コメ価格の高騰は、日本の食料供給体制のぜい弱性を突きつけました。日米交渉で政府はコメを「食の聖域」として守り抜いたものの、根本的な解決に至っていません。

解決策の一つとして「株式会社による農業経営」の解禁が挙げられます。本記事では、多角的な視点から、日本の食料安全保障強化に向けた私の考えを解説します。


コメ高騰で気づいた食のもろさ、日本の農業を強化する秘策とは(...の画像はこちら >>

コメ高騰はいったん収束したがこれで安心とはいえない

 日本も高インフレ経済になりつつあります。2025年は特に、食料品の価格上昇が顕著でした。中でも、コメの価格高騰が社会問題として浮上しました。


 2024年産のコメは作柄が悪く、コメ不足が深刻化したため、消費者の買い急ぎも相まって、2024年から価格高騰が始まりました。同年5月には東京都区部のコシヒカリ5キログラムが一時5,000円を超え、前年比で2倍となりました。全国のスーパーでの平均価格は、同年5月に5kgあたり4,268円に達し、過去最高を更新しました。


 その後、政府による5キログラム2,000円での備蓄米放出があって、米価は徐々に低下しました。


 また、2025年産のコメが平年並みの収穫であったため、コメ不足はいったん解消しました。


 ただし、これで安心とはいえません。減反政策によって縮小したコメの生産面積が、すぐに回復することはないからです。日本の農家は後継者難に直面しており、耕作面積を容易に増やせる状況にはありません。


 また、肥料や農薬などの価格上昇も、コスト高要因として続いています。一時の価格高騰は収束したものの、米価は高止まりが続く可能性があります。2026年産のコメが不作となれば、翌年、価格高騰が再燃する可能性も考えられます。


日米関税交渉でコメは聖域として守り切れたか?

 日本は輸入品にほとんど関税をかけていない低関税国ですが、例外として、農畜産品5品(コメ、麦、砂糖、乳製品、牛肉・豚肉)の輸入を制限しています。


 コメについては、輸入量をミニマムアクセス(年間約77万トン、玄米換算)にとどめる、事実上の輸入制限を行っています。ミニマムアクセスまでは関税ゼロで輸入する義務がある一方、それを超えるコメ輸入には778%の高関税が課されています。そうすることで、日本のコメ生産を守っています。


 日米関税交渉でトランプ大統領は「コメ不足が社会問題になっている日本が、コメにかける高い関税を引き下げないのはおかしい」と批判していました。ただし、日本政府は、「食料安全保障のために主食のコメは守る」方針を貫きました。


 トランプ政権は、日本が5,500億ドル(約80兆円)の対米投資を約束したことを評価し、農産物の輸入拡大には、それ以上、踏み込んできませんでした。結果として、コメは聖域として守り切れた形となりました。


食料安全保障の強化には、株式会社参入の解禁が必要ではないか

 日本の農業(土地を大規模に取得して行う農業)に、株式会社の参入が解禁されれば、多くの成長企業が生まれると私は考えています。コメ生産にも株式会社が参入できれば、日本の農業が持つ高品質生産を維持しつつ、コスト競争力を強化できると考えています。


 株式会社が農業経営に参入した場合、主に四つのメリットが考えられます。


【1】規模のメリット:大規模農場経営により、生産効率を高めることが可能です。
【2】産地直送:自前の流通ルートを構築し、小売業者や消費者に直接届けることで、生産者の取り分を増やせます。これにより、輸出も手掛けやすくなるでしょう。
【3】資本力:AIやバイオ技術の活用、およびさらなる機械化を促進しやすくなります。
【4】人材確保:農業を志す若者が農業法人に就職しやすくなります。


 日本の農業・畜産業の強みは、世界中の消費者から評価される「高品質」にあります。一方で、コスト高や後継者難といった問題に直面しています。「高品質」な農産物を生み出す日本の農家の力と、株式会社の持つ力が結合することで、農業分野から多くの成長企業が生まれるポテンシャルを秘めています。


