アイドルグループの船上劇場として瀬戸内海を中心に運航していた「STU48号」が引退後、名前を変えて自衛隊の輸送などに使われています。しかも期間限定で乗ることもできたのだとか。

博多へ見に行ってきました。

もともとは沖縄近海で使われていた元「STU48号」

 瀬戸内7県を拠点に活動するアイドルグループ「STU48」の劇場船「STU48号」として使用されていた「みかさ」(約772総トン)が、2023年7月中旬から期間限定で壱岐・対馬フェリーが運航する博多~壱岐・対馬航路に投入されています。

 船体に書かれた船名と船籍港こそ変わっていますが、白をベースに青いラインが入った塗装は「STU48号」の時と変わっていません。同船は自衛隊の車両輸送にも使われており、劇場船としての役目を終えた後も九州周辺で活躍を続けています。

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「みかさ」の前身「STU48号」(深水千翔撮影)。

 もともと「みかさ」は、沖縄県伊是名村の村営フェリー「ニューいぜな」として山中造船で建造され、1998年7月から2015年9月まで沖縄本島の運天港(今帰仁村)と仲田港(伊是名村)を結ぶ航路に就航していました。

 2015年に、新型の「フェリーいぜな尚円」が導入されたことに伴い、伊是名航路から引退すると、翌2016年に博多~壱岐・対馬航路への新規参入を目指す、なかはらグループの壱岐商業開発が取得。同社は船内の改装を行い、壱岐対馬シーラインの旅客フェリー「みかさ」として再び定期航路に就航させる予定でした。

 しかし、同航路は海上運送法で定める「指定区間」が設定されており、定められたサービス基準をクリアしたうえで、知事などの同意を得なければ航路開設ができません。

 同社はこうした背景もあって旅客営業を始められない状況が続いており、「みかさ」はそのまま貨物輸送を手掛ける壱岐・対馬フェリーが用船し、旅客定員12人のRORO船として博多~壱岐航路に入ることになります。

 転機となったのは2018年4月。なんと、アイドルグループ「STU48」の船上劇場として「みかさ」が使われることが発表されたのです。

劇場船としてはわずか2年ほどで終了

 AKB48の姉妹グループとして2017年に発足したSTU48は固定の劇場ではなく、船上劇場で瀬戸内海に面する各県(山口、広島、岡山、兵庫、徳島、香川、愛媛)の港を回って公演を行うという構想を打ち立てていました。ただ、劇場機能だけを持つ船というのは前例がなく、ベースとなる船の選定に難航し計画は遅延。ようやく4度目の正直で「みかさ」に白羽の矢が立ちました。

「みかさ」は改造工事を手掛けるJMU(ジャパンマリンユナイテッド)因島事業所に入渠し、船名を「STU48号」へ改めます。同工場では船上に劇場を設置するために、まず既存の2層の上部構造を撤去し、その後に大型化した上部構造を劇場空間として新設するという工事が行われました。

 ただ、既存のフェリー船を劇場船へ改装するというのは前例がなかったため、特殊な仕様を元に十分な安全性が担保されるよう、国土交通省が船舶の基本設計について技術的な支援を実施したほどです。

元「STU48号」でPAC3ミサイル輸送も!? 自衛隊も愛用 劇場船転用のフェリーを見てきた!
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博多港に停泊する「みかさ」(深水千翔撮影)。

 ちなみにSTU48は、国土交通省が推進する国民が海や船に親しむ事業「C to Sea(シー・トゥー・シー)プロジェクト」のアンバサダー(振興大使)であり、同省は「STU48号」を海や船の魅力発信のための重要な観光資源と位置付けていました。

「STU48号」は2019年4月に引き渡され、広島国際フェリーポートで船上劇場による公演初日を迎えます。同船は瀬戸内海7県の港だけでなく、同年7月には東京港にも入港し晴海ふ頭で一般公開とライブを行いました。

 しかし、劇場船「STU48号」の活躍は長く続きませんでした。

 2020年に入り、新型コロナウイルスの感染拡大が起きると、ライブツアーは開催できない状況が続くようになります。

とうぜん「STU48号」も例外ではなく、船上公演も政府からの要請に伴って中止を余儀なくされました。そして2020年7月、「STU48号」の使用を終えることが発表され、同船は2021年5月23日の公演をもって船上劇場としての役割に幕を下ろすことになったのです。

北朝鮮の弾道ミサイル対処にも活躍

 こうして「STU48号」はそのまま引退するのかと思いきや、船名を「みかさ」に変更してRORO船へと復帰。早速、陸上自衛隊第14旅団の車両輸送に活用されました。

 同船は全長77.8m、全幅12.50mで、船内には8m換算で車両12台を積載できます。前述したように、もともと伊是名村営フェリーとして小回りの利く貨客船として建造されたため、タグボートなしで出入港できる能力を持っており、大規模な設備が整っていない岸壁でも接岸し車両の積み降ろしをすることが可能でした。

 そのような性能の船ゆえに、九州から南西諸島への機材輸送にはちょうど良いスペックの船だったといえるでしょう。なお、「STU48号」時代にも陸上自衛隊第8師団などの車両を運んでいます。

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博多港に停泊する「みかさ」(深水千翔撮影)。

「みかさ」は、2022年に陸上自衛隊が実施した「鎮西演習」では、16式機動戦闘車などを別府港まで輸送。今年(2023年)に入ってからも、4月に北朝鮮による軍事偵察衛星の打ち上げに備えて「破壊措置準備命令」が発令された際には、与那国島へ向かう航空自衛隊の地対空誘導弾「パトリオットPAC3」や、陸上自衛隊の車両を運んでいます。

 ちなみに、「みかさ」ですが、劇場船からRORO船に復帰するにあたって内装工事が行われています。

これにより、広く吹き抜けのようになっていたブリッジ後部の客室天井は低くなったほか、階段状に客席が置かれていた劇場部分はフラットな大部屋となっています。

 壱岐・対馬フェリーは通常であれば、「フェリーつばさ」(1585総トン)を博多~壱岐・対馬航路に投入していますが、同船がドック入りで運航から離れた場合は、代船で「みかさ」を用いるようです。

 そのため、今後も「STU48号」改め「みかさ」に乗船できるかもしれません。今後の予定は何とも言えないものの、もしチャンスがあるようなら、かつて話題になった劇場船の現在の姿を見に、足を運んでみてはいかがでしょうか。

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