海面や湖面など水上でも発着できる性能を持つ飛行機、それが水上機や飛行艇です。水上発着のため大きなフロートを備えていますが、なかには車輪だけでなく着艦フックまで備えて空母の狭い飛行甲板で発着できたものもありました。

降りる場所を選ばない傑作飛行艇の誕生

 アメリカの「グラマン」といえば、今でこそノースロップと合併してノースロップ・グラマン社になっているものの、ひと昔前までは航空アクション映画の傑作『トップガン』において主演トム・クルーズの愛機を務めたF-14「トムキャット」戦闘機を始めとして、数々の有名な軍用機を世に送り出した名門メーカーです。

 グラマンは特に空母に搭載する艦上機や水上機、飛行艇といった海軍機に長けたメーカーでしたが、同社が第2次世界大戦前の1930年代半ばに開発した機体のなかに、まるでボートと飛行機が一体化したような、普通の水上機とは異なる一風変わった形状のものがありました。

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第2次世界大戦中の1943年12月、飛行するグラマンJ2F「ダック」(画像:アメリカ海軍)。

「JF」と呼ばれたこの機体は、エンジン1基の単発機で、当時すでに旧式となりつつあった主翼を上下に2枚備えた複葉形状に、胴体と一体化した大型の主フロート(浮舟)に引込脚を備えた構造を採っていました。

 胴体と主フロートが一体になった特異な構造を採用した理由は、こうすることで胴体と主フロートをつないだ部分に空間をつくり、そのスペースに乗客や担架を乗せられるようにしたからです。これにより、JFシリーズは小型の単発複葉機ながら、乗員2名のほかに、乗客2名か担架2床(J2Fの場合)を搭載できました。

ヘリコプターに負けない優れた多用途性

 JFは、1933(昭和8)年4月24日に初飛行します。そして本機にはアヒルのことを指す「ダック」という愛称が付与されました。この名は、ヨタヨタと空を飛び、海を泳ぎ、陸を走る武骨ながらどこかユーモラスなそのシルエットにうってつけでした。

空を飛び、海を泳ぎ、陸を走る! 空母にも発着可能な万能飛行機 グラマンJ2F「ダック」

水面に降りて、ゴムボートで漂流していたパイロットを救助するグラマンJ2F「ダック」(画像:アメリカ海軍)。

 ただ、その外観や愛称とは裏腹にJF「ダック」は他の水上機や飛行艇にはない“性能”を持っていました。その優れた離着陸(水)性能に加え、さらに着艦フックを装備することで、なんと空母での発着艦まで可能だったのです。

もちろん他の水上機や飛行艇と同様、カタパルトを用いれば空母以外の水上艦からも発艦できるため、陸上基地、水上、空母、そしてカタパルト射出と、海軍が想定するほぼすべての航空機運用シーンで使える汎用性を備えていました。

 これにより、たとえば戦艦から連絡要員を乗せてカタパルトで発艦。陸上基地に着陸して要員を降ろしたら、最寄りの島に飛んで着水しVIPを乗せ、この人物を機動部隊の空母まで送り届ける。そして空母を発進し、最初に発艦した戦艦の傍らに着水してクレーンなどで引き上げ回収、帰着という芸当ができるわけです。

 第2次世界大戦前の1930年代は、まだヘリコプターが実用化されていなかったため、場所を選ばず発着できる多用途性は、当時、まさに比類なきものでした。

高出力エンジンを備えた改良型も

 かくして、グラマンJF「ダック」は採用されたあとも、出力750馬力のライトR-1820-102「サイクロン」空冷星型エンジンから、より大出力な790馬力のライトR-1820-30に換装され、各部が手直しされた改良型のJ2Fが開発されています。

本機は1936(昭和11)年4月2日に初飛行すると、JFと同じ愛称である「ダック」と名付けられ、第2次世界大戦が終わった1945(昭和20)年まで生産され続けました。

空を飛び、海を泳ぎ、陸を走る! 空母にも発着可能な万能飛行機 グラマンJ2F「ダック」

車輪を出して陸上の飛行場に着陸したグラマンJ2F「ダック」(画像:アメリカ海軍)。

 大戦において「ダック」は、海軍だけでなく沿岸警備隊でも使用され、偵察、連絡、対潜哨戒、人員や傷病者の輸送、標的曳航、航空救難と、実に広範囲の任務を1機でこなせる万能ぶりを発揮、その汎用性の高さから戦後は空軍でも運用されています。ちなみに、VIP輸送のため客室に豪華な内装を施した機体も5機ほどありました。

 生産機数はJFが48機、改良型のJ2Fが584機で、最終的には1050馬力のライトR-1820-64エンジンを搭載するまでに至っています。外観的には決してスマートではなく、むしろ“醜いアヒルの子”といった感の強い機体でしたが、文字通りアヒルのような水陸両用の汎用機として、地味ながら重用されたのでした。

 ちなみに、『アラビアのロレンス』で有名な名優ピーター・オトゥールが主演した戦争映画の名作『マーフィーの戦い』では、原作に登場するフェアリー「ソードフィッシュ」水上機の代役で、J2F「ダック」がイギリス海軍機の塗装を施されて活躍しています。映画を堪能しつつ、「アヒル君」の勇姿を合わせて堪能するのもまた一興です。