トランプ氏が2度目となる大統領に就任して100日がたちました。この間、関税を巡って米国と日本を含めた関連諸国の間では厳しい交渉が続いています。

世界経済にとって最大の懸念と言える米中間の貿易戦争を巡っては、「論外」と言っても過言ではない事態が起きています。米国を前に「ひざまずかない」と主張する中国の戦略的意図はどこにあるのでしょか?


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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 中国がトランプ氏に「屈服しない」と主張する目的 」


トランプ政権発足100日。支持率は低迷し、政策も迷走

 第2次トランプ政権が発足してから100日がたちました。


 就任初日に26本の大統領令に署名するなど(8年前の1期目は1本)、2期目となる今回、「トランプスピード」で政権運営を進めるべくスタートダッシュしたかに見えました。


 欧州と中東で行われている二つの戦争を終わらせ、世界に平和を取り戻し、関連諸国に対して関税措置を取ることで、製造業を復活させ、経済を繁栄させることで、米国を再び偉大な国にすると公言し、今日に至ります。


 一方、現実はなかなか厳しいようです。トランプ大統領のこれらの問題への対応を巡り、我々諸外国から見ても厄介なのは、言動や政策が変則的で、二転三転することです。


 ロシア・ウクライナ戦争に関して、プーチン大統領、ゼレンスキー大統領それぞれと会談し、サウジアラビアなど第三国での高官協議に積極姿勢を見せたかと思えば、当事者間の利害関係が折り合わず、進展しないとなれば、「忍耐の限界」を理由に引いたりする。


 関税に関して、日本を含め、米国に対する貿易黒字が大きい関連諸国に「相互関税」を課したかと思えば、米国自身へのマーケットへの影響を懸念し、半日後にはそれを引き下げ、「90日間猶予」を設けたりする。

ただ、90日の間に交渉がまとまらなければ、「相互関税」を復活させると、現段階では主張しています。結果的にどうなるかは定かではありません。


 直近で言うと、日本の経済、産業への影響が甚大な自動車関連でも動きがありました。トランプ政権は4月3日、海外から輸入される自動車に対して一律25%の関税を課しましたが、4月29日(米現地時間)、軽減措置の導入を指示する大統領令に署名しました。米国内で生産する完成車を対象に、国内販売の売上高の15%相当額を関税の免除枠として付与し、その枠内で輸入部品にかかる追加関税を免除するとしました。ただ、「わずかなチャンスを与える。ほんのわずかな移行期間だ」とも主張。不確実性は付きまといます。


 100日を前に、ワシントン・ポスト/ABCニュース/イプソスが実施した世論調査によれば、政権への支持率は39%、不支持率は55%、経済政策に関しては、39%が支持、61%が不支持、経済の現状認識として、70%が「悪い」「良くない」、53%がトランプ大統領就任以降「悪化」したという見方を示しています。71%が「短期リセッション(景気悪化)」を予想(共和党支持者も51%)しています。インフレ懸念を含め、米国経済の先行きは不透明、不明瞭と言わざるを得ないでしょう。


米中、「首脳会談が行われたか」で食い違い、溝の深さを露呈

「トランプ関税」という文脈で言えば、中国との間で発生している追加関税の掛け合いと応酬が最大の注目点、懸念点と言えるでしょう。中国税関の統計によれば、2024年、米中貿易総額は7,000億ドル近く(中国の対米輸出が約5,247億ドル、対米輸入が約1,636億ドルに上りましたが、WTO(世界貿易機関)オコンジョイウェアラ事務局長は、両国間で激化する貿易戦争を前に、「米中貿易は最大80%減少しかねない」と警告を鳴らしています。


  先週のレポート「トランプ関税に一歩も引かない中国。貿易戦争で日本が警戒すべき『ブーメラン』とは?」 でも扱いましたが、ここに来て、トランプ大統領は対中追加関税率を引き下げる可能性を示唆しています。政権における関税交渉のキーマンであるベッセント財務長官も、米国の対中追加関税率145%(一部200%以上)、中国の対米追加関税率125%というこの現状と構造は「長続きしない」という見方を示しており、関連企業や消費者に与えるショックを含め、米国経済への悪影響を懸念しているように見受けられます。トランプ政権として、中国との通商関係が「このままではいけない」と思っているのでしょう。


