年金改正法案が急転直下、成立しました。年収の壁の撤廃、iDeCoの改正、遺族厚生年金の見直しなど、注目されたポイントを解説。

改正内容は、個人投資家の老後資金計画にどのような影響を及ぼすのでしょうか。


年金改正法案が成立。「106万円の壁」撤廃、iDeCo改正…...の画像はこちら >>

公的年金改正、多くの個人投資家は影響なし

 今回の改正は「会社員の負担増だ」「遺族年金を大幅カットする改悪だ」のような風説を目にしますが実際のところ、個人に影響がありそうでしょうか。


 個人投資家の視点も少し交えつつ、ポイントを整理してみます。


 主要な改正項目は以下の通りとなります。


○保険料の計算基礎となる標準報酬額の上限を月65万円から75万円に引き上げる


 標準報酬額(月収)が月65万円以上の会社員の場合、厚生年金保険料が打ち止めになり給付も増えない仕組みでしたが、段階的に月75万円まで厚生年金保険料を負担するようになります。負担増となりますが、給付増にもつながるので、健康保険よりは納得がいく見直しです(健康保険は現在でも月139万円まで保険料は増え続ける)。


○年収の壁(106万円)を取り払う


 短時間労働者の社会保険加入要件がシンプルになりました。週20時間勤務という従来ある要件のみで社会保険適用の有無を判断し、現場の事務を簡略化させます。さらに、対象となる企業規模も段階的に広がるため、より多くの非正規社員が厚生年金をもらえるようになります。


 現在の最低賃金を考えると、週20時間勤務の場合年106万円を超えるのが一般的であるため、106万円の壁は実質意味をなさなくなっているのです。そして、多くの人は社会保険料の適用のメリット(健康保険の給付、年金の給付)が負担を上回る可能性が高いでしょう。


 もちろん、すでに正社員で働いている人は気にする必要がない項目です。


○遺族厚生年金の一部給付の見直し


 遺族厚生年金の男女差を解消します。

変更されるのは「女性が」「30歳以上で夫を亡くすと無条件で遺族厚生年金をもらい続けられる」規定です。これは30歳以降の女性は夫を亡くすと仕事を見つけるのにも再婚するのにも苦労していた時代の配慮規定でした。


 改正後は、男女で共通して60歳未満で死別した場合に5年の有期給付をもらうこととします。5年後に年収が低い場合などは年金支給を延長するなどの配慮措置もあります。


 なお、亡くなられた方の厚生年金加入履歴は遺された妻の将来の厚生年金を手厚くする形で分配され、将来の年金額を増やす仕組みも設けられます。


 この改正には、ほとんどの方に不利益がないといえます。


「遺族年金5年でストップ」とSNSでは投稿されがちなテーマですが、「高齢期の遺族年金」「子が未成年のうちの遺族年金」は変更がないので誤情報にご注意を。


○在職老齢年金の見直し


 働きながら年金を受け取る場合の給付調整の基準について、現行の月50万円を62万円に引き上げます。これにより、年金が減額されにくくします。給与と年金の合計で老後を設計する自由度は高まることになるでしょう。


参考) 厚生労働省 年金改正資料


今回の改正、個人の老後資金計画に影響は?

 一部、悪意を持った切り取りがネットで見られますが、おおむね妥当な改正項目であり、ほとんどの人にとっては不利益はありません。


 個人投資家目線で見ても、今の投資スタンスや資産形成計画を大幅に見直す必要はないでしょう。「国の年金制度が信頼失墜なので自助努力で○千万円確保を」のようなセールストークが生まれる可能性がありますが、引きずられないようにしましょう。


iDeCo改正関連は魅力的 早期実行を期待

 今回の法改正では、公的年金だけでなく私的年金の法改正を含みます。iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)や企業年金について利用範囲を拡大する内容です。


  • iDeCoと企業型の確定拠出年金、企業年金の非課税枠を月5.5万円から月6.2万円に引き上げる(自営業者の場合、月6.8万円を月7.5万円に引き上げ)
  • iDeCoの上限規制(月2.0万円ないし月2.3万円)やマッチング拠出の規制(会社掛金額以下)を取り払う(月6.2万円が上限となる)
  • 70歳までiDeCoに拠出継続を可能とする

などが改正項目です。


 実は拠出限度額の引き上げだけなら、政省令の手直しだけで実現可能ではありますが、一連の法改正とセットで行われることになります。今回の引き上げはiDeCoの利用範囲が倍増する人が増えるなど魅力の大きい改正です。


 個人にとっては所得税・住民税を軽減しつつ老後資産形成を非課税投資で行うチャンスが拡充することになります。


 施行時期についてはiDeCo70歳加入が明示されていて、法の公布から3年以内で別途定める、としています。過去の例では4月スタートの可能性があり、そうなると2027年4月か2028年4月が考えられます。


 iDeCoの限度額については1月拠出分から開始となりますので、法改正は前年12月からとなり、最短で2026年12月、システム改修が間に合わなければ2027年12月ということになります。


※詳しい時期は、法令が公布されるとき、明らかになるでしょう


年金の給付水準は「ある程度」意識しておきたい

 全体として「公的年金は破綻しない」「公的年金の水準は日常生活をやりくりするギリギリ程度(賃貸の費用は含まず)」を意識しておくと、個人投資家の資産形成としては分かりやすいと思います。


 そこに大幅な修正がないのであれば、あまりびくつくことはありません。


 とはいえ、もうしばらくの間は物価上昇率に完全に追いつかない年金額改定が続きます(マクロ経済スライド)。2025年度も1.9%の引き上げが行われており、将来の物価水準にもある程度追随してくれますが、自分なりのゆとりを一定額確保しておく意識は個人投資家として持ちたいところです。


 むしろ年金改正「以外」の負担増の方を考えるべきです。

数十年後の消費増税、高齢者の税負担、医療費負担増などがあれば年金額が減らなくても手取りは減ります。


 年金改正があった直後に「年金以外」を意識せよ、というのもおかしな話ですが、本コラムを個人投資家の老後資産形成を考えるヒントにしてみてください。


年金改正法案、成立までの経緯

 今回は改正が確定した部分を中心に紹介しました。当初議論に上がっていた内容の一部は、財源確保を含めて次回年金改正に先送っています。批判の声があった「会社員のお金で自営業者を助ける改悪」は実現していません。


 法案成立までの経緯をさかのぼると、5月16日、公的年金改正とその関連法案が国会に提出されました。本来であれば3月に提出されてもおかしくなかった上、通常国会の会期末が6月22日までであったため、短い審議入りとなりました。


 改正法案の今国会での成立が危ぶまれる中、野党が「あんこの入っていないあんパン」と批判しました。基礎年金の底上げと厚生年金の積立金の活用について当初議論にあった内容が除外されたからです。


 しかし、立憲民主党が修正協議を与党に申し入れ、基礎年金の底上げを復活させた上、三党合意に基づき5月30日の衆院通過を実現しました。その後、野党の一部(維新、国民民主、共産党など)は反対に回りましたが、6月13日、会期末直前に成立の運びとなりました。


 今回の年金制度改革がスムーズに成立した背景には、年金制度を政争の具とするべきではない、という教訓があってのことかもしれません。


(山崎 俊輔)

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