航空自衛隊の次期戦闘機の開発について、イギリスとの共同事業とする方向で調整に入ったと報じられました。アメリカから協力の主軸を切り替えた背景には何があるのでしょうか。
防衛省が進める次期戦闘機の開発で、局面が動いたようです。2022年5月14日、産経新聞は政府関係者の話として、防衛省が航空自衛隊のF-2戦闘機を後継する次期戦闘機を、イギリスとの共同研究開発事業とする方向で調整に入ったと報じました。翌15日には日本経済新聞など複数のメディアも、同様の記事を掲載しています。
次期戦闘機F-Xのイメージ(画像:防衛省)。
次期戦闘機について政府は、2018年12月18日に閣議決定された現中期防衛力整備計画で、「国際協力を視野に、我が国主導で開発する」ことを決定しています。
防衛省は2020年12月18日に戦闘機と電子機器やコンピューターなどのミッション・システムの統合、コンピューターによるシミュレーションを駆使した設計、運動性能とステルス性能の両という3つの分野の設計で、日本を支援する企業の候補として、アメリカのロッキード・マーティンを選定していました。
一方で防衛省はイギリスとの間でも次期戦闘機の開発協力に向けた話し合いを行っており、2021年12月22日にはエンジンの共同実証事業、2022年2月15日には次世代レーダー(RF)センサーシステムの共同技術実証事業の取り決めを、イギリスとの間で締結しています。
つまり、機体そのものに関してはアメリカ(ロッキード・マーティン)の支援を受けて日本主導で開発し、エンジンやレーダーなどのサブシステムはイギリスと協力して開発するという方向となっていたわけですが、一連の報道が事実であるとすれば、これまでの開発方針から一気に転換が図られたこととなります。
産経新聞は、アメリカとは旧式戦闘機の退役時期が重ならないためコスト面に問題があり、次期戦闘機の改修作業はアメリカ本土で行うなどの秘匿性の高さが、技術共有の面で課題となっていたため、ロッキード・マーティンとの交渉が難航し、アメリカ政府の理解を得た上で、協力の主軸をイギリスに切り替えたと報じています。
アメリカとは都合つかない?アメリカ空軍はF-22AとF-15Cを後継する新戦闘機「NGAD」の開発を進めていますが、就役時期などは明確になっていません。2035年に次期戦闘機を就役させる必要のある日本とは、産経新聞が報じたように新戦闘機の開発スケジュールが異なっており、部品の共通化などによる開発コストの低減というメリットは望めませんでした。
日本側がロッキード・マーティンに支援を求めていたステルス性能などの技術は、アメリカにとっても戦略的に重要な技術であり、ロッキード・マーティンの一存で協力できるものではありません。日本には防衛機密の漏洩や窃取を厳罰に処す法律がなく、航空自衛隊のF-35の導入などの際にも、アメリカは機密保持の観点からこれを問題視していました。

航空自衛隊のF-2戦闘機。アメリカと共同開発(画像:航空自衛隊)。
改修が必要になった場合にアメリカで作業を行うという案は、防衛機密を守りながら技術協力を行う上で、アメリカ政府ができる最大限の譲歩だと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。しかし、改修の必要が生じた際、日本が独自に行えることを次期戦闘機開発の主眼のひとつに置いた日本側には、許容できるものではなかったのでしょう。
未知数な「日英」イギリスは2030年代の就役を目指して、新戦闘機「テンペスト」の開発計画を進めており、次期戦闘機の開発時期とも合致するため、部品などの共通化による開発・製造コストの低減と、開発に伴うリスクの低減は期待できます。
イギリスは2018年7月の発表時点から、テンペストは自国主導で開発すると明言していますが、その一方で外国との協力にあたっては、必ずしもテンペストそのものへの相乗りは求めていません。「我が国主導」という開発方針を堅持している日本にとって、イギリスが組みやすい相手であることは間違いなく、それ故、前に述べたエンジンと次世代レーダーの共同実証事業が、すんなり決まったとも言えます。
ただ、日本は過去にもF-2やSM-3ブロックIIAミサイルをアメリカと共同で開発していますが、アメリカ以外の国と防衛装備品を共同開発した経験はありません。F-2にはF-16というベースとなる戦闘機が存在し、SM-3ブロックIIAはアメリカ側がコンセプトを明確に定めていました。しかし次期戦闘機には他国に依存できるベースとなる装備品やコンセプトはなく、より主体的な姿勢で共同研究開発に参画しなければなりません。
また、日本とイギリスには、高いステルス性能を備えた実用戦闘機を開発した経験もありません。産経新聞などはロッキード・マーティンも一部の技術について協力する可能性があると報じていますが、ステルスなどの主要技術の開発に伴う負担は、アメリカ政府とロッキード・マーティンの支援を受けた場合よりも大きくなります。
イギリスとの次期戦闘機の共同研究開発は、主にアメリカから支援を受けて開発する従来の方向性に比べて、日本の独自性を確保できる可能性が高くなります。その一方で、アメリカとの共同開発に比べて負担が大きくなる部分もあり、また「我が国主導」という方針を堅持するためには、それを実現するための高い交渉能力が求められることも確かです。日本は、その覚悟を決めて臨む必要があります。