デベロッパーとして住宅団地「ユーカリが丘」を開発し、自社で鉄道の敷設までなしとげた「山万」が、バス事業へ新規参入する形で並行する路線バスを開業させました。その背景には「街づくり企業」ならではのこだわりが見えます。

不動産会社がイチから作った鉄道「ユーカリが丘線」何がすごい?

 東京都心から50km圏内、おおよそ60分程度に位置する千葉県佐倉市の「山万ユーカリが丘ニュータウン」。このニュータウンをぐるりと一周する鉄道線「ユーカリが丘線」は、街を開発・分譲したデベロッパー(不動産事業者)である株式会社山万が1980年代に自ら建設し、現在も運営するという珍しい路線です。

 通常の宅地開発において、デベロッパーは分譲・販売を終えると地域から撤退し、住民サービスに関わることは稀です。そのなかで「鉄道事業に新規参入し、開通後も自社で運営を続ける」という山万の経営判断は、許認可をつかさどる運輸省(当時)にも「不動産屋が鉄道を走らせるとは何事だ」と難色を示されるなど、実現までに無数の調整を余儀なくされたという経緯があります。

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山万ユーカリが丘線(2020年9月、宮武和多哉撮影)。

 当時、地元・佐倉市からも市営バスの運行を提案されましたが、これを断ってまでユーカリが丘に導入されたのは、騒音が少ないゴムタイヤ式の「新交通システム」でした。バスと違って排気ガスを出さず環境負荷が少ない「山万ユーカリが丘線」は、ニュータウンの第1期分譲後、1982(昭和57)年に開業しました。

 ユーカリが丘線は全長4kmほど、全線を走っても17分程度の小規模な鉄道路線ですが、首都圏や千葉市内への通勤・通学、団地内の移動と車内の表情もさまざま。平日朝には1時間に7、8本ほど運転されるほか、京成本線の始発に接続するため朝の始発は4時31分、終電は0時22分と、ほかの民間鉄道とも遜色ない営業時間の長さを維持しています。

 そしてユーカリが丘のもうひとつの特徴は「年齢層・年代が幅広い」こと。昭和40年代から50年代にかけて整備されたニュータウンや、そこへ延びる鉄道は、高齢化や乗客減少に悩まされるのが常ですが、この街は分譲する住宅を年間200戸ほどに抑えているため、街には子供の声が響き、いまだに建設から50年が経ったニュータウン内とは思えない活気があります。

 このニュータウンの鉄道に2020年、大きな変化が訪れます。

鉄道とほぼ並走するようなかたちで、山万が自らバス路線を開設するのです。

なぜ鉄道に並行して路線バス? その影にある変化

 山万のバス路線、ユーカリが丘コミュニティバス「こあらバス」は、2020年11月7日(土)に本格的な運行を開始します。もともと2013年から断続的に試験運行を続けていた路線を再編する形で、2016年に開業した商業施設「イオンタウンユーカリが丘」などを中心とした5系統で運行されます。

 新規の事業参入となる路線バスが登場した背景には、普通の住民サービスにとどまらない、山万の先を見据えた配慮がありました。

 もともと「すべての住宅が駅から10分以内」という強みを持っていたユーカリが丘にも、駅から数百m離れた区画が存在します。高齢者や乳幼児のいる家庭など、さまざまな年代が同じ街に住むなかで、バスは駅から遠い地域と、イオンなどの商業施設、コミュニティセンターがあるエリアなどをカバーする役目を果たします。また、介護老人保険施設やケアハウス、特別養護老人ホーム(すべて山万経営)などが集中するエリアに足を運びやすくなるのも、住民には嬉しいところでしょう。

 つまり、ユーカリが丘駅前から「イオン」などの商業施設へ、遠くの会社から近くの施設へと、街の移動の変化や目的の多様化に合わせて、今回の路線バス運行が始まったというわけです。

なぜ不動産会社が鉄道を? ユーカリが丘線の「山万」バスにも進出 その大いなる野望

ユーカリが丘駅南口に到着するバス「ここらら1号」。撮影時点で実証運行のためか、バス停の表示がなかった(2020年9月、宮武和多哉撮影)。

 そしてこのバス路線では、ジョルダンの決済チケット管理機能「Jorudan Style Point &Pass」や、パナソニックの認証技術を応用した「顔パス決済乗車」の実証実験が行われます。乗車ごとにスマートフォンを取り出す必要すらない乗車を実現すると同時に、移動データを蓄積し、将来的(2030年頃目標)には鉄道駅へ接続する「オンデマンド乗合タクシー」や、多客にも対応できる「連節式コミュニティバス」の運行につなげるとのこと。

 今後もさまざまな試みが行われると推測されますが、山万は過去いち早く、環境負荷の少ない電気バスの実証実験を行っており、社会実験の段階でその車両を導入済みです。このほかニュータウン内には電気自動車のカーシェアリングや電動バイクの充電設備も多くあります。今回のコミュニティバスによって、「二次交通」(鉄道などに接続する小規模の交通手段)の選択肢はさらに充実してきたと言えるでしょう。

実はマジで未来都市? ユーカリが丘のこれから

 ユーカリが丘にはこれから分譲する区画の余裕もあり、いちどユーカリが丘を離れた人々の再転入が増えるなど、人口増の局面はまだまだ続きそうです。また、現在は緑地として残されている鉄道のループ部分の内部を活用し、農園や太陽光発電施設の整備を検討するなど、不測の事態への備えも進んでいます。

 新型コロナウィルスを経て、郊外への転居も増えつつある昨今ですが、そうしたなか山万は、「交通」「住宅」「エネルギー」「食料」など、さまざまな「未来」を見通そうとしているのかもしれません。

 また、いま日本中で、ストレスを感じることなく気軽な移動ができる「MaaS」(Mobility as a Service)の実現に向けた取り組みが行われています。そのなかで、不動産分譲から鉄道、バス事業、医療・介護事業まで幅広いプラットフォーム(土台)を準備できる山万が展開する「MaaS」も注目したいところです。

なぜ不動産会社が鉄道を? ユーカリが丘線の「山万」バスにも進出 その大いなる野望

ユーカリが丘駅ホームの顔出し看板。街のキャッチフレーズ入り(2020年9月、宮武和多哉撮影)。

 ちなみに、ユーカリが丘線の最近の話題といえば、Twitterアカウント「ひがし(らすかる)@nexco_east_n」さんが2020年9月に個人で行った「山万20時間耐久」が記憶に新しいところです。朝4時31分の始発から終電まで64回も乗車し続けた様子は地元ラジオ局で拡散され、終電後に山万から表彰を受けるという予想だにしない結果を生みました。

SNSで発信されるその様子からは、他の地区の人々がなかなか足を運ぶことがないニュータウンの日常を垣間見ることができて、とても新鮮な企画であったと言えるのではないでしょうか。

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