発進時に音階を奏でる京急の「歌う電車」が、2021年夏に機器更新で「歌わなく」なります。そもそもこの「歌声」の正体は何だったのでしょうか。

また、電車のモーター音が最近静かなのは、一体なぜなのでしょうか。

一昔前の電車のモーター音が「シンセサイザー」みたいな音だったワケ

 電車が発車するときに「ファソラシドレミファソー」とシンセサイザーのような音を出していく、京浜急行の名物となっていた光景が2021年夏、ついに見られなくなります。最後の1編成だけ残っていた京急新1000形の1033編成が、機器更新により「歌わなくなってしまう」と発表されたのです。

 そもそも「歌う電車」とはなんだったのでしょうか。そして他の電車も一昔前は、歌わないにしろ、なぜ大きな音を出して加速・減速していたのでしょうか。

京急「歌う電車」なぜ生まれた? 最近は歌わないどころか「静か...の画像はこちら >>

かつて「ドレミファインバーター」が搭載されていた2100形電車(2018年3月、草町義和撮影)。

 この京急の「歌う電車」は、2100形や新1000形で1998(平成10)年から2002(平成14)年ごろにかけて製造され、「歌う装備」を施された車両が該当します。

 もちろんこれは「歌わせるために」装備したわけではありません。「歌声」を生んでいたのはモーターを制御するインバーターです。

 インバーターはモーターの速度を自在に変化させるために必要な機器です。たとえば、昔の冷房は設定温度まで部屋が冷えると完全に作動停止し、室温がある程度上がるとまた作動、といったものでしたが、インバーター搭載により使用電力を制御することで、単なるオンオフではなくきめ細やかに動作させることができ、省エネにも繋がりました。これは鉄道にも同じことが言えます。

 さて、モーター性能は電圧だけではなく、周波数とも相関があります。そこで生まれたインバーター技術がVVVF(可変電圧・可変周波数制御)です。

 鉄道の営業車両で初めてVVVFインバータが採用されたのは1982(昭和57)年の熊本市交通局8200形電車で、路面電車をのぞくと1984(昭和59)年に導入された大阪市交通局(現:大阪メトロ)20系電車が初でした。

 当時、VVVFインバータの半導体素子は「GTO(ゲートターンオフ)サイリスタ」と呼ばれるタイプのものでしたが、この素子の特徴として、電車の加減速時に「シンセサイザーのような音」でノイズを発生させたのです。

 このノイズは「磁励音(じれいおん)」と呼ばれ、モーターの鉄心が磁界の変化で膨張・収縮し、スピーカーの振動板のように空気を振動させることで生まれるものです。磁励音は電車のモーターの他にも、エアコンの室外機などでも聴くことができます。

 1998年、京急2100形電車を増備する際、ドイツのシーメンス社のGTOサイリスタが採用されます。このシーメンス社が「遊び心」で、この磁励音が「音階」になるよう調整したのです。これが「ドレミファインバータ」の異名も持つ、「歌う電車」の誕生です。

 なお、同じ「ドレミファインバーター」は、JR東日本も常磐線や水戸線を走るE501系電車で採用。こちらは京急のものとは異なり、加速時だけでなく、停車直前の減速時には「下降する音階で歌う」のが特徴でした。

歌う電車は消滅へ、インバーター音も静かに

 さて、この「歌う電車」を採用した日本の鉄道車両は京急2100形・新1000形電車の計19本、JRのE501系電車の8本だけにとどまり、これらの車両も、機器更新で「歌わないインバーター」に交換されていきます。

 その理由は、ドイツ製ということで機器の調達が難しいなどの理由もありますが、大きな背景は、GTOサイリスタに変わる新たな半導体素子「IGBT(インシュレーテッド・ゲートバイポーラトランジスタ)」の登場です。

京急「歌う電車」なぜ生まれた? 最近は歌わないどころか「静かな電車」ばかりのワケ

全国に先駆けていち早く次世代VVVFインバータ制御技術を導入した営団06系電車(画像:東京メトロ)。

 IGBTはGTOサイリスタに比べさらに安定性があり省エネで、特に「磁励音」を人間の耳に聞こえる周波数帯より高くできるのがメリットです。

 これにより、電車の加速時の音は大きく静音化。シンセサイザーのような音から、「キーーン」といった超音波に近い音、「シュワワ…」「ホワワ…」といった耳に優しい音になっていきました。

 IGBTは2000(平成12)年に本格デビューしたJRのE231系電車をはじめ、電車のモーター制御の主流となっていきました。ちなみに国内初のIGBT導入車は営団(現・東京メトロ)06系で、1992(平成4)年製造ながらすでに次世代の音を奏でていたのです。

 さらに2015(平成27)年には山手線の新型車両としてE235系電車が登場。SiC(炭化ケイ素)を用いた、IGBTとは異なる素子でさらに効率的なVVVFインバータ制御を行っています。その後N700S系新幹線をはじめ、さまざまな新型電車で、このSiC素子が導入されています。そして加速時の音も、IGBTと比較してさらに静音化が進みました。

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 さて、三菱電機は2021年6月、鉄道車両では世界初となる「同期リラクタンスモーター」の性能試験に成功。

モーター内に永久磁石が不要となり、さらなる軽量化ひいては省エネ化が期待されます。この最新の「同期リラクタンスモーター」と最新のインバーターは、電車から一体どんな音を奏でてくれるのしょうか。

※一部修正しました(6月30日9時50分)。

【まもなく聴き納め「ドレミファインバータ」の音色】
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