1960年、後に「日本一豪華な私鉄特急」と呼ばれる車両が東武鉄道に登場しました。1720系「デラックスロマンスカー」です。
東武鉄道の看板特急といえば100系「スペーシア」で、個室やビュッフェを備えた豪華な設備が有名です。2023年の登場を予定している新型N100系も、個室やカフェ車両を備えるそうで、登場が待ち望まれています。
この豪華看板特急の先駆けとなった特急車両が、1960(昭和35)年に登場した1720系「デラックスロマンスカー」です。この車両は、登場時はもとより20年あまりを経ても、鉄道雑誌で「国鉄グリーン車以上」「日本の特急でサロン室があるのは、東武のみ」と評価され、「私鉄で最も豪華な車両」として長く知られました。
「デラックスロマンスカー」こと東武1720系電車。「私鉄で最も豪華な車両」と呼ばれた(画像:東武鉄道)。
それを体感する車内設備のひとつが座席でしょう。2022年現在も東武博物館や岩槻城址公園、わたらせ渓谷鐵道の神戸駅(群馬県みどり市)にある「電車のレストラン 清流」の保存車両で体験できます。回転式リクライニングシートのシートピッチは1100mmで、背もたれは深く倒れ、フットレストも設けられています。窓下には折り畳みテーブルも設置され、現在の最新特急と比較してもひけを取らない居住性です。
なお、「デラックスロマンスカー」登場の2年前、国鉄は画期的な電車特急20系(後の151系)「こだま」形を登場させました。この電車は全車両に冷房が備え付けられ、2層固定窓などによって静粛な車内空間を実現したこともあり、「デラックスなビジネス特急」として大変な好評を博していました。
「マジックドア」とはただ、この151系ですら2等車のシートピッチは910mmで、リクライニングしない回転式クロスシートでした。1等車でようやくシートピッチ1160mmの回転式リクライニングシートです。一方の「デラックスロマンスカー」は、この広いシートピッチが全車両に備わっており、全車両ハイグレードな点は近鉄特急「しまかぜ」に通じるものがあります。筆者(安藤昌季:乗りものライター)は、国鉄特急のグリーン車も「デラックスロマンスカー」も現役時代に乗車していますが、どちらも素晴らしい座り心地だと感じました。
「デラックスロマンスカー」の豪華さはそれだけではありません。貫通路に日本の鉄道車両で初となる自動ドアが採用され、これは「マジックドア」と呼ばれました。国鉄が車内に自動ドアを導入するのは、1964(昭和39)年の0系新幹線からでしたから、当時はとても先進的な設備でした。
さらに、4号車には「サロンルーム」がありました。この空間は8脚の1人がけアームチェアが置かれたフリースペースで、乗客は自由に利用できました。ここにはジュークボックスも置かれ、レコードで音楽を楽しめたのです。
ビュッフェも2号車と5号車の2か所に設置されており、東武ホテルによるシートサービスも行われていました。引退寸前の1990(平成2)年時点でも、メニューは上り列車と下り列車で異なる凝り用で、上り列車の場合は飲料がコーヒーや紅茶など9種類、酒類はビールなど7種類、軽食が「御料理弁当」など3種類。コーンスープやおでんも提供されていました。
国鉄に脅かされていた東武特急ここまで豪華車両が投入された理由には、1960年代の日光を巡る、東武と国鉄の競争にあります。国鉄は1956(昭和31)年、キハ55系を日光線の準急「日光」に投入。上野~宇都宮間では大宮駅すら通過するノンストップで、日光駅まで2時間4分で結びました。

わたらせ渓谷鐵道の神戸駅で保存され、「電車のレストラン 清流」として使われる「デラックスロマンスカー」1720系のビュッフェ(2017年4月、安藤昌季撮影)。
同年、東武鉄道はビュッフェカウンターと売店を備えシートをリクライニングとした、「デラックスロマンスカー」の前身1700系電車で対抗します。1700系は特急として浅草~東武日光間をノンストップの1時間55分で結びました。しかし翌1957(昭和32)年、国鉄は準急「日光」を東京駅始発とし、利便性で浅草駅を起点とする東武特急を脅かします。
同じころ国鉄日光線の電化を進め、国鉄は1959(昭和34)年に、準急用車両ながら特急形151系とほぼ同一仕様の157系電車を投入しました。
東武も黙ってはいません。1700系へ冷房設備を搭載するなどサービス水準を上げつつ、対国鉄の切り札として1720系「デラックスロマンスカー」を投入したのです。ちなみに157系の冷房設備は1962(昭和37)年まで待つことになります。
「リバティ」を上回る性能!「デラックスロマンスカー」は、日光が世界的な観光地であることから、車内設備に「外国人観光客に好まれる優れた居住性」を追求しました。その様相は先述の通りですが、車両性能面では「軽量構造の全電動車で加減速力を大きくする」ことを重視しました。

「デラックスロマンスカーカラー」となった東武100系「スペーシア」(2021年12月、伊藤真悟撮影)。
設計最高速度165km/h(営業運転での最高速度は110km/h)、起動加速度2.3km/h/sは、「リバティ」に使われる最新の東武500系電車(設計最高速度130km/h、起動加速度2.23km/h/s)をも上回るもので、東武が対国鉄を多分に意識していたことが伺えます。
「デラックスロマンスカー」は大好評で、国鉄の準急を圧倒します。既存の1700系も、1971(昭和46)年より「デラックスロマンスカー」の1720系と同じ車体・台車に変更し、性能やサービス面を合わせたほどでした。
1720系(1700系を含む)は、1990(平成2)年に後継車両の100系電車「スペーシア」が登場したことで置き換えの対象となり、1991(平成3)年に全車両が引退しました。台車、主電動機、座席(現在は交換済み)などは200系電車に流用され、現在も特急「りょうもう」として走っています。
なお2021年12月、100系が「デラックスロマンスカーカラー」に変更されました。N100系が登場する前に、この色の「スペーシア」で往時を偲ぶのも楽しそうです。