてるんですけど、いわゆる香港ニューウェーブ期に登場して以来、現在に至るまで第一線で本当に、数々の映画賞などにも輝きつつ、活躍を続けていて。まさに巨匠。ヴェネツィア国際映画祭で生涯功労賞なんて獲ってますけど……というようなことを、僕も最近ですね、『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』というドキュメンタリーを観て、ようやく遅まきながら知ったという。とにかく、日本であんまり(監督作を)やんないんで、不勉強さをちょっと恥じた次第でございます。アン・ホイ、すごい人です。
ともあれ今回の『七人樂隊』のこの七編の中で、映画としての格調が最も高いのは僕、この『校長先生』という作品だ、という風に思います。なんと言ってもですね、この校長先生を演じる……僕は元々、やっぱりジョニー・トー作品とかで、コワモテのイメージがちょっと強かったフランシス・ンのですね、抑えに抑えた、ほとんど「枯れ切った」と言ってもいいような佇まい自体が、とてもなんかもう、感動的というかですね、素晴らしいし。
サイア・マさん演じるウォン先生がですね、夜の帰り道、あの生徒の一人が働いている露店でですね、「デザートはタダだよ」なんて、ちょっとご馳走になるくだり。あの、路地とか団地のところの、非常に繊細に組み上げられた照明の心地よさであるとか。そして先生が座って食事をする、それを(カメラは)横から捉えているんですけども、生徒がそこで、人から見られないようにっていうことで、仕切り板を立てかけるわけです。それによって先生の姿が、ほぼ顔以外、全身見えなくなる……という、非常にインパクトを残すショットであるとかですね。画面構成の巧みさ、新鮮さなどなどを含めて……それに対してですね、非常に繊細に作っているその1960年代の描写に対して、それが一気に2000年代に時が飛ぶと、一気にこれが、ドキュメンタリックなタッチになる。
照明ももう、その食堂の蛍光灯みたいな明かりになるし。このタッチの落差の出し方などなどですね、これまた話としてはこれ以上ないほど淡~い、薄口の一編でありながら、残す余韻は、すごく豊か。味わいはどこまでも深い、というですね。さすが匠の技というか。ササッと作った一品なのに、なんというか、「アート」になっている、っていうか。ここがやっぱりアン・ホイ、ちょっと格が違うな、という風に思った次第でございます。はい。ということで、これがですね、『校長先生』という作品でした(※宇多丸補足:あとは、1960年代パートの終盤、異なる階の異なる部屋にいるはずの校長とウォン先生の距離が、実際の隔たり以上に心理的に“近く”感じるような、ちょっとハッとするような編集がされているのも印象的でした)。
めちゃくちゃ素っ頓狂! 「80年代東アジアニューウェーブ」なパトリック・タム監督作『別れの夜』
どんどん行きますよ。駆け足ですけどね。でですね、続いて逆に、これはいいところというか褒め言葉と取ってくださって構わないんですが、めちゃくちゃ素っ頓狂!っていうか(笑)、80年代に香港ニューウェーブってありましたけども、「80年代東アジア映画」的なものって……というのは観ていて僕は、どこかですね、日本の大林宣彦作品的なぶっ飛び感を感じたんですね。非常にぶっ飛んだ編集や展開やショットが意図的にぶち込まれている、これはウォン・カーウァイ作品の編集で知られるパトリック・タムさんの、『別れの夜』という一編があるわけですね。
で、これ、とにかく全編、よくも悪くも80年代的な、「なんじゃ、そりゃ?」なショットとか、「なんじゃ、そりゃ?」な展開とかが連発される、っていうことですね。だからちょっと、今の感覚で言うとちょっぴりこっぱずかしいっていうか、そういうのがあえてぶち込まれている作品なんですよね。特にですね、これは僕、一生忘れないだろうなというぐらい鮮烈だったところがありまして。ジェニファー・ユーさん演じる18歳の女の子で、家族が……要するにたぶん、香港の中国返還を前にして、どんどん海外に移住組が出てきたと。
で、恋人と別れなきゃいけない、というそのジェニファー・ユーさん演じる18歳の女の子が、「抱いて」なんてことを言うわけです。で、上半身下着姿のまま、屋上に行って。で、イアン・ゴウさん演じる……あのイアン・ゴウさんの眼鏡の感じとかも、80年代の、それこそコカ・コーラCM的なね、いい男ですよね。「ケン」的ないい男……まあ、この話はちょっと長くなるから置いておこう(笑)。イアン・ゴウ演じる恋人とですね、屋上の上に行って、さらにやいのやいのと言い合う場面があるんですけども。
