「いってらっしゃい南米へ」。東シナ海で行われた海自護衛艦とペルー海軍艦の共同訓練には、こんな日本からの祝意が込められていました。

実はこのペルー艦は元韓国海軍の艦。その裏にあるのが中南米の「中古艦」事情です。

海上自衛隊が祝った韓国艦の新たな門出

 2021年11月27日(土)、海上自衛隊の護衛艦「あぶくま」が、東シナ海でペルー海軍のコルベット「ギセ」と親善訓練を行いました。直線距離(航空経路)で約1万5500km離れたペルーの軍艦がなぜ東シナ海にいて、海上自衛隊と親善訓練を行ったのか。その理由は「ギセ」の素性にあります。

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海上自衛隊の護衛艦「あぶくま」(奥)と親善訓練を行ったペルー海軍の「ギセ」は、元韓国艦(画像:海上自衛隊)。

 海上自衛隊の遠洋練習航海部隊は数次に渡って中南米諸国を訪問しており、その際ペルー海軍とも共同訓練を行っていますが、日本の周辺海域でのペルー海軍との2国間共同訓練は、今回が初めてです。

「ギセ」は海上自衛隊との親善訓練の前日にあたる11月26日にペルー海軍に就役していますが、それ以前は1989(平成元)年から2019年まで、韓国海軍で浦項(ポハン)級コルベットの「順天」(スンチョン)として任務に就いていました。

 韓国海軍は21世紀に入って大邱(テグ)級フリゲートや犬鷲(コムドクスリ)型ミサイル艇といった、沿岸域の防衛に使用する新型艦の整備を進めており、浦項級は初期に建造された艦から退役が開始されています。これを沿岸警備隊用(その後海軍に移管)として導入したのがペルーです。

 浦項級の3番艦「慶州」(キョンジュ)を2016年に韓国から購入し、「フェッレ」として再就役させていたペルー海軍は、浦項級の追加購入を希望し、退役済みの「順天」が売却されることになりました。「順天」は韓国でペルー海軍に引き渡され、同地で「ギセ」として再就役しており、海上自衛隊との親善訓練は母国に向かう航海の門出として行われたというわけです。

ペルーだけじゃない 中南米で活躍する中古艦

 ペルー海軍は1970年代にイタリアからルポ級フリゲートの新造艦を4隻購入した後、21世紀に入ってイタリア海軍から退役したルポ級の改良型ソルダディ級を4隻購入しています。またオランダ海軍から2014(平成26)年に退役した補給艦「アムステルダム」を購入して「タクナ」として再就役させるなど、戦闘艦艇以外でも中古艦を活用しています。

 これはペルー海軍に限った話ではなく、財政的な余裕の乏しい中南米諸国の海軍では、先進諸国の海軍から退役した艦艇を購入して再就役させることが珍しくありません。

 チリ海軍は2021年12月の時点で8隻のフリゲートを保有していますが、イギリス海軍から退役した22型フリゲート1隻、イギリス海軍から退役した23型フリゲート3隻、オーストラリア海軍から退役したアデレード級フリゲート2隻、オランダ海軍から退役したカレル・ドールマン級フリゲート2隻という、国際色豊かな構成となっています。

日本×ペルー海軍共同訓練で「韓国艦を祝福」って? 背景に中南米の中古艦事情

フランス海軍が運用していた哨戒艦「ラドロワ」。就役から10年足らずで退役し、現在はアルゼンチン海軍の哨戒艦「ブシャール」として運用されている(画像:ナバル・グループ)。

 アルゼンチン海軍が導入した哨戒艦「ブシャール」も、元々はフランス海軍の哨戒艦「ラドロワ」です。同艦はフランス海軍の要求によって建造された艦ではなく、造船メーカーDCNS(現ナバル・グループ)が自社資金で開発した「ゴーウィンド」級コルベットの技術実証艦として建造されました。その後試験運用のためフランス海軍籍に編入されましたが、同海軍は「ラドロワ」をほとんど運用しておらず、就役から10年足らずでアルゼンチンに売却することとなりました。

 自動車のショールームで試乗車や展示車として新車登録され、走行距離の少ない中古車は「新古車」とも呼ばれますが、その定義を用いれば「ブシャール」は「新古艦」と言えるのかもしれません。

空母だって中古であるぞ!

 中南米諸国で最も戦力が充実しているブラジル海軍は、1956(昭和31)年にイギリス海軍から退役した「ヴェンジャンス」を購入し、同艦に大規模改修を加えた「ミナス・ジェイラス」を就役させて空母保有国となりました。その後ブラジル海軍は「ミナス・ジェイラス」の後継艦として、フランス海軍を退役した「フォッシュ」を購入して2000(平成12)年に「サン・パウロ」として再就役させましたが、この時点で艦齢37年に達していたため、「サン・パウロ」は2017年2月に退役しています。

 ブラジル海軍は「サン・パウロ」を後継する空母の導入を模索しましたが、新造するだけの財政的な余裕がなく、また適当な中古艦もなかったため、2018年にイギリス海軍から退役したヘリコプター揚陸艦「オーシャン」を購入して、空母「アトランティコ」として再就役させています。

「オーシャン」は輸送ヘリコプターによるイギリス海兵隊などの揚陸を主任務としていましたが、ブラジル海軍は「アトランティコ」を対潜・対艦戦のプラットホームと位置づけているため、S-70B哨戒ヘリコプターや、エグゾセ対艦ミサイルの運用能力が付与されたUH-15(H225M)輸送ヘリコプターを搭載しています。また、将来的には固定翼UAS(無人航空機システム)やティルトローター機の運用も視野に入れています。

 これらの艦艇が日本近海に進出してくる機会は多くはありませんが、中南米諸国の海軍はアメリカ海軍が主催する多国間軍事演習「リムパック」にもしばしば招待されており、中南米諸国のバラエティ豊かな中古艦と、海上自衛隊の艦艇が舳先を並べて訓練を行う機会は増えていくかもしれません。