2回の「大規模介入」で、連休中は8円超の円高に     

 連休中の外国為替市場のドル相場は1ドル=155円を超えて、あっという間に一時は160円を突破しました。糸が切れたたこのようにこのまま円安が加速すると思われたタイミングで、日本政府・日本銀行による円買いの為替介入とみられる動きがありました。


 2回の「介入」によって、円高に動き、現在は1ドル=155円を下回る水準で推移しています。

まずは、連休中のドル相場の動きを振り返ってみます。


 1ドル=160円突破する最初のきっかけは、日銀が4月26日の金融政策決定会合で追加利上げや長期国債の買い入れ額の減額を見送り、政策の現状維持を決定したことでした。植田和男総裁は記者会見で最近の円安について「基調的な物価上昇率への大きな影響はないと判断」と述べたため、円安容認と捉えられ、政策決定会合前の1ドル=155円台から157円台に上昇しました。


 さらに、米商務省が同日に発表した物価指標である3月PCE(個人消費支出)コアデフレーターが市場予想を上回ったため、158円台半ばに上昇。その流れを受け、東京外国為替市場の休日に当たる29日には、円が流動性が少ない中で急速に売られ、ストップロス(損失確定の円売り注文)を巻き込みながら一気に1ドル=160円を突破しました。


 その直後、日本政府による為替介入らしき円買いによって、ドルは155円台に急落した後、いったんは157円台に戻しましたが、再び154円台半ばに下落しました。


 ただ、市場関係者の間で日米金利差は当面変わらないことが意識され、じりじりと156円台に戻しました。連休明け30日には、米2023年1~3月期雇用コスト指数が前期比1.2%上昇と予想を上回り、1ドル=157円台後半までドル高円安が進みました。


 一方、5月1日の米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)ではハト派的な姿勢が目立ちました。FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長はFOMC後の記者会見で「次の動きが利上げとなる可能性は低い」と利上げを否定しました。


 FOMCでは、金利据え置きのほかに、6月から米国債の縮小ペースを600億ドルから250億ドルに減速することを決定しました。


 FOMC後にややドル安円高に振れましたが、さらに日本当局による介入らしき動きが再びあり、円が急騰。

一時1ドル=153円台を付けました。翌2日には一時156円台まで円安が進む揺り戻しもありましたが、ドルの上値は介入警戒感で重く、米金利が低下したため153円台で米雇用統計を迎えました。


 3日公表の米4月雇用統計では、非農業部門雇用者数は前月比17.5万人増、平均時給も0.2%増と市場予想を下回りました。失業率も3.9%と悪化。米労働市場の減速を示す内容だったことから、米金利が大幅に低下し、ドル売り優勢となり、一時1ドル=151円台を付ける円高になりました。


 イエレン米財務長官が東京休場の6日、日本政府の為替介入に対してけん制とも取れる発言(「介入はまれであるべきで、協議が行われることが期待される」)をしたこともあり、ドルが買われ、7日には154円台半ばまでドル高円安が進みました。


 このように4月29日の1ドル=160円台から、5月3日の米雇用統計後の152円割れまで8円超の円高となりました。「介入」は相当効いたと思われます。


 通貨当局の財務省は介入の有無について、「ノーコメント」を繰り返しているため事実確認はできていませんが、市中銀行が日銀に預ける当座預金残高の減少額の大きさから4月29日に5兆円強の介入があったのではないかと推測されています。これまでの一日の介入の最大金額は2022年10月21日の5.6兆円ですが、それに匹敵する大規模介入であった可能性があります。


 また、5月2日早朝とみられる2回目の「介入」は、日銀当預の残高から規模は3兆円強といわれています。介入の有無や金額は、財務省が1カ月ごとに公表する為替介入実績で明らかになります。

4月26日~5月29日分の合計介入額は財務省が5月31日に公表します。


通貨当局「24時間365日」介入を明言

 今回推測される介入金額は計約8兆円強、4日間(日本時間ベース)で2回、介入の有無の言及なしという点で、2022年10月の介入時の「大規模」、「連続」、「覆面」の手法と同じです。そして今回は、これらに加え、「24時間365日」介入が加わりました。


