キャッシュフロー表に表れる投資価値の変化

 今日は、キャッシュフローの見方を解説し、キャッシュフロー表から選ぶ投資の参考銘柄として、 セブン&アイHD(3382) 、 武田薬品工業(4502) をご紹介します。


 6月3日から7月8日まで毎週金曜日、私はBSテレビ東京「日経ニュースプラス9」の「マネーのまなび」(22時30分前後)に出演し、決算の見方、財務諸表の読み方を解説しています。7月1日にはキャッシュフロー表の見方を解説し、キャッシュフローから注目できる銘柄としてセブン&アイ・ホールディングスと武田薬品工業をとりあげました。

その内容をご紹介します。


アナリストは何のためにキャッシュフロー表を見るのか

 上場企業は決算発表で、財務三表を公表します。財務三表とは、【1】損益計算書、【2】バランスシート、【3】キャッシュフロー表の三つのことです。主な役割をざっくり説明すると、次の通りです。


【1】損益計算書:前年度の売上高、最終損益がいくらになったか報告
【2】バランスシート:前年度末の総資産・負債・純資産(資本)がいくらになったか報告
【3】キャッシュフロー表:前年度、現金がいくら入ってきていくら出ていったか、その結果現金残高がどう変化したか報告


 個人投資家には、【1】損益計算書しか見ない人が多いそうです。あるいは【1】損益計算書と【2】バランスシートまでは見るけれど、【3】キャッシュフロー表までは見ないという人が多いと聞いています。


 一方、機関投資家のアナリストや金融機関は、キャッシュフロー表をよくみています。

何のために見るのでしょうか?


 ひとことで言えば、キャッシュフロー表には企業のもっとも本源的な「稼ぐ力」が表れるので、そこをしっかり見るということです。


キャッシュフロー表は、言い方を変えると原始的「現金会計」

 キャッシュフロー表とは、言い方を変えれば「現金会計」です。1年間の会計期間を経て、現金がいくら増えたか減ったか、負債(借金)がいくら増えたか減ったか、それだけで1年間の事業の成果をはかります。家計簿と同じ。同好会や非営利法人の会計とも同じです。現金収入と現金支出をしっかり記録して、次年度に引き継ぐ現金残高がいくら増えたか減ったか計算します。


 江戸時代の商売も、基本的には現金会計でした。

そういう意味で、キャッシュフロー表はある意味、きわめて原始的な会計です。


 一方、損益計算書は、現金の出入りにとらわれることなく、いつ利益や損失が発生したかを計測することで、ビジネスの成果を測ります。現金の出入りとは異なる、発生ベースの損益がわかるのが、損益計算書のすぐれたところです。


 例えば、食事の代金を支払っても、機械購入の代金を支払っても、現金会計では現金支出があったというだけで同じです。ところが、近代会計では、食事の代金は費用になりますが、機械購入は設備投資なのですぐに費用にはなりません。機械を使って生産活動を行う全期間にわたって少しずつ費用化していきます。


 普通に考えれば、原始的なキャッシュフロー(現金会計)よりも、近代会計で計算された損益計算書の方が役に立ちます。投資家の多くが、損益計算書は見るけれどキャッシュフロー表は見ないのは、そのためです。


平常時は損益計算書が重要だが、非常時はキャッシュフローの方が重要

 近代会計が正常に機能するのは、あくまでも「平常時」です。財務や業績が急激に悪化する「非常時」は、会計上の利益の信頼性が急速に低下します。


 例えばリーマンショックのような経済危機が起こると、減損といわれる大きな損失を計上する企業が増えます。経済環境が変わることで、過去に行った設備投資が過剰投資だったことが明らかになったりするからです。


 今後10年にわたって価値を生むと思っていた設備が、もはや何の価値も生まない不良資産だとわかれば、その時バランスシートに計上されていた残存価値を全て損失処理する必要が生じます。


 非常時に力を発揮するのが、現金会計です。現金会計であれば、非常時に減損のような大きなマイナスが急に発生することはありません。


「キャッシュは事実、会計は意見」といわれることもあります。損益計算書に出る「会計上の利益」は、会計基準が異なると、違う値になることもあるからです。経済環境が変わることで、後から大きな減損が発生することが続くと、会計上の損益に対する信頼は低下します。「会計不信」がしばしば取り沙汰されるのは、非常時に多いと言えます。


金融機関や機関投資家のアナリストは、キャッシュフローを重視

 企業にお金を貸す金融機関(銀行など)は、会計上の利益よりも、キャッシュフローを重視するのが普通です。機関投資家のアナリストは、会計上の利益も見ますが、同時にキャッシュフローも見ます。


 M&A(合併と買収)の現場では、キャッシュフローの方が重要視されます。未上場企業の買収価格をいくらにするか決めるのに重要なのは、会計上の利益ではなく、キャッシュを稼ぐ力です。


キャッシュフロー表は営業CF・投資CF・財務CFから構成される

 上場企業が決算の時に公表するキャッシュフロー表では、キャッシュフローが、【1】営業キャッシュフロー(営業CF)、【2】投資キャッシュフロー(投資CF)、【3】財務キャッシュフロー(財務CF)の三つに分けて示されます。


 詳しい説明は割愛します。ざっくり、おおざっぱに解説すると、


【1】営業CF:主に「本業」で現金をいくら稼いだか(減らしたか)示す。
【2】投資CF:主に設備投資などでどれだけ現金を減らしたか示す。

設備の売却などで現金を増やしたことが示されることもある。
【3】財務CF:主に借金などによっていくら現金を増やしたか、あるいは、借金返済によっていくら現金を減らしたかを示す。