 そんな中、トランプ大統領は4月25日に公開された 米タイム誌とのインタビュー の中で、現在「中国との関税交渉が進行中」であり、かつ「習近平(シー・ジンピン)国家主席から電話があった」と主張しました。これに対し、中国外交部の郭嘉昆報道官は4月29日の定例記者会見の中で、次のように語っています。


「私の把握によれば、近日、両国の首脳は電話をしていない。私は改めて言わなければならない。中国と米国は、関税問題を巡って話し合い、あるいは交渉をしていない」


 ちなみに、ベッセント財務長官は4月27日、米ABCテレビに出演した際、「トランプ大統領が習近平氏と対話したかどうかは承知していない」と答えています。また、ワシントンで先週開かれたIMF(国際通貨基金)会合の合間に中国政府の人間とやり取りしたとしつつも、「金融の安定や世界経済の早期警戒といった伝統的な事柄」に関するものだったと語っています。


 主張の内容からすると、中国外交部とベッセント財務長官の言っていることが近いように捉えられます。ここで、トランプ大統領、中国外交部、ベッセント財務長官のうち、誰が正確な事実を言っていて、誰が事実と異なることを口にしているのかという議論はしません。


 ただ、米国と中国という世界第1、第2の経済大国であり、世界秩序の行方を担っている二大国同士が、「両国首脳が電話をしたかどうか」という基本的な事実関係を巡って異なる主張をしている。


 一方は「行った」と言い、もう一方は「行っていない」と言っている。そして、トランプ大統領が中国との現在進行中とされる関税交渉をするために習近平氏からかかってきたと主張する電話のことを、関税交渉のキーマンであるベッセント財務長官が知らないという事態。


 率直に言って、お話にならない、「異例」ではなく「論外」の状況だと思います。この状況が日本を含めた国際社会に語り掛けている示唆は、それぞれがそれぞれの方向を向き、自らの立場や利益のみに固執し、事実と異なることを平気で公言し、共通の利益を見いだそうとか、世界経済を何とか立て直すために歩み寄ろうとかいう姿勢がみじんも感じられない中、我々は「米中頼み」になってはならない、「米中次第」という状況を放置しておくわけにはいかない、ということでしょう。


 政府も、企業も、個人も、戦略目標や課題意識を共有できる対象を少しでも多く、深い次元で見つけ、自主性と主体性を持って、この「米中対立」という局面で生き残っていかなければならない。


中国は米国に「ひざまずかない」「退かない」と主張

 中国が米国との貿易戦争に臨む中で興味深い動向がありました。


 4月29日、中国外交部がトランプ政権を批判する、「不跪」と題した2分強の動画を配信したのです。「不跪」とは、「ひざまずかない」という意味です。動画は中国語と英語の字幕付きで配信され、その中で、「覇権を前に頭を下げるようでは、ますます深刻で重大な危機に陥るだけだ」「闘争をもって協力を求めれば協力は生きる」「妥協をもって協力を求めれば、協力は亡くなる」などと中国政府の見解を主張しました。


 また、「中国は退かない」という立場も前面に出した上で、「弱国の声には誰かが耳を傾けなければならない」「覇権といういじめは誰かがせき止めなければならない」「世界の公理は誰かが守らなければならない」と主張しました。


 興味深かったのは、米国による圧力を前に、妥協や屈服が良い結果を招かないことは歴史が証明しているとした上で、日本の例を取り上げていた点です。


「米国は過去、日本が半導体をダンピングしているという名目で、東芝といった企業に対して重い拳で打撃を与えた。その後、『プラザ合意』によって円高を強制したことによって、日本経済は長期的な低迷に陥った」


 上記の見解や立場からも容易に分かるように、中国としては、米国、特にディール(取引)を通じて関連諸国への圧力を最大化し、それを通じて自らの利益を獲得しようというスタイルが濃厚なトランプ大統領に対して、妥協や屈服は効果的ではない、自らの国益を死守するためにも断固「闘争」するというだけでなく、超大国である米国を前に、それをやりたくてもできない絶対多数の国や地域に代わって、自らが「防波堤」になるのだと主張しています。


 そこからは、「ホワイトナイト」や「世界の警察官」といった、かつて米国が担ってきた役割を請け負うのだという戦略的野心すらうかがえます。


 習近平国家主席が率い、14億の民を抱える中国は、トランプ政権期を戦略的契機期と見なし、世界経済や国際関係で影響力と存在感を向上させるべく動いていくのが必至だと私はみています。読者の皆さまも、その前提で、中国の動向や米中の攻防を観察されるとよろしいかと思います。


(加藤 嘉一)

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