米雇用伸び鈍化なら利上げ年内なしの観測広がる可能性も

 米労働省が9月1日に発表した8月米雇用統計は、農業部門以外の雇用者数(NFP)は前月比18.7万人増となり、市場予想の17万人増を上回りました。しかし、6月と7月の過去2カ月分の増加数が合わせて11万人の大幅な下方修正となりました。


 NFPの増加数は3カ月連続で20万人割れとなり、3カ月移動平均は約15万人増とコロナ禍前の2019年月平均(16万人強)を下回る水準となっています。

失業率は3.8%と前月(3.5%)から悪化し、平均時給の伸びは前月比で0.2%、前年同月比で4.3%となり、それぞれ前月の実績や予想を下回りました。


 米労働省の雇用統計に先立って先週発表された米雇用データは軒並み弱い数字でした。経済シンポジウム・ジャクソンホール会議終了後、日米の金融政策の方向に違いが確認されたことから、29日には1ドル=147円台前半まで円安が進みました。


 しかし、29日の7月米雇用動態調査(JOLTS)求人件数が900万件割れの大幅低下となり、30日の米民間雇用サービスADPが公表した全米雇用リポートでの民間雇用者数の低下、そして9月1日の労働省の雇用統計によって労働市場の逼迫(ひっぱく)が緩和されるとの見方から米金利が低下し、1ドル=144円台半ばの円高となりました。


 しかし、米雇用統計後発表された米8月ISM製造業景況指数(47.6)が予想を上回ったことや、メスター・クリーブランド連邦準備銀行総裁から「失業率3.8%は依然として低い」とタカ派的な発言があったことを背景に1ドル=146円台前半に上昇しました。


 米国の連休を控えていたことから、それまでのドル売りポジションの買戻しなどのポジション調整があったためドル高になったのかもしれませんが、一連の雇用データの伸び鈍化から、今後は上げ下げを繰り返しても、金利もドル相場も上値の重たい展開となるシナリオも想定しておく必要があるかもしれません。


 米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が9月19、20日に開くFOMC(米連邦公開市場委員会)]について、現在、市場では利上げ見送りの見方が大勢となっています。ただ、年内追加利上げがあるかどうかは見方が分かれています。


 ISM製造業景況指数が予想を上回ったとはいえ、10カ月連続で50を割っている状況が続いており、雇用データの伸び鈍化が続けば、徐々に年内利上げはないのではないかとの見方が増えてくるのではないでしょうか。


 9月5日付の日本経済新聞に英紙FT(フィナンシャル・タイムズ)の記事が紹介されていました。その記事によると、米国の大学新卒者の就職が昨年に比べて、内定をとれず苦労しているとのことです。企業側が景気後退を警戒して大学生の採用活動を控えているためとのことです。


 ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁は4日の講演会で、14日のECB理事会について利上げを継続するのか、あるいは見送るのかどうか具体的に言及しませんでした。あのタカ派的だったラガルド総裁が、今度の理事会の方針に触れなかったのは、内部で意見が分かれているのかもしれません。FRB内部でも今後のデータ次第で、意見が相当分かれてくるかもしれません。


 米国にある12の地区の連邦準備銀行が今週6日には、それぞれ管轄する地区の経済状況をまとめた報告書「地区連銀経済報告(ベージュブック)」を発表します。表紙の色がベージュ色であるため「ベージュブック」と呼ばれていますが、各地区の雇用状況についてどのような報告が出てくるのか注目したいと思います。


G20やASEAN会議で波乱続きの中国動向に警戒を

 また、今週は、ASEAN(東南アジア諸国連合)関連会議(5~7日、インドネシア)、*G20(20カ国・地域)首脳会議(9~10日、インド)とアジアで開催する会議が続くため中国動向に警戒したいと思います。


 G20では中国の習近平国家主席が欠席するとのことで、両会議とも李強首相が出席とのことです。

G20に中国国家主席が欠席するのは2008年の初開催以来初めてとのことです。国内情勢が大変なのかどうかは分かりませんが、国内低迷によって外交姿勢が強硬に出てくるのかどうか注目です。


*G20…G7の先進7カ国にアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合・欧州中央銀行を加えた20カ国・地域


 8月下旬には、中国の為替介入強化指示、中国不動産大手・恒大集団の米連邦破産法申請、追加利下げなど中国発の相場を揺るがしかねない要因が相次いで報道されました。9月も引き続き中国動向は注視したいと思います。


 中国経済の低迷は世界経済に影響し、特に対中貿易の多い日本にとって対中貿易の減少は経済の先行き懸念材料となります。東京電力福島第1原発処理水の海洋放出開始後、中国政府による日本産水産物輸入停止措置が取られていますが、今後、日本製品の輸入規制や不買運動が各方面に及ぶ可能性もあります。


日銀、景気後退なら緩和修正逃す?実質賃金低迷で消費下押しも

 日本の2023年4-6月期実質GDP(国内総生産)の速報値は年率換算で6.0%増でしたが、輸出主導の成長であり、内需の柱である個人消費はマイナス成長(0.5%減)でした。


 そして7-9月期の民間エコノミストのGDP予測平均は1.0%減とのことです。4-6月期の反動で外需が落ち込むとのことですが、対中取引がさらに低迷すれば日本経済は一段と悪化することになります。


 日本の景気が後退した場合、日本銀行は金融緩和政策修正のタイミングを逸することも予想され、金融緩和継続は円安材料となります。


 厚生労働省が8日に7月毎月勤労統計を発表します。物価変動を加味した6月実質賃金は前年同月比1.6%減で5月の0.9%減からマイナス幅を拡大し、15カ月連続のマイナスとなりました。

実質賃金の連続マイナスによって消費の下押し圧力が強まっており、GDPの内需をけん引する力が弱まることになります。7-9月期のGDPで外需が落ち込み、内需も振るわないとなると、日銀の政策転換はかなり遠のくことになります。


 実質賃金のマイナスは15カ月続いており、7月の結果で16カ月連続のマイナスとなっても相場にすぐに円安を方向付けるということはなさそうです。


 ただ、マイナス幅がかなり拡大した場合や、実質賃金発表の20分後に発表される日本4-6月期GDP改定値の内容によっては反応することも想定されるため注意が必要です。


 4-6月期GDP速報値6.0%増よりわずかに下方改定の予想となっていますが、大きく下方改定された場合や、速報値の個人消費0.5%減が大きく下方改定された場合には、日銀の政策修正はかなり後退するとの見方が高まることも予想されます。


 中国経済の低迷や日本の実質賃金低下による消費下押し→日本景気後退→日銀政策修正時期後倒し→円安の流れが起こるのかどうか注目です。

米国で労働市場の逼迫が緩和され、米追加利上げ見送りとなっても、円売り要因がくすぶり続ければ、ドル安・円高はかなり抑制されるかもしれません。


 


 


(ハッサク)