実用化がまた一歩、遠のきそうな報道がされた「三菱スペース・ジェット」。この機の最大のハードルは、米国での「型式証明」です。
2022年3月、三菱重工傘下の三菱航空機が手掛ける「スペース・ジェット」の3号機が、「航空の用を供さない」として国土交通省の登録を抹消。アメリカにあった飛行試験の拠点も、3月末をもって閉鎖されたと報じられました。「いったん立ちどまる」とのコメントを残し、開発をほとんどストップしていた状態の同機の実用化が、また一歩遠のいたといえるでしょう。
このモデルが実用化するにあたり、もっとも難航していた問題のひとつが、いわゆる「型式証明」というものです。
MRJと呼ばれていた時代の「三菱スペースジェット」(画像:三菱航空機)。
旅客機が飛ぶ際には所定の検査が必要ですが、量産された機体すべてを国が検査するのは現実的ではありません。型式証明は、そのモデルが一定の安全基準を満たしているかどうかを審査する制度です。この検査は国・エリアごとに実施されるもので、クリアすれば、あとはメーカーが機体ごとに検査を実施するだけで、それぞれの国で運用可能になります。旅客機の量産化・実用化において、この証明を得ることは“不可欠”とされています。
ただ、「スペース・ジェット」の場合は、航空大国であるアメリカ、FAA(アメリカ連邦航空局)での型式証明取得に難航したことが「立ち止まった」一因とされています。これは、国産ターボプロップ機のYS-11以来、久しく旅客機の開発・実用化から離れていた国土交通省航空局や三菱航空機が、「海外基準」の型式証明をクリアできるようなノウハウを得るのに苦労したためと見ることもできるでしょう。
ただ、色々な面を度外視すれば、実はこのアメリカでの型式証明を取得せずとも、いわば“裏ワザ”的に強引に実用化することも、できなくはないのです。
それは、「日本の型式証明だけを取得したのち、国内線のみで商業運航に持っていく」という方法です。
「日本で型式証明とって国内で…」なぜ難しい?この「生産国のみで型式証明を取得し、その国の国内線のみで商業運航する」という、旅客機開発の常識から外れた“裏ワザ”的手段。実はこれを、現実に実施しているところがあります。
たとえば中国。同国が一丸となり完成した、中国商用飛機(COMAC)の小型ジェット旅客機「ARJ21」は54機が製造され、成都航空などが国内線で運航していますが、いまだに同モデルはFAA(アメリカ連邦航空局)などの型式証明は取得していません。
三菱の「スペース・ジェット」においても、新型機開発に重要な役割を占める初期発注者「ローンチ・カスタマー」は日本のANA(全日空)。実際にANA塗装の「スペース・ジェット(当時はMRJ)」が飛んだこともあります。同機は「リージョナル・ジェット」と呼ばれる、国内の地方間輸送を担うことをコンセプトに作られたモデルで、日本で運航する分には、そもそも国際線機材として使用される可能性は限りなく低いのです。

成都航空向けの「ARJ21」デリバリーの様子(画像:COMAC)。
ただスペース・ジェットはローンチ・カスタマーこそ日本のANAではあるものの、実は発注数は20機程度。もっとも発注機数の多い顧客はスカイウエスト航空(最大200機)であることを始め、実際のところ、アメリカの会社の顧客を多く抱えていました。
もちろん、三菱重工自体がさまざまな先端技術で日本をリードする企業であり、航空機開発以外も手広く手掛けていることから、あまりリスキーな手を取ると、さまざまな産業における“日本品質”の信頼性を損ねるおそれがあることも一因でしょう。また、この方法をとれば「日本の旅客機産業」それ自体に対する海外の評価も失墜する可能性もあります。ただ、この海外優勢の「スペース・ジェット」の発注状況も、中国のような“力技”に頼れない一因なのかもしれません。
ちなみにですが「スペース・ジェット」は、国際線を飛び回る性能を持つボーイング747-400が現在のボーイング777-300ERに更新された際、国内線レベルの政府専用機について、同機の仕様を検討する段階にあったかと思います。
「日の丸」はおろか、「トリトンブルー」をまとったスペース・ジェットがまた見られるのか、いまのところはまったくわからないところですが、今後のこの機の動向が注目されます。