「兵器における高度情報化」の波が陸海空問わずあらゆるものに及ぶなか、艦艇用のレーダーがまたひとつ進化のステップを上がろうとしています。水上戦術が一変するかもしれない「SPY-6」、どういったものなのでしょうか。

これからのアメリカ海軍を支えるレーダー

 2022年3月31日、アメリカの防衛関連企業大手 レイセオン ミサイル&ディフェンスは、アメリカ海軍向けに同社の最新鋭艦載レーダーである「SPY-6」の製造および維持にかかる契約を、総額32億ドル(当時のおおよそのレートで約3948億円)で受注したと発表しました。

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米海軍の最新鋭アーレイバーク級ミサイル駆逐艦(フライトIII)「ジャック・H・ルーカス」(画像:NAVSEA)。

「SPY-6」はイージス艦が従来、搭載していた「SPY-1」レーダーと比較して、探知距離や精度、さらに整備性などが格段に向上したレーダーです。2022年5月現在でこのSPY-6が搭載されているのは、アメリカ海軍のイージス艦であるアーレイバーク級ミサイル駆逐艦の、最新改良型フライトIIIの最初の艦であり、2023年の就役を前に現在、各種試験などが行われている「ジャック・H・ルーカス」のみです。

 しかし、SPY-6はこれから建造が開始されるコンステレーション級フリゲートをはじめ、空母や強襲揚陸艦、さらに既存のイージス艦への搭載など、あわせて7艦種への搭載が予定されている、まさにこれからのアメリカ海軍を支えるレーダーなのです。

進化するSPY-6 注目の新機能とは

 このSPY-6は、ソフトウェアの改修によって新たな機能追加や能力向上を図ることができるのも、大きな特長のひとつです。

それをまさに体現する形で、現在開発が行われているのが「ADR」こと「分散型先進レーダー」機能です。レイセオンの担当者によると、ADRとは「複数の艦艇によるレーダーの協調運用を可能にする、ソフトウェアの拡張機能」とのことで、SPY-6を搭載する艦艇同士での連携プレーを可能にするものと考えられます。

 現在のところ、このADRによって提供される具体的な能力は明らかにされていませんが、それを探る手掛かりとなるのが、「受信専用協調レーダー(ROCR)」と「ネットワーク化協力レーダー(NCR)」です。

 ROCRは、ADRに含まれる機能のひとつで、従来のレーダーのように自らが発した電波の反射波を受信して目標の位置などを把握するのではなく、別の艦艇が搭載するSPY-6から発信された電波の反射波を受信することによって目標の位置を把握するというものです。

 これにはさまざまな利点があり、たとえば自らが電波を発信しないため、敵から自艦の位置を捕捉される可能性を極小化できるほか、通常では捕捉が難しいようなステルス性の高い目標を探知できるという可能性も考えられます。

海自も導入か 水上戦術をガラリと変える艦艇用レーダー「SPY-6」…何ができるの?
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SPY-6レーダーは米マサチューセッツ州アンドーバーにあるレイセオンのレーダー開発施設にて製造されている(画像:レイセオン ミサイル&ディフェンス)。

 もうひとつのNCRは、ADRの前身的位置づけの機能で、別々の艦艇に搭載されているSPY-6同士がリアルタイムで情報を共有することにより、それらが捉えた情報を統合してひとつの大きな状況図を作成することができるというものです。

 たとえば、自艦のレーダーでは島影に入ってしまって見えない海域があったとしても、そこを見ることができる位置にいる別の艦艇のレーダー情報が共有されることで見えるようになる、というものです。これにより自艦から直接見えていない海域のものも含めて、広大な範囲の状況を把握することができるというわけです。

 つまり、ADRはNCRで実現を目指す複数のSPY-6を連携して運用する能力をベースに、さらにROCRによる受信専用モードでの運用も交えることによって、より広範囲に、かつより探知されにくい形で艦隊に迫る脅威を探知し、これに対処することを目指していると考えられるのです。

ADRがアメリカ海軍にもたらす恩恵とは

 このようなADRのもとで将来、実装が予定されているSPY-6固有の機能は、アメリカ海軍のとある構想にとっても非常に重要な構成要素のひとつとなっています。それが、「分散海上作戦(DMO)」です。

DMOは、これまでのように艦艇をある程度密集させるのではなく、逆に分散させて運用するというものです。

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「ジャック・H・ルーカス」は2023年に就役の予定(画像:NAVSEA)。

 陸海空に配置されたレーダーを含むセンサーだけではなく、宇宙空間に浮かぶ衛星などからも艦艇の動向が見えるようになった現在では、かつてよりもはるかに容易に、敵にその位置を捕捉される危険性があります。密集していると、文字通り一網打尽です。

 そこで、艦艇同士を分散させることによって、敵がこちらの全艦艇の位置について把握することを困難にし、さらに敵の、どの艦艇を集中的に攻撃するべきかという判断を困難にさせようというのが、このDMOです。

 しかし、ただ単に艦艇を分散させただけでは各個撃破されてしまう危険性があります。

そこで重要なのが、ネットワークによる情報の共有です。分散した艦艇同士がネットワークで結ばれれば、敵の攻撃を早期に察知し、これを最適な位置にいる艦艇が迎撃するという形で、発生する事態に対して一丸となって対処することができます。そして、SPY-6を搭載する艦艇同士であれば、これをいわば自己完結的に行うことができるため、アメリカ海軍にとってはなくてはならない存在になり得るというわけです。

「SPY-6」の動静が日本も他人事ではない理由

 これは日本にとっても他人事ではありません。たとえば台湾有事と連動して日本が中国から攻撃されるという事態を想定すると、当然、海上自衛隊はアメリカ海軍と連携して作戦を実施することになります。そうしたなか、アメリカ海軍の艦艇と海上自衛隊の護衛艦とが密に連携できるかどうかは、中国軍による対艦ミサイル攻撃などへの迅速な対処の可否に大きく関わってくるのです。

 現在、海上自衛隊では3種類のイージス艦、「こんごう型」「あたご型」「まや型」を運用しており、このうちあたご型とまや型に関しては、SPY-6を搭載することが可能かもしれません。というのも、現在アメリカ海軍では既存のアーレイバーク級ミサイル駆逐艦フライトIIA、すなわち先述したフライトIIIよりも古いタイプですが、これに対するSPY-6の搭載を予定しており、既存の艦艇でもSPY-6の搭載は可能と見られるのです。

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海上自衛隊のイージスシステム搭載護衛艦「まや」(画像:海上自衛隊)。

 また、SPY-6は搭載する艦艇の規模や能力などにあわせてその大きさを変更することが可能であるため、こうした点を踏まえれば、これらのイージス艦へのSPY-6搭載もあながち不可能ではないといえるでしょう。

 先日、来日したアメリカのバイデン大統領を迎えての日米首脳会談においても、日本の防衛能力向上についての発言が注目を集めました。そのために必要な日米の相互運用能力向上の柱として、このSPY-6は今後、大きな注目を集めることになるでしょう。