都市部の鉄道ではおなじみの設備となってきたホームドア(可動式ホーム柵)。これまでは電車のドアと同様、横に開くタイプが設置されてきましたが、最近は「昇降式ホーム柵」と呼ばれる、棒やロープを上げ下げすることで柵の役割を果たすタイプが注目されています。

従来型より低コストで、ドアの位置が異なる車両にも対応しやすいことから、ホームの安全性を高める新たな手段として期待を集めていますが、視覚に障害のある人々からは課題も指摘されています。

「昇降式」はホーム柵普及の切り札?

 線路への転落や列車との接触など、ホームでの事故を防ぐ「切り札」といえるホームドア(可動式ホーム柵)。2007年3月末に318駅だった設置駅数は2014年9月末には593駅まで増えており、都市部の地下鉄などを中心に整備が進んできました。しかし、ドアの位置が異なる車両に対応できない点や、1駅あたり数億円といわれる高額な設置コストが、さらなる普及の妨げとなっています。

 そこで注目を集めているのが、これらの課題をクリアできる新型のホーム柵「昇降式ホーム柵」です。安全を確保する「仕切り」が左右にではなく上下に動くもので、2013~14年にかけて相模鉄道いずみ野線の弥生台駅で3本のバー(棒)を使ったタイプ、東急電鉄田園都市線のつきみ野駅でロープを使ったタイプの実証試験が行われたほか、今年2015年の3月28日からは、JR東日本の八高線拝島駅で試行導入されています。

 JR西日本もロープを使用する昇降式を開発し、2013年12月から14年3月にかけてゆめ咲線(桜島線)の桜島駅で、同年12月からはJR神戸線(東海道本線)の六甲道駅で試行運用。そして今年3月には「実用化が可能」として、2016年春に完成予定のJR京都線(東海道本線)高槻駅の新ホームに導入すると発表しました。

 昇降式ホーム柵は左右に開く従来型のホーム柵と違って戸袋(戸を収納する部分)がいらないため、開く部分の幅を広くすることが可能です。このため、ドアの位置が違う車両にも対応できます。

 また、従来型と比べて低コストなのもメリットです。例えば、相鉄いずみ野線の弥生台駅で試験を行ったタイプは重さが従来型の半分以下のため、ホームに設置する際の補強工事が少なく済むほか、従来型では設置する駅まで電車に載せて運ぶ必要があるのに対してトラックなどで搬入できるため、設置や輸送のコストを大幅に減らすことができるといいます。

JR東日本八王子支社によると、拝島駅に試行導入した際は駅までトラックで輸送したそうです。

「昇降式」は逆に不安?

 従来型ホーム柵の課題に対応し、ホーム柵のさらなる普及へ向け注目を集める昇降式。しかし、視覚に障害のある人からは課題を指摘する声が出ています。4月上旬に拝島駅を訪れ、昇降式ホーム柵の安全性を調べた「全日本視覚障害者協議会」の理事、山城完治さんは「視覚障害者がホームを安心して歩けるかどうかという点では、昇降式は不安が残ります」と話します。

 山城さんによると、視覚に障害がある人がホーム上を歩く場合、従来型のホーム柵の場合は内側の壁の部分を触りながら移動すれば、何かにぶつかることなく歩くことができます。しかし、昇降式の場合は柵を昇降させる柱が出っ張っているため、歩いているときに柱とぶつかる危険があるといいます。

 また、従来型ではホーム柵と電車のドアの位置がほぼ一致しているため電車のドアの位置を探しやすいものの、幅の広い昇降式ではドアを探すのに時間がかかり、停車時間が短い場合は不安があるといいます。「視覚障害者にとっては、ドアを探すのは電車に乗る時のハードル」と山城さんは指摘します。

ホームは「欄干のない橋」

「欄干のない橋」や「綱渡り」と形容されるように、視覚障害者にとってホームドアのない駅のホームは危険と隣り合わせの場所といえます。東京視覚障害者協会のまとめによると、1994年12月から今年3月までの間に、視覚障害者がホームからの転落や列車との接触によって死亡、または重傷を負った事故は計55件。転落した経験のある人の数はさらに多いとみられます。山城さんによると、視覚障害者100人を対象に行ったアンケートでは、転落したことのある人は半数の50人に上ったといいます。

 山城さんは、昇降式ホーム柵について「転落がなくなるという点では前進ですが、視覚障害者の安心安全という点からすると、あまり想定されていないのでは」と感じているといいます。そして、ホームの安全性向上に向けて「これまでも国交省などに要望を出してきましたが、安心して歩ける安全な環境をつくるため、視覚障害者の声を聞いてほしい」と訴えます。

 今年2月に閣議決定された国の「交通政策基本計画」は、バリアフリーの一環として2020年度までにホームドア設置駅の数を800駅とする目標を掲げています。「今の方式(従来型)で取り付けられる駅にはほぼ取り付けられてしまった」(ある業界関係者)という見方もあるなか、いま注目を浴びている昇降式の導入検討や、さらなる新型の開発は今後も進むでしょう。全ての人が安心して移動できる鉄道の実現に向けて、障害のある人の意見を取り入れた開発や検討が求められます。

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