新型コロナ感染拡大の影響により2年連続で一般公開なしでの実施となった陸自の「総火演」ですが、2021年には、2020年と異なり初登場の新装備がありました。4輪バギーのような車両、どういった用途で導入されたのでしょう。

初登場シーンはわずか30秒で終了

 陸上自衛隊は2021年5月22日(土)、富士山の裾野にある東富士演習場(静岡県御殿場市など)において、「令和3年度富士総合火力演習」(通称、総火演)を実施しました。

 10式戦車やAH-64D「アパッチ」戦闘ヘリコプターなどが実弾射撃を披露するなか、演習後半に見慣れない車両が姿を現しました。「汎用軽機動車」と呼ばれていたこの車両、総火演には今回初めて登場した陸上自衛隊の最新装備です。

 解説アナウンスでは「偵察部隊が敵情解明に使う車両」として紹介されていましたが、停車することなく走り抜けていったため、姿を見せていたのはわずか30秒ほどでした。

 大々的に披露されることなく終わった新装備ですが、この「汎用軽機動車」、実は陸上自衛隊の将来戦にとって大きな役割を担うかもしれない車両です。

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東富士演習場近傍の一般道を走る水陸機動団の汎用軽機動車。運転席が左側にある、いわゆる左ハンドル車(武若雅哉撮影)。

 汎用軽機動車は、一見してあまり大きくありません。サイズは自衛隊で多用されている乗用車タイプの軍用4駆、いわゆるジープタイプの「1/2tトラック」よりも小さく、いうなれば4輪バギーのようです。ヒトやモノを運ぶのならば従来の1/2tトラックの方が使えそうですが、逆に汎用軽機動車はこの“小ささ”がポイントといえます。

既存車両が乗らない「オスプレイ」のために

 陸上自衛隊は、2020年より新型のティルトローター機V-22「オスプレイ」の導入を進めています。オスプレイはヘリコプターのように垂直離着陸やホバリングが可能な一方、飛行速度や航続距離は固定翼機(飛行機)なみで、飛行場のない島嶼部の防衛や災害派遣などで自衛隊員を迅速に展開させるにはうってつけの航空機です。

 とはいえ、V-22「オスプレイ」にも欠点があります。そのひとつがキャビンの狭さ。その機内容積は2021年現在、陸上自衛隊や航空自衛隊が運用するCH-47J/JA「チヌーク」輸送ヘリコプターよりも小さいため、「チヌーク」であれば運べる「高機動車」や、前出の1/2tトラックなどを乗せることはできません。

総火演2021に初登場 自衛隊の新装備「汎用軽機動車」どう使う? 原型は国産の民間車

東富士演習場近傍の一般道を走る水陸機動団の汎用軽機動車。公道走行が可能なよう、ウインカーやバックミラーなどを増設している(武若雅哉撮影)。

 V-22「オスプレイ」のキャビンは長さこそ7m以上ありますが、最大幅は約1.72mしかなく、左右両方に10cmずつの隙間をとると貨物に使える幅は1.5mほどになります。高さも1.68mが限界です。

 この「幅1.5m、高さ1.68m」というのは、日本の軽自動車規格である「全幅1.48m以下、全高2.0m以下」と比べても、高さに関しては低く、現行の軽ハイトワゴンはもちろん、軽トラックですら入らない寸法です。

 そのため、このサイズに収まる車両として導入されたのが、汎用軽機動車です。いうなれば、同車はV-22「オスプレイ」の機内に収まる唯一の自衛隊車両といえるでしょう。

 ただ、汎用軽機動車は専用設計の陸自車両ではありません。実はベースになった車両があります。

小さなボディながら牽引力は1tとパワフル

 汎用軽機動車のベースになったのは、川崎重工が生産する「MULE(ミュール)」です。この車両は、レジャー性と実用性を兼ね備えた多用途4輪駆動車(ユーティリティ・ビークル)として開発されたもので、アメリカやカナダなどで市販されています。

総火演2021に初登場 自衛隊の新装備「汎用軽機動車」どう使う? 原型は国産の民間車

東富士演習場近傍の一般道を走る水陸機動団の汎用軽機動車。サスペンションにはアンダーカバーを増設している(武若雅哉撮影)。

 川崎重工によると、名称のMULEとは「Multi-Use Light Equipment」の頭文字とのこと。MULEは、車体サイズによっていくつかのタイプに分かれていますが、陸上自衛隊の汎用軽機動車は4ドアで、座席が前後2列のタイプであるため、「MULE PRO-FXT」というタイプがベースと思われます。

 メーカーの公式WEBサイトによると、「MULE PRO-FXT」は全長110インチ(約2.79m)、全幅60インチ(約1.52m)、全高74.4インチ(約1.89m)。高さについてはパイプフレームを外せば低くできるため、高ささえ抑えればV-22「オスプレイ」の機内に入るようです。

 エンジンは排気量812cc、ガソリン駆動の水冷3気筒4ストロークDOHCを搭載するとのこと。組み合わされる変速機はCVTです。

 乗員数は最大6名。なお、後部座席を折り畳むことで後部の荷室を広げることも可能といいます。

また牽引能力は最大1tあるため、未確認ながら重量約600kgの120mm迫撃砲RTを引っ張ることも可能なようです。

 ただ、MULEは公道での走行を想定した作りになっていないため、道路運送車両法に定められた保安基準に適合しておらず、そのままではナンバーを取得することはできません。そのため、陸上自衛隊の汎用軽機動車は、バックミラーやウインカー、リフレクター(反射板)などの保安部品を増設したうえで、自衛隊専用ナンバーを取り付けています。

 また、ぶつけやすいサスペンションのアーム部分にはガードを付けてカバーしています。

使い勝手考えると配備先は限定

 汎用軽機動車は2021年5月現在、約10両導入されており、九州の相浦駐屯地(長崎県佐世保市)に所在する水陸機動団で評価試験と教育訓練に用いられています。

総火演2021に初登場 自衛隊の新装備「汎用軽機動車」どう使う? 原型は国産の民間車

「令和3年度富士総合火力演習」で会場を走る汎用軽機動車(画像:陸上自衛隊)。

 ちなみに、V-22「オスプレイ」の機内収容が可能な車両は、このような小型車両しかないため、アメリカ海兵隊も類似の車両としてITV「グロウラー」やポラリス「MRZR4」を導入・運用しています。

 とはいえ、V-22「オスプレイ」への積載を考慮しなければ、走行性能含めて使い勝手は1/2tトラックや高機動車など従来の支援車両の方が優れているため、配備先は水陸機動団など一部の部隊に限られるでしょう。

 そのため汎用機動車は、今後、数を増やしたとしても見られる機会や場所は限られそうです。

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