 政府の為替政策の実務を統括する神田真人財務官は4月30日、「介入の有無については申し上げることはない」としつつ、「24時間、365日、平時であっても対応できる準備をしている」と語りました。神田氏は「24時間態勢なのでロンドンであろうがニューヨークであろうが、ウェリントンであろうが関係ない」として、「過度な変動が投機によって発生してしまうとそれが国民生活に悪影響を与えるので国際ルールにのっとって対応をしていく」と述べています。


 これまでも早朝時間の介入はありましたが、いつでも、どこでも、やるときはやるということを市場に対して明言した意味は大きいと思います。そして、この発言後、実際に5月2日早朝に介入を実施した可能性があります。

いつでもどこでもやる介入姿勢によって、市場の疑心暗鬼は多少強まりそうです。


 大規模な介入を2回実施したことでしばらくは円安もブレーキがかかりそうですが、それでも市場の見方は、日米金利差は変化がないため、円安構図はこのまま続き、再び1ドル=160円を突破し、165円、170円に円安が進むとの見方が多いようです。


 しかし、米雇用統計発表後、見方が少し変化してくる可能性にも留意する必要があると思われます。


米早期利下げ観測が弱い雇用統計を機に再び強まる可能性も

 2022年の介入の後は円高地合いになりましたが、介入効果だけでなく、日米金融環境の変化や期待が背景にありました。2022年9月、10月の介入の後、11月の1ドル=152円手前から12月には140台前半となり、11円強の円高となりました。


 当時の円高は、11月の弱い米雇用統計とCPI(消費者物価指数)によってFRBの利上げ打ち止め観測が強まり、翌年の利下げも前倒しになるのではないかとの期待に加え、12月には日銀のマイナス金利解除への期待が急速に高まったことが背景にあります。今回も介入の後、円高地合いに転換するためには日米金融環境の変化や市場の期待が必要となります。


 今回の介入は日銀の追加利上げまでの時間稼ぎの域を出ないだろうとみられていましたが、弱い米雇用統計によって、少し環境が変化したかもしれません。


 米雇用統計までは、強い物価指標によって米利下げ観測が後退し、場合によっては利上げが必要になるかもしれないとの見方がありましたが、4月の米雇用統計で就業者数などが予想を下回る結果になったことで、市場では米国の年内の利下げ期待がFOMC後の1回から米雇用統計後には2回に増えていることは注目です。


 また、FOMC前までのFRB内のタカ派的な雰囲気を変えた可能性もあります。米雇用統計後にハト派的な発言がみられ始めています。


 バーキン・リッチモンド連邦準備銀行総裁が「現在の金利水準でインフレを2%に戻せると、私は楽観している」と発言しました。ウィリアムズ・ニューヨーク連銀総裁は4月には利上げの可能性を否定しませんでしたが、「最終的には利下げが行われるだろう」と述べ、FRBの幹部からのハト派的発言が目立ちます。


 パウエル議長はFOMC後の記者会見で、利上げの可能性を否定し、警戒されていたほどタカ派ではなく、利下げの旗を下ろしませんでした。他の理事たちもこうした姿勢に追随してくるかもしれません。


 今回は2022年のような劇的な変化ではありませんが、いったん後退した米国の早期利下げ観測が、米雇用統計をきっかけに再び高まる可能性はあります。


日銀追加利上げ思惑高まる可能性、1ドル=160円は遠い水準か

 また、日銀の追加利上げが早期に行われるかどうかも焦点になります。植田総裁は7日、岸田文雄首相と会談し、会談後記者団に「経済・物価に潜在的に大きな影響を与え得るものなので、最近の円安については日本銀行の政策上十分に注視をしていくことを確認した」と述べました。


 4月の日銀会合から、姿勢は変わらないものの表現を変えた意味は大きいと思われます。今後、円安が進んだ場合、追加利上げの思惑を高める可能性があります。


 強い米国の物価も、賃金低下や中東情勢緊迫化の後退による原油価格下落によって、早晩、抑制されてくるかもしれません。今後の米CPIや米PCEを確かめながらのドル上昇になりそうです。1ドル=160円はしばらく遠い水準になるかもしれません。


(ハッサク)