日本では成人した子が親と同居することはめずらしいことではありません。しかし、アメリカでは高校を卒業した18歳頃から親元を離れ自立する、という社会的な共通認識が根付いています。
自由と自立を重視するアメリカ人がなぜ親と同居するようになったのでしょうか。
■成人が親と同居するのは「自立心の欠如」?
米Pew Research Centerが2020年7月に行った調査によると、アメリカの18歳~29歳の52%が親と同居しているということです(※1)( https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/09/04/a-majority-of-young-adults-in-the-u-s-live-with-their-parents-for-the-first-time-since-the-great-depression/ )。
成人しても親と同居ということは、日本を含めアジアの多くの国ではめずらしいことはありません。しかし、アメリカでは多くの州で18歳になると「成人」とみなされ、自立心が求められます。成人しても親と同居していることは、親にとっても、子どもにとっても自立心が欠如しているように見られ、あまりよいイメージとはいえませんでした。
高校卒業後は寮に入ったり、友人とアパートを借りたり、親から離れようとする意識は1950年頃から強くなり、1960年には親と同居する18歳~29歳の成人はたった29%だったようです。しかしそれ以降、親と同居する成人は年々増え続け、2000年からはより顕著となりました(※1)( https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/09/04/a-majority-of-young-adults-in-the-u-s-live-with-their-parents-for-the-first-time-since-the-great-depression/ )。
■親と同居をする意外な理由
なぜ親と同居する成人が増加しているのでしょうか。「自立や自由を尊重するアメリカ人」というイメージは過去のモノとなっているのでしょうか。
もちろん、不景気や失業などの影響もあります。
「新興成人期」(18~29歳)を研究する、米クラーク大学心理学部のジェフリー・アーネット博士は、親と同居の理由の1つとして、「教育の延長(高学歴化)」を指摘しています。
同氏はリサーチ情報サイトTHE CONVERSATION(※3)( https://theconversation.com/yes-more-and-more-young-adults-are-living-with-their-parents-but-is-that-necessarily-bad-146979 )において、経済構造が製造業から情報技術主体に移行し、より高い知識と学位を求め、学生を続ける20代が増えていると述べています。年々高騰する学費を考えれば、親元にいられるのであれば経済的には得策なのでしょう。
また別の理由として、心理学サイトPsychology Today(※4)( https://www.psychologytoday.com/us/blog/living-single/202009/more-half-young-adults-are-now-living-parents )に寄稿した心理学者のベラ・デパウロ博士は、親子の距離感が近くなっていることを指摘します。過去世代にみられた「世代のギャップ」が縮まり、「共通」した価値観を持ち、一緒にいることを楽しむ親子が増えているようだといいます。確かに友達感覚の親子は増えているようです。
■「賃貸市場」と「経験経済」への影響は?
このように親と同居する成人が増えることで問題となるのは「賃貸市場」です。住宅売買情報サイトZillowの6月の調査(※5)( http://zillow.mediaroom.com/2020-06-11-726-Million-in-Rent-at-Risk-as-Gen-Z-Moves-Back-in-with-Parents-During-the-Coronavirus-Pandemic )によれば、親元に戻った人の80%は18~25歳のZ世代と呼ばれる人達です。
2020年はCOVID-19 パンデミックで失業率が上昇しました。貯えの少ないZ世代にとっては、帰れる実家があるのなら戻るしかないのでしょう。しかしそれだけではなく、テレワークや自粛で1人の時間が増え、一日中狭いアパートにいることに息がつまり、場所を選ばないテレワークなら広い親の家に戻りたいと考える人も多く、同居増加に拍車をかけたようです。
しかし、Zillowの11月の調査報告(※6)( https://www.zillow.com/research/rent-concessions-working-nov-2020-28357/ )では、Z世代の同居傾向は9月にようやく減少に向いたと伝えています。これには家賃の値下げや数カ月分無料、駐車場無料など譲歩条件をつけた物件が増えたことが要因のようだと分析しています。しかし今後どれだけ回復できるかは分かりません。
知人のお嬢さんがリモートワークとなり、小さなアパートから大きな実家に戻られました。愛犬とも毎日一緒に過ごせるし、広いスペースが使えるのはありがたい、と話しているそうです。また同居することで、パンデミック後の旅行費用を貯めるつもりだということです。リモートワークが続く限りは親と同居する予定だといいます。
ここ10年、「経験経済」といわれ、特に20代30代がモノよりも旅行など経験に出費する傾向が顕著になりました。親と同居することで家賃を節約し、旅行などの経験を楽しむための費用に充てようと考える独身成人が増えているのかもしれません。
若い世代が自由や自立を求めた1960年代頃は、親との価値観に違いがあり過ぎ堅苦しかったのでしょう。しかし最近は親世代との価値観にそれほどギャップがなくなり、心地良く、またお互い都合がいいのかもしれません。パンデミック後のこの傾向がどう変化するのか注目していきたいと思います。
参考
(※1)Pew Research Center “As CDC warned against holiday travel, 57% of Americans say they changed Thanksgiving plans due to COVID-19”( https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/09/04/a-majority-of-young-adults-in-the-u-s-live-with-their-parents-for-the-first-time-since-the-great-depression/ )
(※2)Pew Research Center “More Millennials Living With Family Despite Improved Job Market”( https://www.pewsocialtrends.org/2015/07/29/more-millennials-living-with-family-despite-improved-job-market )
(※3)THE CONVERSATION “Yes, more and more young adults are living with their parents – but is that necessarily bad?”( https://theconversation.com/yes-more-and-more-young-adults-are-living-with-their-parents-but-is-that-necessarily-bad-146979 )
(※4)Psychology Today “More Than Half of Young Adults Are Now Living With Parents”( https://www.psychologytoday.com/us/blog/living-single/202009/more-half-young-adults-are-now-living-parents )
(※5)Zillow “$726 Million in Rent at Risk as Gen Z Moves Back in with Parents During the Coronavirus Pandemic”( http://zillow.mediaroom.com/2020-06-11-726-Million-in-Rent-at-Risk-as-Gen-Z-Moves-Back-in-with-Parents-During-the-Coronavirus-Pandemic )
(※6)Zillow “A Third of Rental Listings are Offering Concessions -- And it Appears to be Working”( https://www.zillow.com/research/rent-concessions-working-nov-2020-28357/ )