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著者の今中 能夫が解説しています。
「 「トランプ2.0」、始動!-トランプ新大統領の就任演説から今後のアメリカ株投資を考える- 」
毎週月曜日午後掲載
1.トランプ新大統領の就任演説は、今後の米国株投資を考える上で重要なテキストである
2025年1月20日(月)、米国で大統領就任式が開催され、ドナルド・トランプ氏が第47代米国大統領に就任しました。大統領就任式では恒例の就任演説があり、その後トランプ新大統領は、多数の大統領令といくつかの文書に署名しました。この就任演説とそれに続く大統領令等の文書は、今後の米国株投資を考える上で重要なテキストであると思われます。
まず、大統領就任演説の骨子は以下の通りです。
大統領就任式における就任演説の骨子
- 米国を第一に考える。
- 南部国境に非常事態宣言。軍隊の派遣→不法移民対策。
- 国家エネルギー非常事態宣言。化石燃料増産。
- パリ協定離脱。大規模な風力発電所に対するリースを終了。
- 性別は男と女の二つだけ。
- 電気自動車の義務化を撤回する。
- 外国歳入庁を設置。貿易制度の見直しに着手。米国国民に課税してほかの国々を潤すのではなく、国民を豊かにするために外国に関税を課す。
- 政府による検閲を全て停止。
- パナマ運河を取り戻す。
- 政府効率化省を設立。
- 世界最強の軍隊を取り戻す。
- 敵性外国人法を発動。外国人ギャング、犯罪組織を排除。
- 火星に米国の宇宙飛行士を送り込む。
- 必要不可欠な分野を除いて官僚の採用を凍結する。DEI(多様性、公平性、包括性)推進はやめる。
- 在宅勤務を大幅に削減する。
また、大統領就任式後に署名した大統領令と、大統領令以外で署名した主な文書は次の通りです。なお、米国の大統領令は、議会の承認なしに出すことができ、直ちに法的拘束力を持ちます。ただし、憲法の範囲内のことしかできない、新しい予算を必要としない命令に限る、命令できるのは国民に対してではなく行政機関に対してである、という制約があります。議会が命令発効を禁じる法律を制定したり、連邦最高裁が違憲判断を下したりすれば効力を失います。米国で生まれた子供に米国国籍を与える「出生地主義」は憲法に記されていますので、それを見直すという大統領令がでても最高裁判所が違憲と判断すれば効力を失います。
大統領就任式後に署名した大統領令
- 「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に、北米大陸最高峰の山「デナリ」を「マッキンリー」に名称変更
- 麻薬カルテルを外国テロ組織に指定
- 連邦政府職員の雇用プロセスの見直し
- 「多様性」や「公平性」などを意味する政府の行き過ぎたDEIプログラムを廃止
- 政府が認める性別は男性と女性の2つの性のみとする
- 「政府効率化省」の設置
- 国務長官主導の「米国第一主義」
- 外国のテロリストや安全保障上の脅威から米国を守る
- 米国国民を侵略から守る
- 米国の対外援助の見直し
- 国家エネルギー緊急事態の宣言
- 「死刑制度の復活」と公共の安全の保護
- 国境管理の厳格化
- 出生地主義の見直し
- 移民の受け入れプログラムの見直し
- グリーン・ニューディール政策の終了と「EVの義務化」の撤廃など
- 米国の領土を守る軍の役割の明確化
- 選挙妨害や機密情報の不適切な開示に対する前政権高官の責任追及
- WHO=世界保健機関からの脱退
- 「TikTok禁止法」の75日間の執行猶予
- パリ協定からの離脱
- 「政府の武器化を終わらせる」
- 言論の自由の回復と政府による検閲の停止
- バイデン前政権の78の大統領令などの撤回
- 風力発電のプロジェクトに対するリースの停止
- 「米国第一主義」の貿易政策
- 南部の国境の非常事態を宣言
- 2021年1月に連邦議会に乱入した事件に関与した人たちに恩赦や減刑
- 連邦政府職員の採用凍結
- 政府職員の在宅勤務を終了し、職場で働くことを要請
- 就任式の日には国旗を掲揚する
2.「トランプ2.0」の根本思想は、自国第一主義、犯罪撲滅、移民の制限、軍備増強と宇宙開発、エネルギー増産、幅広い規制緩和など
ここから理解できる第2次トランプ政権(「トランプ2.0」)の根本思想は以下の通りです。
