2021年8月、自衛隊はアフガニスタン情勢を受け、邦人輸送のためC-2輸送機など航空機と人員を派遣しました。こうした事態に対処するため自衛隊では、艦艇や車両の備えはもちろん、拠点やシステム構築の訓練などもなされています。

備えていたからこそ 自衛隊 海外邦人救出へ

 2021年8月15日、アフガニスタンの首都カブールの状況は尋常ではありませんでした。事実上の無政府状態となり、多くの人が国外脱出しようとカブール国際空港に集まり、輸送機に群がる動画は世界に衝撃を与えました。もっともこの映像は、アメリカの敗北を印象付けるタリバンの宣伝用ヤラセ動画の可能性も指摘されています。

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訓練にて、後部ランプから避難者を乗せるC-2輸送機(2018年12月13日、月刊PANZER編集部撮影)。

 今回のアフガニスタンの事案で日本政府は、8月23日に国家安全保障会議(NSC)を開いて、現地に残留する日本人らを退避させるための自衛隊機派遣を決めます。C-130輸送機2機、C-2輸送機1機、B-777特別輸送機1機、航空自衛隊と陸上自衛隊で編成された統合任務部隊の人員約260名が派遣され、隣国パキスタンのイスラマバードに活動拠点を設置します。26日にアフガニスタン人14人、27日に日本人1人の計15人をパキスタンに輸送し、31日に自衛隊の輸送任務は終了しました。

海外邦人救出 自衛隊はどう臨むの? 装備 システム…輸送機だけじゃないその「備え」

設計は古いが堅牢で世界中で使われるC-130輸送機(2017年12月13日、月刊PANZER編集部撮影)。

 今回の輸送任務では、救出した人数やレスポンスが話題になっていますが、ともかくもすぐに派遣が可能だったのは、2015(平成27)年9月19日に平和安全法制の「在外邦人等保護措置」が可決されており、防衛大臣が準備命令を出していたからです。自衛隊はこうした派遣に備え、陸海空部隊を待機させていました。

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要人輸送や避難者等輸送にも使われるB-777特別輸送機(画像:航空自衛隊)。

 しかし今回のような任務は、輸送機をただ飛ばせばよいというのものではありません。

外務省や防衛省・陸海空自衛隊の関係機関が綿密に連携し、外国政府や機関とも調整が必要な複雑なミッションなのです。

 自衛隊はあくまで政府の命令を実行する「道具」で、法の範囲内で任務を行うだけです。自衛隊の「邦人等の保護措置」および「輸送任務」は、どのような装備やノウハウがあるのかを見てみようと思います。

こうした時に自衛隊はどんな装備を備えているの?

 今回の任務では航空自衛隊C-130輸送機、C-2輸送機、B-777特別輸送機が派遣されました。C-2やB-777は避難者などの輸送任務を行うことが想定されており、国際線旅客機と同じ国際航空路を高高度長距離巡航できる能力を持っています。C-130は航続距離、速度、積載量ではC-2やB-777に劣りますが、世界中で多く使われている輸送機で、丈夫な降着装置を備え未舗装の比較的短い滑走路でも運用できること、荷役作業が容易なこと、派遣先でも補給整備のサポートを受けやすく使い勝手が良いという特徴があります。

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海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」。エアクッション艇を搭載できる(画像:海上自衛隊)。

 また、こうした任務においては海上自衛隊の艦艇も使用が想定されています。「おおすみ」型輸送艦にはエアクッション艇が搭載され、固有の艦載機はありませんがヘリコプターの発着も可能で、港湾施設が使えなくでも人員や荷物の輸送が行えます。艦内に野外手術システムなどを展開すれば医療機能も増強することができます。

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避難者の陸上輸送を任務とする輸送防護車。
タレス・オーストラリア社製「ブッシュマスター」装甲車で日本に8台しかないレア装備(2016年12月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 陸上自衛隊ではCH-47JA輸送ヘリ「チヌーク」、軽装甲機動車、輸送防護車などがこうした事態にあたります。今回のアフガニスタンの件では、外務省やJICAが避難者を空港に送るためバス27台を用意して避難準備を進め、アメリカ軍を介してタリバンとカブール国際空港までの通行の調整をしていたとされています。しかし8月26日に自爆テロが発生し、混乱の中で避難ができなくなりました。軽装甲機動車や輸送防護車はC-2やC-130で空輸可能ですので、こんな時こそ現地に持ち込んで救出作戦に使用できればと思いますが、実際には法的な制約や状況などによりそう簡単ではありません。

装備だけじゃない システム構築も「備え」

 現地の避難者が空港まで集合できても、そのまま輸送機に乗せて日本へ飛び立つというわけにはいきません。混乱に乗じてテロリストが混じっていては大変ですので、本人確認などの手続が必要です。活動拠点にはそのための退避統制センター(ECC)が設置され、外務省と自衛隊が共同で運用します。

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訓練にて、退避統制センター(ECC)に仮設されたチェックゲートの金属探知機で、空自隊員が対応に当たっている(2020年12月2日、月刊PANZER編集部撮影)。

 これには国際空港にあるような、身分証明書と出国管理の手続きに必要な備品、衛星回線通信機器、金属探知機、身障者対応、救護所などが用意され、また人々を誘導する導線まで考慮されます。話は少し変わりますが、自衛隊のワクチン大規模接種会場の導線のスムーズさは多くの人が評価しています。自衛隊の群衆整理のノウハウは、総火演(富士総合火力演習)などのイベントでも実績を重ねています。

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訓練の様子。輸送機の搭乗要領を示した手書きのボーディングボード(2020年12月2日、月刊PANZER編集部撮影)

 これら複雑なミッションには、訓練が欠かせません。多国間共同訓練「コブラ・ゴールド」をはじめ、国内でも様々なパターンに対応する各機関合同の訓練を実施しています。装甲車を駆使した救出作戦などは、任務のほんの一部に過ぎません。

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訓練の様子。対応する部隊には衛生科隊員や司法警察員の職務を行う警務隊も加わっており、あらゆる事態に対応できるよう備える(2017年12月13日、月刊PANZER編集部撮影)。

 またミッションを成功させるには、当該国の情報をリアルタイムに収集することが重要で、ヒューミント(人を介した諜報活動)も重視されます。今回のアフガニスタンでは、アメリカ軍がタリバンと連絡調整して退避者を空港に集めコントロールしました。敵対関係にあるような両者ですが、これも日頃のヒューミント活動があったからこそです。

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紛争地には各国報道陣も集まり、その対応も必要になる。写真は訓練時のもの(2017年12月13日、月刊PANZER編集部撮影)。

 海外で遭遇する最大級のトラブルが、現地の紛争に巻き込まれることでしょう。

そのような時に日の丸を付けた飛行機が来てくれたら、これほど心強いことはありません。日本人が海外で積極的に活動する安心安全のためにも、法整備、ハード/ソフトを維持強化して「備え」は大切です。

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