ここでですね、場面は夜なんですが、オープニングでも非常に印象的だった、超低空飛行のジェット機の影が見えるわけです。最初、オープニングのその記憶があるわけですね。「こんな低く飛ぶかな?」みたいな画があるんですけど。ここでですね、屋上でワーッと二人が話してると、なぜか、これはすごく距離感とかが変なんですけど、ジェット機の影が突然、空いっぱいに映し出されて、一瞬でそれがバッと飛び去っていく。しかも、なんか壁かスクリーンかなんかに投影したような影、みたいな感じで映されるので……距離感とか角度とかも全部おかしくて。
一瞬、空間感覚が失調するような……めちゃくちゃヘンなんですよ、とにかく。一瞬、飛行機の影がブオーッとなって、二人も「わあっ!」って驚いてるんだけど……めちゃくちゃヘンな演出が、全く脈絡なく挟み込まれていてですね。なんなの、あれ?(笑) でも、それこそが、さっき言ったような日本で言えば大林宣彦とか、あるいはやはりちょっと森田芳光さんの素っ頓狂な瞬間とかも通じるような、80年代……香港ニューウェーブなんていう流れがありましたけど、言っちゃえば日本のある種の映画ともシンクロするような、「80年代東アジアニューウェーブ」と言ってもいいような香りの・ようなものを、たしかに感じさせて。
この、超絶奇妙な一瞬。僕はこの飛行機の影の、「うわっ、なんだこれ?」っていうあれ、たぶん一生忘れないんで(笑)。一生忘れない一瞬が見れた、というだけでこの一編、一見の価値があるかと思います。はい。
最も気楽に楽しめるユエン・ウーピン監督作「回帰」。これぞ香港カンフー映画!
で、同じくビルの谷間から見上げた、ビルの間を飛ぶジャンボジェットのショットから始まる、ユエン・ウーピンによる第五話「回帰」。先ほど金曜パートナーの山本匠晃さんも絶賛されてました。もう、すごくユルユルな『グラン・トリノ』というか、ものすごくユルユルな『ベスト・キッド』というか……みたいな、「おじいちゃんと孫」もの。
さっきも言ったように、このおじいちゃんを演じているユン・ワーさんは、「七小福」の一人……つまり、あの一話の子供たちの中の一人なんですね、ユン・ワーさんはね。まさに香港アクション映画界のレジェンドなわけですが。あのユルユルにオフビートなコメディタッチの中にも、これぞ香港カンフー映画!というべきなにかが不意に立ち上がる、スリリングな瞬間というのがいくつかありまして。もちろん、あのチンピラとの対決でね、きっちりあのチンピラもね、ユエン・ウーピン的振り付けに沿って格闘する(笑)、あのくだりも面白かったですし。
僕がよかったのは、「いつの間にそこまで習得してるんだよ?」と突っ込みたくもなる、アシュリー・ラムさん演じる孫との、組手のところですね。「カンフー、教えて」っつって、そんなに日も経ってないはずなのに、かなりバチバチ組手を決める。この、バシッ、バシッ!って次々リズミカルに組手が決まってくっていう、これはやっぱりそのユエン・ウーピン、ジャッキー・チェン以降の香港映画の、ある意味シグニチャー的な気持ちよさですけども。そこでバシッ、バシッ!って決まるたびに、カメラが急激にズームしたり、急激にズームアウトしたりするっていう、まさに70年代香港カンフー映画の匂いをたたえたカメラワーク、みたいなものが、ふっと浮かび上がってきたりして。こういうところで「あっ、いい!」っていう感じがするというね。
まあ最も気楽に楽しめる一編かと思いますが。ただし、ここが1997年という設定なので。香港の中国返還タイミング。こここそが境目。だから、孫と、その旧香港を象徴するおじいちゃんというのは、ここに来るのはぴったりかもしれませんね。
本作の白眉はジョニー・トー監督『ぼろ儲け』。香港人気質を「粋」にサラリと、しかしピリリと描いている
でですね、本作の白眉といえるのは、この次の第五話、ジョニー・トーの『ぼろ儲け』という作品ですね。ジョニー・トーの過去作で言えば、『奪命金』、2013年の作品の系譜と言えなくもない、経済テーマの一作なんですけど。
ただ、本作のポイントはですね、三人の男女が主人公で。その都度、流行りの投機ネタに飛びつこうとしている三人の男女が、2000年=IT企業勃興期、2003年=SARS流行期、2007年=中国本土との株式直接取引が始まるのか?という時期……あとはやっぱりそのサブプライムローン危機の時期という、この象徴的な三つの時期に、同じ食堂の、同じ席。ただし、内装や客の様子などは、どんどん様変わりしていく。この象徴的な三つの時期に、同じ席、同じ食堂の同じ場所で、基本ただくっちゃべるだけ、という。