経済との関係で重要なのは、トランプ大統領が犯罪に対して極めて厳しい態度をとっていることです。麻薬カルテルを外国テロ組織に指定し、死刑制度を復活させるとしています。不法移民を強制送還するのも、国境を封鎖するのも犯罪者の流入を止め、犯罪者を追い出すためです。
犯罪を減らすことで、人々が自由に行動できるようになり、社会的コストを大幅に減らすことができます。これは経済活動が活発になることに繋がると思われます。
トランプ氏は通商政策に関税を多用する方針です。通常、輸入関税はその製品を輸入する国の輸入業者が支払います。ところがトランプ氏は、これを輸出国の輸出業者が払うように制度を変更したい模様です。ある製品に高率の関税が掛けられた場合、輸入業者がそれを支払う現行の仕組みでは、輸入業者が無理に輸入して販売して、売れない場合は輸入業者の損失になり、売れた場合は国内物価を引き上げる要因になります。反対に、輸出企業が関税を支払う場合は、損失は輸出企業が負担することになり、輸出そのものを早めにやめるかもしれません。制度変更が可能かどうか今のところ不明ですが、実現した場合、どのような経済効果がでるか注目されます。
火星に人を送り込むということと、軍備増強を合わせて考えると、航空宇宙・軍需関連が注目されます。また、宇宙空間では宇宙飛行、観測、計測等に関する計算量が地上よりもはるかに多いため、量子コンピュータの実用化への期待が高くなります。
エネルギー増産に関しては、天然ガス、石油の増産が予想されます。
そこで当面は原子力発電、火力発電をバランスよく行っている電力会社に注目したいと思います。
歳出削減もトランプ政権にとって大きなテーマになります。政府効率化省だけでなく、トランプ政権は10年間で3,910億ドルの気候変動対策費を予算化している2022年インフレ抑制法を廃止する方針です(この予算の中にEVの購入補助金が含まれています)。これが実現すれば、歳出削減や成長分野への投資を行う財源ができます。また、半導体への補助金であるCHIPS・科学法も廃止したい模様ですが、これについては共和党の中にも異論が多い模様なので、実現するかどうかわかりません。
米国政府がDEIを止めるということは企業に対してすでに波及しています。多くの企業がDEI関連部署を廃止すると思われます。
このように見ると、トランプ2.0には関税引き上げ、軍備増強などのインフレ要因もありますが、政府効率化省やインフレ抑制法廃止(実現すればですが)、DEI、ESGをやめることなど、デフレ要因もあります。
3.トランプ政権の課題は物価高、高い家賃、雇用不安の解消など
2024年米国大統領選挙でトランプ氏が当選した背景を改めて確認しておきます。
2024年米国大統領選挙の結果
- ドナルド・トランプ氏勝利。
- 選挙人獲得数は、トランプ氏312、ハリス氏226。
- 得票数はトランプ氏7,730万3,573票(49.9%)、ハリス氏7,501万9,257票(48.4%)。
- 州ごとに見ると、トランプ氏勝利30州、ハリス氏勝利20州。
- 激戦州である、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダの7州は全てトランプ氏が勝利。
- 上院は共和党53、民主党47(改選前は共和党49、民主党51)
- 下院は共和党220、民主党215(改選前は共和党220、民主党212)
- 物価があまりにも高すぎる。家賃も高く、ホームレスが増加中。住宅価格も新築、中古ともに高く、住宅ローン金利も高いため、家が買えない。
- 米国と日本の一人当たり平均年収の差は約2.1倍(2022年)だが、平均物価の差は3倍以上か。これでは暮らしていけないと考える国民が多くなっている。
- 民主党の犯罪者に対する姿勢が甘いため犯罪が多い。
- 移民、不法移民が多いが、不法移民は国や州の援助で良いところに住んでいる。不法移民が賃金が下がる要因になっているという不満も多い。
- LGBTQが行きすぎている。ESGは何の役にも立たない。
- 米国の1億3,220万家計のうち、年間世帯所得が10万ドル未満の家計が59.1%、12万ドル未満が67.3%を占める(2023年)。ニューヨークでは年収10万ドル(約1,500万円)では生活できないため、米国の家計の60~70%は生活に困難を感じていると思われる。