 上記は、きわめておおざっぱな概要説明で、細かい説明は省略しています。もっと詳しい説明は、別の機会にします。


キャッシュフロー表に企業の経営姿勢が表れる

 キャッシュフロー表をみると、企業の経営姿勢がわかります。具体例として、 ニトリHD(9843) の前期(2022年2月期)キャッシュフロー表を見てみましょう。


ニトリHDの2022年2月期キャッシュフロー表
セブン&アイHD、武田薬品の投資価値を見直し。キャッシュフロー表に表れる構造変化
出所:同社2022年2月期決算短信、億円未満切り捨てなのでトータルが合わないことがある

 上記でわかることを、ざっくり解説すると以下の通りです。


 ニトリは、本業(営業CF)で855億円キャッシュを稼いだ(増やした)が、将来のための投資など(投資CF)でキャッシュを1,199億円使った(減らした)。主に負債を増やすこと(財務CF)で177億円キャッシュを増やした。以上三つのトータルでキャッシュを166億円減らした。


 これを見ると、ニトリの資金繰りがどうなっているかわかるだけでなく、同社の経営姿勢がわかります。


 安全運転の企業は、本業で稼いだキャッシュの範囲内で、投資をします。つまり、営業CFのプラスが、投資CFのマイナスよりも大きくなるようにします。そうすれば、余ったお金で負債を減らせることもあります。


 ところが、成長のために積極投資する企業は、営業CFを上回る投資をします。それが2022年2月期のニトリです。同社が成長のために積極投資をしていることがわかります。


 このように、営業CFと投資CFの大きさを比較することで、企業の経営スタンスが見えます。


キャッシュフローから選ぶ投資の参考銘柄:セブン&アイ

 キャッシュフローに将来の成長期待がこめられていると私が見ているのが、2022年2月期のセブン&アイHDです。


セブン&アイHDの2022年2月期キャッシュフロー表
セブン&アイHD、武田薬品の投資価値を見直し。キャッシュフロー表に表れる構造変化
出所:同社2022年2月期決算短信、億円未満切り捨てなのでトータルが合わないことがある

 セブン&アイHDは、本業で7,364億円のキャッシュを稼いでいますが、投資CFが2兆5,055億円もの巨額のマイナスとなっています。そのため、負債を増やすことなどで9,370億円キャッシュを得ていますが、トータルCFは8,320億円のマイナスです。


 投資CFがこんなに大きなマイナスとなったのは、米国で「スピードウェイ」ブランドのコンビニエンス事業を買収するためです。私は、高収益の米国コンビニ事業の成長を加速させる、とても良い投資だと思います。金額が大きいのでリスクが大きいと言うこともできますが、私は、同社が得意とする投資で、堅実な投資だと評価します。


 セブン&アイHDにはかつて、国内のコンビニ事業が高収益なのに米国のコンビニ事業が低収益だった時代があります。そこから、米国のコンビニを日本型に変えることで、高収益事業に変えた実績があります。


 そのノウハウを使って、スピードウェイを高収益事業に変えていくことができると予想しています。スピードウェイの買収は、米国コンビニ事業の成長を加速させる良い投資だと思います。


 セブン&アイHDには、もう一つ良い話があります。同社グループの収益の足をひっぱってきた百貨店事業(そごう西武)の売却のめどがたちつつあると報道されていることです。先行きどうなるかまだわかりませんが、売却が実現すると、同社グループの構造改革として高く評価できます。


 不振が続くそごう西武の売却も、米「スピードウェイ」の買収も、同社グループの価値を高める構造改革として高く評価できます。


 以上を勘案し、セブン&アイHDは内外のコンビニ中心に成長を続ける企業として投資していく価値は高いと判断しています。


キャッシュフローから選ぶ投資の参考銘柄:武田薬品

 同じく、キャッシュフロー表から投資価値が高まっていると判断できるのが、武田薬品工業です。以下、2022年3月期のキャッシュフロー表をご覧ください。


武田薬品工業の2022年3月期キャッシュフロー表
セブン&アイHD、武田薬品の投資価値を見直し。キャッシュフロー表に表れる構造変化
出所:同社2022年3月期決算短信、億円未満切り捨てなのでトータルが合わないことがある

 上記のキャッシュフロー表から、同社の有利子負債を削減する構造改革が順調に推移していることがわかります。本業(営業CF)で1兆1,231億円もキャッシュを稼いでいますが、投資CFで使っているのが1,981億円だけなので、余ったキャッシュで負債を大幅に削減できています。これで高配当利回り株としての、信頼性が高まったと判断できます。


 武田薬品は、7月6日時点で予想配当利回りが4.7%(1株当たり配当金会社予想180円を7月6日株価3,862円で割って算出)と高いことが魅力です。同社は、配当方針として、有価証券報告書にて、1株当たり180円以上を維持する方針を示しています。実際に、過去10年以上、1株当たり180円の配当金を出してきています。


 ただし、連結1株当たり利益が180円未満のことが多く、連結配当性向が高過ぎる(収益対比で配当を出し過ぎている)ことが不安材料となっていました。


 成長のために巨額の買収を繰り返し、有利子負債が拡大したことが連結収益を圧迫してきました。特に、2019年に6兆円超をかけてアイルランドのシャイアー社を買収したことで有利子負債が拡大したことが、不安材料となっていました。


 ところが、2022年3月期のキャッシュフロー表からもわかる通り、武田薬品はその後、本業などで稼ぐキャッシュで負債の削減を順調に進めてきています。シャイアー社の買収で、武田薬品は希少疾患の治療薬で豊富なラインナップを獲得することができ、今後の成長期待が出てきています。


 キャッシュフロー表を見ると、順調に負債削減が進んでいることがわかります。高配当利回り株として、武田薬品の投資価値が高いとの判断を継続します。


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