要するに、設定はミニマルなんだけど、背景はマクロ、というですね、ちょっと一筋縄ではいかないショートコメディなんですね、これね。で、それぞれの時期の、その座り位置とか持ち物とか服装の変化などはもちろんのこと、三人の会話を捉えるカメラの視点が、どんどん複雑になっていく。最初は普通にバストショットで、普通のオーソドックスな切り返しだけで撮っているんですけど、2003年になると引きの画が出てきて、(SARSの影響で)がらんとした店内を見れるようになったりとか……2007年になると今度は、真正面から捉えたショットとか、あとこれはある理由があって、真上から捉えたショットとかが出てきたりしてですね。カメラワークそのものも、その時期ごとによって変化していく。
話としては、落語みたいな話ですよね。落語みたいなノリなんだけど、そこに香港の、その近年の表情の変化……でも同時に、それでも変わらぬ香港人気質、みたいなもの。言っちゃえば金儲けに抜け目がない……なんていうかな、したたかな香港人気質、みたいなものも描いて。まさしく「粋」に、サラリと、しかしピリリと描いている、ということで。これは僕、さすがジョニー・トーというか、なんか他の人がやりえないやり方で、結構芯を食ったことを描くな、という。ジョニー・トーとしても、この会話劇だけっていうのは、結構挑戦だったと思いますが。さすがではないでしょうか。
本作が遺作のリンゴ・ラム監督作『道に迷う』。正面から「時の移ろい」を描く
でですね、続いての話。先ほど言った「時の移ろい」ということ、変わりゆく香港。古き良き香港の終わり、みたいな本オムニバスのメインテーマを、最も正面から描いたと言えるのが、このリンゴ・ラムの第六話『道に迷う』でしょうね。さっきのフランシス・ン同様、やっぱりコワモテなイメージも強いサイモン・ヤムさんの目線から、香港の昔と今が、ある種多層的に浮かび上がる……同じ場所なんだけど違う時代、というのが、編集上、重ね合わせられたりする。
あの、記憶の中の街と、現実の……しかし、現実の今と言いながら、どこかそれこそスマホのマップ上にあるようなバーチャル感を湛えた、今の街。記憶の中の街の方がなんかリアルに感じる、みたいな。で、その狭間で迷い子になってしまう感覚というのは、これ、僕は東京に生きる東京人としても、昭和の東京人としても、「わかるわー!」みたいな。「僕も渋谷でそうなってます!」みたいな(笑)。なんかそんなことを思いながら観る作品でしたね。
しかもリンゴ・ラムは、これがね、遺作になってしまったということで。なんていうか、もちろん図らずも亡くなってしまったわけですけど、ある種の作り手っていうのは、これが遺作ってすごくない?っていうような……本当に、置き手紙のような一作になってるかと思いますね。非常に味わい深いし、最もストレートに感動があるのは、この作品じゃないでしょうか。
でですね、この『七人樂隊』、ここで終わってれば、それこそなんかすごくコンセプトも見えやすいし、胸に染みる名編、っていう感じで、なんというか、評価されやすい作品になったと思うんですけど。
それまでの余韻を台無しにするツイ・ハーク監督作『深い会話』。「巨匠! 真面目にやってください!」
ラスト、ツイ・ハークの描く、この第七話の『深い会話』という……もうタイトルからしてふざけてるんですけど。第七話の『深い会話』、これがですね、「いい意味で」と言わせてください……台無しにします!(笑) もうね、それまでの余韻を台無しにします。多くは語りません。もう観て、ぜひ……「巨匠! 真面目にやってください!」って突っ込むところまで、込みだと思いますね(笑)。はい。要は、メタコメディです。本作に参加した監督の名前もバンバン出てくるし、最後の最後にはツイ・ハーク本人と、アン・ホイも出てくる!という感じで。ふざけてますね。
一番近いのは僕、たけしさんの『監督・ばんざい!』だと思いましたね(笑)、はい。「最後だけ『監督・ばんざい!』みたいになっているんだけど?」みたいな。でも、それによってなんか、いい意味で重くなりすぎず終わる。しんみり、おセンチに終わらないっていうか。いい意味で、やっぱりさっき言った、したたかな……香港映画人は、とはいえそんなことでは、別にあれしませんよと。「いやー、世の中、どうなんですかね?」みたいな。「いや、どうって、よくわかりません。なんかよくわかんないけど、まあいいか!」みたいな(笑)。なんかその感じも含めて、僕はこの締めくくりは、これはこれで今回の作品には……で、こういうバラけ方もね、オムニバスのやっぱり楽しみではありますからね。
ということで、香港映画、特に70年代、80年代、90年代香港映画に親しんだ方であれば、もちろんものすごく感慨深く観れるでしょうし。そうでない方にも、豊かなその、香港独自の、香港映画のカルチャー、その過去というものに対する、ひとつの入り口として働く、僕はとっても素敵な……何個も何個も忘れがたい瞬間があって、非常に観てよかった作品でございます。フィルムで撮ってるんでね、それこそ新宿武蔵野館とか、味わいのある映画館で、ぜひ劇場でウォッチしてください!