トランプ氏が獲得した選挙人は312人なのでハリス氏の226人に対して大勝と言えます。ただし、これは米国の選挙制度の大きな特徴である選挙人制度によって、その州で勝利した候補者がその州の選挙人を全て獲得する「Winner-take-all」のルールがあるからです。実際の得票数の差は小さく、トランプ氏が勝った州の数も30州でハリス氏勝利の20州に対して大勝というほどではありません。
今回の選挙の大きな争点は、物価高、高い家賃による生活の困難、移民と不法移民が職の安定を脅かす存在と考える国民が多くなっていること、違法薬物取引や性的人身売買が多く、多くの市民が犯罪に対して脅威を感じていること、同様にLGBTQについても行き過ぎがあり、親が安心して子供を学校に通わせられないという意見がでてきたことなどです。
ただし、トランプ氏とハリス氏の得票数は接近していました。全くの私見ですが、この要因は、バイデン政権が行ってきた過度のバラマキ政策によって恩恵を受けてきた人達が多いこと、民主党の熱心な支持者で高額献金者の中に性的人身売買などの犯罪を行っていた人達がいた模様ですが、民主党は犯罪に対して甘かったため、その人たちの影響もあったと思われること、過激な言動からトランプ氏が嫌いな有権者も多いと思われることなどです。
今後の焦点は、4月に行われる予定の下院補欠選挙です。大統領補佐官(国家安全保障担当)に指名されたマイク・ウォルツ下院議員(フロリダ州)、国連大使に指名されたエリス・ステファニク下院議員(ニューヨーク州)、トランプ氏が司法長官に指名し、その後過去の不祥事を指摘された後に指名を辞退し、そのまま議員辞職したマット・ゲーツ元下院議員(フロリダ州)の3名の補欠選挙です。フロリダ州の下院補選は4月1日、ニューヨーク州の補選はステファニク氏が議員を辞してから90日以内に実施されます。
この補選で3議席が共和党になったとしても現状維持ですので、共和党から造反者が出れば法案が通りにくくなります。フロリダ州は共和党支持者が多い州ですがニューヨーク州は民主党支持者が多い州です。仮にこの3議席が民主党になった場合、下院における共和党と民主党の議席数は1議席差で逆転します。従って、補選までに有権者を納得させることができるかが重要になります。
犯罪撲滅、移民と不法移民の問題の解決への道が見えてきたので、今後米国の一般大衆が抱えている問題は、物価高と家賃の高さに絞られると思われます。ただし、物価の問題を解決するには時間がかかる可能性があります。
つまるところ、米国の一般大衆にとって民主党の経済政策とFRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策は失敗だったということです。トランプ新大統領が直面する課題は実に重いものがあります。
ただし、バイデン政権下では補助金を派手に使って、かつ、低金利が続いたため、多くの成長企業が出てきたのも事実です。これらの成長企業をさらに成長させる条件を整備すれば、「トランプ2.0」の大きな成果の一つになると思われます。
リスクは、対外関係です。パナマ運河を取り戻すことは就任演説でも取り上げられましたが、カナダを米国の51番目の州にという主張は通商関係の交渉材料としては刺激的すぎると思われます。基本的にトランプ氏が当選した背景には物価高があります。それに関係ない通商関係が4月の補選の際に有権者に響くか、重要なポイントになりそうです。また、トランプ氏はこれまでに具体的な住宅政策を示していません。物価と金利を引き下げて住宅を買いやすくするという考え方と思われますが、住宅問題は国民の不満の多い分野なので、今後何らかの住宅政策が示されるのか注目されます。
4.「トランプ2.0」関連セクター、関連銘柄:半導体、IT、EV、個人消費、エンタメ、エネルギー、航空宇宙と国防、量子コンピュータなど
「トランプ2.0」関連セクター、関連分野は以下の通りです。
- 半導体とAI半導体
- 生成AIとIT
- EV
- セキュリティ
- 個人消費関連、エンタメ関連
- エネルギー関連、原発関連
- 暗号資産関連
- 国防関連
- 航空宇宙関連
- 量子コンピュータなどの最先端技術
各セクター、分野の関連銘柄は以下の通り(暗号資産関連は筆者に全く知識がないため割愛した)。
半導体とAI半導体
エヌビディア、AMD、ブロードコム、TSMC、アルファベット、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト
生成AIとIT
