日本の次期戦闘機開発について、かねてより協力もやぶさかではない態度を表明していたイギリスのBAEシステムズが正式に手を挙げました。アメリカ企業をさしおいて同社と手を組むメリットはどのあたりにあるのかを解説します。
イギリスに本社を置くBAEシステムズは2020年11月4日(水)、かねてより防衛省が募集していた、航空自衛隊のF-2戦闘機を後継する次期戦闘機の開発を支援する外国企業への情報提供要求に応じたことを明らかにしました。
2018年の「ファンボロー国際航空ショー」に展示されたイギリスの新戦闘機「テンペスト」コンセプトモデル(竹内 修撮影)。
また岸 信夫防衛大臣は同日に行なわれた記者会見で、BAEシステムズのほかボーイング、ロッキード・マーチンの両社も提案に応じたことを明らかにしており、防衛省は2020年内に支援を担当する外国企業を絞り込み、開発の枠組みを決定する方針を示しています。
次期戦闘機の開発は日本が主導し、経験が不足している作業や自主開発には時間と経費がかかりすぎる一部の技術に関して、外国企業から支援を受ける形で開発されます。今回BAEシステムズをはじめとする3社が応じたのは、日本には経験が不足している「インテグレーション」と呼ばれる作業です。
この作業は防衛装備庁と国内企業、外国企業が開発したエンジンや電子機器などの製品やソフトウェアなどのシステムをとりまとめて、航空自衛隊の要求を充たす戦闘機を作り上げるもので、選定された外国企業はインテグレーションを担当する三菱重工業を支援することとなります。
次期戦闘機に関しては河野太郎前防衛大臣が、有事の際にアメリカ軍と共同で対処するために同軍との相互運用性が必要である、と述べていることなどから、インテグレーション支援もアメリカ企業の選定が有力視されています。しかし、自社開発機のライセンス生産や共同開発に比べて利益が薄いことから、アメリカ企業はあまり積極的ではないという印象を筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は受けています。
イギリスが進める新戦闘機開発の「方法論」とは?イギリス政府は新戦闘機「テンペスト」と、「テンペスト」に連携する味方の戦闘機やUAV(無人航空機)、地上の指揮管制システムなどを接続するネットワークといったものを一体化した「FCAS(将来航空戦闘システム)」を、2030年代前半に実用化する計画を進めています。
イギリス政府と「テンペスト」の開発を主導する「チーム・テンペスト」のメンバーであるBAEシステムズは、技術力と資金力を持った国々との協力によって、FCASの開発コストの低減と開発期間の短縮を図るという狙いから、日本における次期戦闘機開発の枠組みが決まる以前より、日本との協力に強い意欲を示しています。
またイギリス政府もその協力国を募るにあたって、開発国が協力してひとつの戦闘機を開発、製造する国際共同開発への参加を必ずしも求めず、イギリスと参加国双方が将来航空戦力を整備していくにあたって必要な技術の研究や開発で連携できればそれで構わないという、柔軟な姿勢を示しています。

3Dプリンターで製造された「テンペスト」の風洞実験模型(画像:BAEシステムズ)。
FCASには2020年11月の時点でイタリアとスウェーデンが協力を決めていますが、両国とも「テンペスト」の共同開発への参加を決定してはいません。
スウェーデンからはJAS39「グリペン」戦闘機などを開発したサーブもFCASの協力企業として参加しますが、同社はFCASへの協力によって得た技術を、スウェーデン空軍の次期主力戦闘機となる「グリペン」の改良型、「グリペンE」の能力向上や、将来「グリペンE」の後継機を独自開発することになった場合、その開発に活用していくと明言しています。
サーブの言が物語るようにFCASへの協力は、国際共同開発に比べて自国の独自性を確保しやすく、自国主導で次期戦闘機を開発したい日本にとって、イギリスは協力しやすい相手であるといえます。
イギリス・BAEと手を組むメリットは…けっこうあるかも?日本が企図する次期戦闘機には高いステルス性能が求められており、F-22とF-35を開発して実用化したロッキード・マーチンや、JSF(統合打撃戦闘機)の選定ではF-35に敗れたものの、高いステルス性能を持つ試作戦闘機のX-32を開発した経験を持つボーイングが、インテグレーション支援ではBAEシステムズを一歩リードしているようにも見えます。
ただ、仮にアメリカ企業が次期戦闘機のインテグレーション企業に選定されたとしても、BAEシステムズをはじめとするイギリス企業と協力できる余地は多分に残されています。
2020年7月にイギリスで開催が予定されていた「ファンボロー国際航空ショー」は、新型コロナウィルスの感染拡大によって中止となりましたが、その代わりに開催されたWebイベントの「ファンボロー・コネクト」で行われた「テンペスト」に関する複数の会見では、日本と協力できる分野として、エンジンのほかレーダーやアビオニクス(電子機器)などが挙げられていました。
防衛省は、次期戦闘機に適用するかは将来の動向を踏まえて適切に判断するとしていますが、令和3(2021)年度概算要求で次期戦闘機の項目のひとつに、イギリスとレーダーの共同研究を行なうための経費として41億円を計上しており、つまりレーダーにおけるイギリスとの技術協力は規定路線となっています。

BAEシステムズが「テンペスト」製造にあたり英国内に設置した新工場「ファクトリー4.0」では、ロボットやVR技術を活用し効率化が図られている(画像:BAEシステムズ)。
BAEシステムズは、「テンペスト」の製造と運用コストを低減するための「設計へのデジタル技術の活用」「製造および給油、兵装の再装填、修理などへのロボットの活用」、また「コックピットに操縦桿と航空機の制御に必要な最低限度の装置のみを配置し、AI(人工知能)と視認追跡技術の活用により、視線の変更やパイロットの身振り手振りなどで、ヘルメット内蔵式表示装置に表示されるスクリーンやスイッチ類の操作を行う『ウェアラブル・コックピット』」といった、斬新な技術の研究開発も進めています。
日本の次期戦闘機は2030年代前半から30年以上の運用が見込まれており、これを21世紀半ばになっても陳腐にならない戦闘機としていく上で、アメリカだけでなくイギリスとの協力も積極的に進めていくべきなのではないかと筆者は思います。