おなじみ「総火演」で目にするりゅう弾砲、その砲弾が炸裂するのは、見学席からとてもとても離れたところです。もしこれが、目の前に弾着したら……その様子を、「総火演」の会場でもある東富士演習場で取材してきました。
今年(2020年)の陸上自衛隊「富士総合火力演習」は、残念ながら一般公開されませんでしたが、例年、東富士演習場で実施されるこの演習の最初に射撃を披露するのが特科部隊、大砲を扱う、いわゆる砲兵です。
東富士演習場に展開したFH70。中央の三脚に載るのは砲口初速を測るレーダー。その右側は間接射撃の照準を付けるコリメーター(2012年8月18日、月刊PANZER編集部撮影)。
会場と射撃陣地に展開したFH70りゅう弾砲や99式自走りゅう弾砲が「撃て」号令で射撃し、数秒後「弾ちゃーく、イマ!(弾着、今!)」の号令がかかると同時に、遥か富士山の裾野に爆煙が上がり10秒くらいして「ズボッ」という低い炸裂音が響いてきます。弾着の状況は「ドカーン!」と炎が上がるわけではなく、炸裂音も派手ではありません。距離もありますので、爆煙と同時には炸裂音も聞こえてきません。
映画やゲームなどで印象づけられた様子とはあまりに違うので、初見した人が「これは実弾ではない」と言ったとか、言わないとか……確かに、「総火演」こと「富士総合火力演習」の見学席から眺める特科部隊の射撃は、弾着が遠いせいか、近距離目標を直接射撃する戦車部隊よりインパクトは弱いのが正直なところです。

FH70の一斉射撃の瞬間。前方に飛翔する砲弾が捉えられている。射距離が短いので装薬は少なく派手な発砲炎は出ない(2011年8月17日、月刊PANZER編集部撮影)。
しかし砲兵は、地上部隊が最も頼りにする部隊です。

富士山の形を描いて炸裂させる「富士一号」という射撃展示。コンマ何秒、コンマ何mmという精密な精度が要求される(2009年8月27日、月刊PANZER編集部撮影)。
その威力たるや、「女神」などという優しいイメージとはまったく真逆の凄まじいものです。FH70や99式自走りゅう弾砲の155mm砲弾は重さ40kg以上で、直撃すれば戦車さえも文字通り吹っ飛ばします。直撃しなくとも爆発力とバラまかれる砲弾の破片で甚大な破壊力を発揮します。第1次世界大戦においては、長時間、砲撃に晒されることにより、身体的には負傷していなくても「シェルショック」と呼ばれる戦闘ストレス症例が認められるようにもなりました。
その砲撃の訓練を間近で取材!FH70など口径の大きなりゅう弾砲の威力は、遠くから見ていてもなかなか実感できません。今回の取材ではずーっと前進して、「総火演」の見学席から約3kmの距離にある二段山、三段山と呼ばれる弾着地まで接近することができました。

東富士演習場の射撃位置関係図(Googleマップを元に月刊PANZER編集部にて作成)。
「いいから俺の上に落とせ!」――戦争映画で敵に攻められてピンチに陥った時、通信機を握りしめてこんな砲撃要請をするシーンがありますが、実際に味方が展開する位置ギリギリへ砲弾を落下させる射撃があります。これを「近迫射撃」といいます。

映画『史上最大の作戦』に描かれた、ノルマンディー海岸のトーチカを彷彿とさせる射弾下掩蔽部「新山吹」(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
東富士演習場には富士学校特科部で教育や研究に使われている射弾下掩蔽(えんぺい)部「新山吹」という施設があります。映画『史上最大の作戦』でも有名なノルマンディー海岸に設置されたトーチカを彷彿とさせる鉄筋コンクリート造りの構造物で、砲弾の直撃にも耐える強度があります。

遮蔽部に取り付けられていたプレート(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
「新山吹」は陸上自衛隊施設学校 教育部建設技術教官室が設計し、古河駐屯地(茨城県古河市)の第101施設器材隊が1年かけて施工、2009(平成21)年に完成しました。内部は奥行き42.6m、幅5.9mの広さで3部屋にわかれており、強化ガラスがはめ込まれた視察窓のある観測室がふたつと、それらに挟まれて中央に会議室があります。

弾着地から見た遮蔽部。6つ並んでいるのが観測窓。手前のU字ブロックは中にG-PROを入れて近迫撮影した。無事だったのだろうか(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
観測室から弾着状況を直接、見ることができるのですが、射撃陣地は観測窓の反対方向に位置するので、つまり砲弾は頭上を越えて弾着することになり、砲弾が観測窓側を直撃する可能性はほとんどありません。弾着地域にはあらかじめ5つの黄色い風船が設置されていました。
掩蔽部の観測室に入ると、「射撃中は絶対に外に出ないで下さい」「強化ガラスに破片が当たりひびが入って曇る場合がありますので、その際は場所を移動して下さい」など諸注意を受けます。出ませんし、たぶんすぐ逃げます。そうこうしつつ、いよいよ砲撃を待ちます。

砲弾の時限信管の作動時間を設定する信管調定機、右に見える信管頭部にアダプターを被せ、設定時間を打ち込んで設定完了(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
約3.5km後方の射撃陣地から5門のFH70 155mmりゅう弾砲が射撃し、「弾ちゃーく、イマ!」の号令と同時に面前の空中で砲弾が炸裂します。時限信管による曳火射撃で、地表に激しく破片が降り注いている状況がはっきり分かります。
分厚いコンクリート施設内なので砲弾飛翔音は分かりづらかったですが、「ダン!」という炸裂音は、「総火演」の見学席で聞こえる「ズボッ」というくぐもった音とははっきり違います。実際の近迫射撃状況下では、第一線部隊は弾着の瞬間を目視できるとは限らず、「弾着、今!」の号令は自らを防護するタイミングを計る重要なものであることが分かります。

射撃準備中のFH70。手前には信管調定が終わった155mm砲弾が並べられている。(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
弾着地は私たちが入った遮蔽部から200mほどしか離れていません。砲の照準がゼロコンマ数mm、砲弾の時限信管の設定がゼロコンマ数秒違っているだけで、映画のシーンそのままに「俺の上」へ落ちてくる可能性もあるのです。初弾5発の弾着は炸裂位置、タイミングとも見事に一致しており、射撃した特科教導隊第1、2中隊混成隊の練度の高さをうかがわせます。

155mmりゅう弾の破片(2020年10月14日、月刊PANZER編集部撮影)。
射撃終了後、砲撃で掘り返された弾着地に入りました。「砲弾の破片はまだ熱いかもしれませんから気を付けて下さい」と声が掛かります。事前に並んでいた黄色い風船は見る影も無く、熱の残る砲弾の破片を手にすると砲撃の恐ろしさを実感します。地面に開いた穴を見れば、砲弾の飛翔方向や砲弾の大きさも推定できます。

過去の「富士総合火力演習」時の射撃陣地にはこんな看板も。イラストも中隊の隊員が描いたという(2011年8月17日、月刊PANZER編集部撮影)。
砲撃は物理的な破壊力はもちろん、「キングオブバトル」「シェルショック」というように、メンタル面にも影響を及ぼす大きな「圧」があります。戦場の運命を司る「神」と呼ばれるのも、こうした故あってのことです。