 2025年にはコメ不足・米価高騰が社会問題になりましたが、流通マージンが大きく、生産者の取り分がなかなか増えないことが問題として顕在化しました。大企業が農業に参入し、生産と流通を統合することで流通マージンを削減し、生産者の取り分を増やすことは喫緊の課題といえるでしょう。


 日本は製造業王国です。日本の製造業のノウハウを取り入れて、スマート農業を推進することも、強い農業を構築するためにも不可欠です。


日本の株式会社はすでに農業に参入して成功している

 厳密にいうと、日本の株式会社はすでに農業に参入しています。農地法の制約により、国内で大規模な土地を取得して農業を営むことは制限されていますが、野菜工場での生産は可能です。


 例えば、ホクト産業や雪国まいたけ(現:ユキグニファクトリー)は、工場でマイタケやブナシメジ、エリンギなどを大量生産し、供給しています。株式会社の参入によって、マイタケなど高級キノコは安価に大量供給されるようになりました。


 これに対し、長野県の農業協同組合(JA)は、工場では生産できない、さらに高品質なシメジなどを開発し、対抗しています。その高品質シメジが新たな需要を喚起しています。


 株式会社の参入で、キノコ生産は高度化して、消費者は高品質なキノコを安価かつ大量に消費することが可能となりました。冬の鍋物に使われることが多かったキノコが、夏にはサラダや炒めものに豊富に使われるようになり、食卓をにぎわせるようになりました。


 日本の株式会社は、国内で許容される条件のもと、さまざまな形で農業に参入しています。ただし、大規模な土地の取得または借り上げによる農業は実現できていません。


 海外では、日本の株式会社は自由に農業経営に携わっています。日本の株式会社が指導する形で、日本向けに高品質のブランド農産物を創出し、日本に逆輸入することで成功している事例は多数存在します。


住友商事、伊藤忠:ブランドバナナ創出の成功事例

 日本の総合商社は、海外で大規模な農園を所有・運営し、現地の有力生産者と提携することで、独自のブランドバナナを生産し、日本市場へ輸入・供給しています。


 住友商事グループの「スミフル」は、フィリピンに広大な自社農園を所有し、「甘熟王(かんじゅくおう)」などのヒットブランドを多数展開しています。伊藤忠商事グループのドール・フード・カンパニーは、元々米国の企業ですが、日本国内での販売権や事業には伊藤忠商事グループが関与しています。「極撰(ごくせん)バナナ」などの高付加価値バナナを供給しています。


 これらの商社は、海外でのバナナ農園経営を通じて、ブランドバナナの創出に深く関与しています。より甘く、日持ちの良い品種開発、安定供給のための栽培技術確立、徹底した品質管理を通じて、農園から日本の店頭まで一貫した品質管理体制を構築し、安全で高品質なバナナを提供しています。鮮度を保ったまま効率的に日本全国へ配送するシステムも確立しています。


 このように、日本の株式会社が関与することで、高品質で甘いバナナが安価に購入できるようになったといえます。


 日本の株式会社が海外で農業を経営して、日本に持ち込む農産物は非常にたくさんあります。中国やアジアなどから、日本に大量に輸出される農産物の多くは、日本企業が関与しているものです。現地で農業経営に携わり、日本向けに品質を高めて輸出することで成功している例は多数存在します。


 同様に、水産業も株式会社の参入によって変化しつつあります。世界中に和食や魚食文化が広がる中、捕る漁業から育てる漁業への転換が急速に進んでいます。

水産物の世界消費量の半分以上が、養殖によるものとなっています。


 カキやホタテ、ウナギ、ハマチは日本で古くから養殖されてきました。養殖可能な範囲は徐々に広がっています。三菱商事などがクロマグロの養殖に取り組むなど、その範囲は広がっています。JR西日本も陸上養殖を積極的に展開しています。


 養殖業においても、AI活用によって効率的な水産物の生育が可能になりつつあります。


(窪田 真之)

編集部おすすめ