東京メトロ有楽町線の豊洲駅から北側に分岐する支線の計画が、早期の事業化に向けて前進しています。当初想定されていた「臨海副都心への輸送」という役割が揺らぐなか、“最後のキップ”をつかんだ有楽町線支線、その必要性は地元の地上に表れています。
2021年7月に国土交通省と有識者によって開かれた「交通政策審議会鉄道部会」で、東京地下鉄(東京メトロ)関連では「有楽町線の住吉方面への支線(以下、有楽町線支線)」が、「南北線の品川乗り入れ」とともに「早期の事業化を図るべき」とされました。来年度の予算には建設に関する調査費用が盛り込まれる見通しで、まずは事業化への第一歩を踏み出した、というところでしょうか。
現在のところ、東京メトロは2008(平成20)年の副都心線開業を最後に新規の路線整備を行わない方針を維持しています。しかし政府や東京都は、同社の上場を目指して持ち株を売却させるなかでも、有楽町線支線や南北線の品川延伸を確実にするまで一定比率での保有を続けつつ実現させようとしています。他にも東京メトロ関連の延伸計画がいくつか存在するなか、この2事業のみ滑り込みで“最後のキップ“を掴んだと言えるでしょう。
豊洲駅(画像:写真AC)。
有楽町線支線は、同線の豊洲駅から半蔵門線の住吉駅までの約5.2kmを結ぶ分岐線で、開業を想定した費用便益比(B/C)が2.6~3.03と試算されています。利益・社会便益を総事業費で割ることで算出されるこの数値は、通常の場合1.0以上で「事業性あり」と判断され、品川への地下鉄乗り入れ(2.57~3.14)とともに、他の都内の鉄道計画と比べもかなりのハイスコアを記録しています。
特に有楽町線支線の場合は、起点・終点にとどまらず、接続路線からの乗り換えが見込めることも好材料といえます。
東京メトロ東西線は、有楽町線支線と接続する東陽町駅近辺で混雑率が200%近くを記録し、朝7時台には「何本も待たないと乗車できない」と言われるほどだったこともあります。新型コロナウイルスの影響で2020年は利用者が4~5割減少したものの、それでも東陽町駅前後の下落率は2割程度にとどまり、他の駅と比べてもラッシュが解消される気配はありません。有楽町線支線によって混雑が半蔵門線や都営新宿線などに分散され、東西線のピーク時混雑率は20ポイントほど軽減される見込みが立てられています。
有楽町線支線の整備を何十年にもわたって陳情し続けてきたのが、50万以上の人口を擁する地元の江東区です。区内を貫く鉄道はいずれも“東西“を結ぶ通勤路線で、同じ区内の移動を担う“南北“路線はどうしても後回しにされがちでした。
豊洲~住吉間は、すでに1982(昭和57)年の営団地下鉄によって免許申請(当時は豊洲~亀有)されており、いつ実現してもおかしくないような区間でしたが、半蔵門線として住吉~押上間は整備されたものの、豊洲~住吉間は手つかずで残されてしまいました。しかし近年、豊洲地区に多くのマンションが建設されたほか、豊洲市場が開設されたこともあり、江東区も延伸を既定路線として強気の要望を続けています。
また、何より収支予測の好材料になっているのは、都バスの運行頻度に象徴される沿線住民の“ちょっとした移動”の多さでしょう。延伸区間である江東区内は、東京都有数のドル箱路線が集中しているのです。
都バスは東陽町駅近くにある操車場を基点に、多く運行されています。特に有楽町線支線の予定地でもある「四ツ目通り」を走る東22系統(錦糸町駅前~東京駅丸の内口。錦糸町駅前~東陽町駅前の区間運転も多数)は、日中でも1時間あたり15~20本も運行されるほど。100円の利益にかかる費用を示す営業係数は66、年間売上11億円(平成30年度)と、都営バス随一の“ドル箱路線“として存在感を発揮しています。

東陽町の江東区役所前を行く都バス(宮武和多哉撮影)。
区役所にも近い東陽町はオフィスや公共施設などが多く集積し、朝晩は通勤に、昼間は錦糸町方面への買い物客などでバスはにぎわいます。
また、四ツ目通りに並行する明治通りを経由する都07系統(錦糸町駅前~東陽町駅前~門前仲町)も、営業係数75、年間売上12億円と実績は堂々たるもの。他にも複数のバス路線が運行されており、錦糸町~東陽町間のバスはほぼ途切れないと言っていいでしょう。
豊洲エリアもまだまだ伸びる? ただ霞んできた「地下鉄ネットワークとしての役割」同じ江東区内でも、湾岸の豊洲地区はまさに“伸び盛り”。平成に入って小学校が1校から3校に増加しているだけでなく、コロナ禍後の2021年でも分譲マンションの値上がりが続いています。
一方、途中駅の設置が計画されている枝川2丁目・3丁目付近は、バスの運行も1時間2~3本とかなり静かですが、東陽町方面との間には幅500m弱の汐見運河など複数の水路があることから、有楽町線支線によって同エリアの移動改善も期待されています。「孤独のグルメ」にも登場した古風な食堂(ハムエッグとカツ皿が名物)もあったような枝川の街並みは変貌し続けており、「豊洲に近く、かつお手頃なマンション街」としての地位を築きつつあります。有楽町線支線によって利用可能な路線が飛躍的に増加することで、かなり価値が向上しそうです。

途中駅設置が検討されている枝川地区(宮武和多哉撮影)。
こうした背景もあり、事業性が高く評価されている有楽町線支線ですが、路線の意義として示された「東西線等の混雑緩和」「臨海副都心への利便性向上」が新型コロナウイルスの感染拡大後に大きく変化しており、東京都も直近の勉強会では「影響を注視しながら検討」と、やや慎重な姿勢を取っています。
まず「混雑の緩和」のおもな対象であった東京メトロ東西線やJR京葉線は、通勤時の“密”への不安もあり、テレワークの普及などによってピーク時の混雑が120%台まで劇的に減少しています。
また、豊洲で乗り換え有明への連絡を図る「臨海副都心への輸送」は、有楽町線支線計画の原型でもある「8号線」(押上から亀有・千葉県野田方面への直通)でも期待されていましたが、新型コロナの影響で臨海部の大規模イベントがなくなり、インバウンド需要も激減したほか、東京2020会場の跡地利用も先が見通せないなど、ここにきて懸念材料が出現しています。
同じような定義づけで、B/C1.3という試算がなされていた「都心部・臨海地域地下鉄構想」(現在の「東京BRT」)も、前提条件の見直しが言及されています。そもそもコロナ禍前からその前提であれば、これらの路線はオリ・パラのはるか手前、早い段階で整備されるべきだったのではないでしょうか。

有楽町線・副都心線向けの新型、東京メトロ17000系電車(恵 知仁撮影)。
しかし、そうしたなかでも東陽町周辺を走る都営バス東22系統や錦07系統などは、コロナ後の落ち込み幅もそこまで大きくはなく、近距離で降りていく人々も相変わらず多く見られます。これらバスは、シルバーパスを利用する高齢者が多いのも特徴です。いざ有楽町線支線の整備となると、東京メトロでシルバーパスが使えないことや、途中駅の設置位置などが課題となりそうです。
臨海副都心へアクセスする価値が霞んだとしても、当初の予想以上に定住人口が増えた豊洲地区や、細かい移動需要が多い「江東区内の身近な足」としてなら、有楽町線支線がせっかく掴んだ“最後のキップ“は生かせるのではないでしょうか。
※一部修正しました(8月31日10時16分)。