戦争でも、最低限守られる国際ルールというものがあり、赤十字マークをつけたものを攻撃対象としてはならないのもそのひとつです。しかし戦争の変質により、それもアテにならない昨今、陸自の救急車を装甲化する予算が計上されました。

なぜ救急車に装甲が必要なのか 守られるはずの「赤十字」の現実

 救急車と赤十字のマークは切っても切れない関係のように見えます。「赤十字マーク」の取り扱いはジュネーヴ条約と「赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律」で規定されており、みだりに使用すると罰則もあります。平時で赤十字マークを使用できるのは各国赤十字社とその許可を受けたもの、軍の衛生要員と決まっています。

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令和3年度防衛省予算案に掲載された救急車の応急装甲化のイメージ(画像:防衛省『我が国の防衛と予算(案)-令和3年度予算の概要-』)。

 厳しい規定があるのは、赤十字マークには「戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーヴ条約(第1条約)」により、攻撃対象としてはならないという一種の特権を与えられているからです。

 しかし、赤十字マークも万能の御守ではありません。赤十字マークが攻撃されたり、欺瞞に使われたりする例は枚挙に暇がありません。特に最近では、国際条約を遵守することをある程度、期待できる正規軍同士の戦闘よりも、非正規軍との戦闘が増えてリスクも増え、赤十字マークにも「防御力」が必要になっています。

 ちなみにかつて自衛隊は、上記ジュネーヴ条約に規定された「軍隊およびこれに準ずる組織」に当たらないとして、日本赤十字社が赤十字マークの使用を認めず、陸運局から緊急自動車の指定も受けられず、赤色回転灯やサイレンを装備しない救急車しかなかった時代もありました。

いままでなかったの? 防衛省が救急車の装甲化で予算計上

 陸上自衛隊の「1t半救急車」にアップリケのような防弾プレートを張り付けたイメージ図が、防衛省の「令和3年度予算案」の中に新規事業「救急車の応急装甲化の実証」(3億円)として掲示されました。あくまでイメージですので、こんな雑コラ(失礼)のような形状になるかはわかりませんが、日本も救急車の防護に着手するようです。

 陸上自衛隊には4×4から8×8までの各種装輪装甲車が揃っているのですが、装甲救急車はありません。

一方、各国の装甲車には、ほとんど救急車のバリエーションが用意されています。

陸自「装甲救急車」誕生へ 運用面などに見るこれまで後回しになっていたワケ

アメリカ陸軍のM1133ストライカー医療支援車(画像:アメリカ陸軍)。

 例えばアメリカの装輪装甲車の代表格であるストライカー装甲車には、M1133という装甲救急車があります。単に担架が収容できるだけでなく、内部には医療用コンセントが14か所、心電図や心肺蘇生装置、人工呼吸器に骨折や裂傷などに対する応急処置装備、大量出血時の増血措置が可能な設備が用意されています。この車両は、ストライカー装甲車シリーズを装備するストライカー旅団戦闘団で医療支援にあたるもので、ベースとなる車体はストライカーで統一されているため部隊にも随伴でき、補給やメンテナンスもやり易くなっています。

陸自「装甲救急車」誕生へ 運用面などに見るこれまで後回しになっていたワケ

災害派遣でも目にする機会の多い1t半救急車(2017年3月17日、月刊PANZER編集部撮影)。

 一方の、陸上自衛隊が装備する現行の1t半救急車は、消防の運用する高規格救急車とほぼ同じ医療資材が積載され、応急処置ができるようになっています。また担架を最大4本収容できる積載量があり、さらに高機動車シャーシをベースにしているので走破性にも優れています。しかし悪路走行を前提にしているので、防振軽減装置はありません。

中隊で用意する「簡易的救急車」とは

 日本に装甲救急車が無いのは、予算の優先順位の問題です。専用の装甲救急車が必要数、揃えられれば理想的です。しかし陸自にとって装甲化された輸送手段の確保は、予算の制約があるなかで長年の課題であり、救急車までまわらないというのが現実でした。

その是非について、今回は触れません。

 では実際に、前線での救護活動はどのように行われているのでしょうか。

陸自「装甲救急車」誕生へ 運用面などに見るこれまで後回しになっていたワケ

駐屯地記念日の訓練展示での96式装甲車を使った負傷者救護の様子。(2013年4月14日、月刊PANZER編集部撮影)。

 駐屯地祭での戦闘訓練展示では、負傷者救護に登場するのは軽装甲機動車や96式装甲車です。車内は担架が収容できるように工夫されており、小さく見える軽装甲機動車でも助手席の背もたれを倒し、後部扉から担架を搬出入するようにして常用1名、緊急時2名、または着席できる軽症者なら4名と衛生隊員1名が乗車できるようです。

 しかし救急車のような高度な医療資材は搭載していませんし、狭い車内ではほとんど応急処置はできませんので純粋に搬送用です。赤十字マークも、必ずしも付けているとは限りません。

実際の搬送は…? 救急車の「装甲化」が後回しになっていたワケ

 救護専門の1t半救急車は、師団または旅団の衛生隊の救急車小隊が運用しています。しかし、第一線での即時救護と搬送は原則、中隊単位で行われることになっていますので、そうした最前線においては、中隊が保有する軽装甲機動車や96式装甲車が多用されているようです。

陸自「装甲救急車」誕生へ 運用面などに見るこれまで後回しになっていたワケ

駐屯地記念日の訓練展示での軽装甲機動車を使った負傷者救護の様子(2015年4月12日、月刊PANZER編集部撮影)。

 搬送された傷病者は、後方の応急医療拠点で衛生隊に引き継がれ、ここで1t半救急車に乗せ換えてさらに後方の医療拠点へ搬送するという運用になっています。

乗り換えに手間がかかるようですが、広範な戦闘地域をカバーするのには効率的です。このように基本、後方で活動するということからも、救急車の装甲車化の優先順位は高くなかったのです。

 最前線まで装甲救急車を随伴させ、後方の医療拠点まで直送する方式は理想的に見えますが、広い作戦正面へ少ない装甲救急車が分散してしまい、かえって効率が悪くなるという面もあります。

陸自「装甲救急車」誕生へ 運用面などに見るこれまで後回しになっていたワケ

軽装甲機動車の後部をコンパネ張りにして、担架を搬入できるようにしている(2015年4月12日、月刊PANZER編集部撮影)。

 海外派遣任務では非装甲のトラックや高機動車にも、乗員室に防弾キットを取り付けるようになっています。それだけでも乗員の心理的負担は軽減できます。赤十字マークにより守られるはずの救急車にも装甲が必要な時代です。陸上自衛隊では次期装輪装甲車と共通戦術装輪車が研究されており、救急車もバリエーションのひとつとして含まれているかもしれませんが、実現するかは、やはり予算が一番のネックになりそうです。

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