クラウドサービス:アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、アルファベット、オラクル、IBM、セールスフォース、サービスナウなど
その他生成AI、AI関連:メタ・プラットフォームズ、アドビ、パランティア・テクノロジーズ、デル・テクノロジーズなど
EV
テスラ
セキュリティ
フォーティネット、パロアルト・ネットワークス、クラウドストライク・ホールディングスなど
個人消費関連
ウォールマート、アマゾン・ドット・コム、ショッピファイなど
エンタメ関連
ネットフリックス、スポティファイ、ウォルト・ディズニーなど
エネルギー関連、原発関連
コンステレーション・エナジー(原発、天然ガス火力、再生エネルギー)
エンタジー(米国東部の電力会社、原発)
ビストラ(テキサス、カリフォルニアなどで発電、電力小売りを展開)
カメコ(世界最大のウラン採掘、精製会社)
Geベルノバ(ゼネラル・エレクトリックが航空宇宙、エネルギー、医療の3分野に分割してできた会社の1社。原子力、火力発電関連、風力発電関連の製品の大手メーカー)など
航空宇宙・国防関連
ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、レイセオン・テクノロジーズ、ゼネラル・ダイナミクス、L3ハリス・テクノロジーズ、パランティア・テクノロジーズ、GEエアロスペースなど
量子コンピュータ
イオンキュー、リゲッティ・コンピューティング、クアンタム・コンピューティング、アルファベット、IBMなど
トランプ新大統領は、基本的には、規制緩和、歳出削減、選択の自由の重視など共和党の伝統的な経済政策を踏襲していると思われます。従って、関連セクターは米国のほぼ全てのセクターにまたがると考えてよいと思われます。また、軍備増強、宇宙開発の促進をはっきりと打ち出しているため、テクノロジー関連セクター重視と考えてよいと思われます。これについては、今後の国防予算、宇宙開発予算に注目したいと思います。
「トランプ2.0」は幅広いセクターに関連するため、半導体、IT以外では銘柄が絞りにくい傾向があります。例えば、宇宙開発に今まで以上に大きな予算が投じられるようになると量子コンピュータが実用化される可能性が高くなりますが、いずれの量子コンピュータメーカーも売上高がほとんどない状態なので、銘柄選択は難しいです。
エネルギー関連も石油、天然ガス関連の資源会社、インフラ会社、電力会社と銘柄が多いセクターです。また、風力発電を手掛ける電力会社や風力発電関連の機材を製造している会社もありますが、今後米国では風力発電の市場が縮小すると思われるため、風力発電比率が高い企業は避けたほうがよいと思われます。エネルギー関連に注目する場合は、原子力発電、火力発電がバランスが取れている電力会社に注目したいと思います。ここでは例としてコンステレーション・エナジー、エンタジー、ビストラを挙げました。
このように注目セクター、注目分野が多い場合は、総合型インデックスである、ニューヨーク・ダウ、S&P500、NASDAQ100連動型ETF(上場投資信託)と、細かい分類の業種別、分野別ETF(例えば電力会社のみで構成されたETFなど)、個別銘柄を、細かい分類の業種別分野別ETFがない場合は、総合型インデックス連動型ETFと個別銘柄を、ご自分の相場観、銘柄観に合わせてバランスよく組み合わせることも一つの投資スタイルです。
5.今後注意すべき経済指標:米国の雇用統計、消費者物価指数と10年国債利回り
「トランプ2.0」は始動したばかりなので、これらの政策が実体経済と株式市場にどう影響するか慎重に見極めたいと思います。
注意しておきたい経済指標は、米国の雇用統計と消費者物価指数、それとこれらの指数の変化が長期金利にどう影響するかです。不法移民の強制送還、不法移民の流入阻止が始まっているため、これが雇用の伸びや賃金にどう影響するか、物価への影響はどうなのかが注目されます。物価への影響については、原油価格と天然ガス価格の推移にも注意が必要です。
また、これらの指標に対して米国の長期金利がどう反応するのかが株式市場にとって重要と思われます。
グラフ1 米国雇用統計:非農業部門雇用者数前月比

グラフ2 米国平均時給:全就業者、民間部門

グラフ3 米国の消費者物価指数:前年比

グラフ4 米国10年国債利回り

(今中 能夫)