新幹線に乗車中、天災など不測の事態が発生すると、場合によってはトイレも作動しなくなります。そうした非常時、どのような対応が行われ、乗客はどうなるのでしょうか。
世界の高速鉄道のなかでも、日本の「新幹線」は高い安全性と安定性が大きな特徴ですが、不測の事態はいつどこでも起こりえますし、天災に遭う可能性もあります。そうしたとき乗客はどうなり、またどうすれば良いのでしょうか。
JR東海は2015年11月25日(水)、東海道新幹線の三島車両所(静岡県三島市)で総勢1241人が参加し「総合事故復旧訓練」を実施。そうした不測の事態が発生した際、JRがどのような対応を行い、乗客はどうなるのか、その様子を見学することができました。
「出物腫れ物所嫌わず」というように、人間にとって生理現象は切っても切り離せません。しかし東海道新幹線のトイレは「真空吸引式」といい、作動には電気が必要。何らかの理由で停電になると、使えなくなってしまいます。
よってそうした場合は「簡易トイレ」を使用します。便座の上から緑色のビニール袋をかぶせ、その状態で用を足し、終わったら袋に凝固剤を投入。口を縛って別のビニール袋に入れてから、捨てるそうです。
またこの際、トイレ近くの乗降用ドアを開けておくとのこと。
ただ換気のためとはいえ、乗降用ドアを無造作に開けておくのは危険です。ホームから見ていると分かりにくいですが、乗降用ドアの位置は意外と高い場所にあり、線路から約1.5mほどの高さがあります。不意に落ちてしまったら、大怪我をする可能性もあるでしょう。
そうしたことを防ぐため、乗降用ドアを開けた場合は「転落防止ネット」が張られます。「車外へ出ないで下さい」と書かれているように、乗客が勝手に外へ出て“線路上に人がいる”という危険な状態になることを防ぐ効果もあります。
また新幹線は、窓が開きません。そのため、こうした乗降用ドアを開けての換気は簡易トイレ使用時のみならず、停電で空調が止まってしまった場合にも実施。そのときも、この「転落防止ネット」が使用されます。
トラブル発生を通知するボタン、押すとどうなる?東海道新幹線の車内には、トラブル発生を乗務員に知らせるための押しボタンがあります。ただそれを実際に操作したことのある人は、なかなかいないでしょう。これを押すと、どうなるのでしょうか。
まず、トイレに設置されている「連絡用ブザー」。これを押すとトイレ周辺でブザーが鳴り、合わせて、どこのトイレで押されたかが乗務員に通報され、対応が行われます。
またこのとき、トイレ付近の通路天井に赤ランプが点灯。そこのトイレでブザーが押されたことが、ひと目で分かるようになっています。
JR東海によるとこの「連絡用ブザー」は、体調不良の際はもちろん、万が一“紙”が無い場合などに使われることも想定しているそうです。
「非常ブザー」を押すとき、気をつけることトラブル発生を知らせるため、東海道新幹線の客室内には「非常ブザー」が設置されています。これが押されると、運転士はまず列車を停止させることになっているそうです。
ただそのため、この「非常ブザー」には合わせて「車両火災の場合は押さずに乗務員へ連絡」という注意書きがあります。トンネル走行中に押され、その内部で停止してしまった場合、煙が充満するなどし危険だからです。
1972(昭和47)年11月、大阪発青森行きの急行「きたぐに」が列車火災で北陸トンネル内に停止、30人の死者を出したことがありました。この事故以降、「火災発生時はトンネル内に停車しない」が基本ルールになっています。
また東海道新幹線の最新型車両であるN700Aからは、デッキへ新たに「緊急通報装置」が設けられています。
これは客室内の「非常ブザー」とは異なり、ボタンを押すと乗務員と通話が可能。そのため運転士も、ただちに列車を停止させる、ということはせず、列車火災時に押しても問題ありません。
1編成に6個搭載されている「非常用梯子」不測の事態において運転再開の見通しが立たず、列車の外へ出て避難する場合もあります。そうしたとき使われるのが「非常用梯子」です。先述のように、乗降用ドアは線路から約1.5mの高さがありますが、これを乗降用ドアに設置することで、簡単に線路へ降りることが可能になります。
JR東海によると、東海道新幹線では1編成に6個の「非常用梯子」を搭載しているとのこと。
またこの「非常用梯子」以外にも、列車からの避難に使われる装置があります。「渡り板」です。トラブルが発生した列車の隣に、ドアの位置を合わせて別の列車を停車させます。そして2本の列車のドアとドアのあいだに「渡り板」を設置。移乗させるものです。
この「非常用梯子」と「渡り板」は、状況によって使い分けるといいます。
在来線と違って、駅間が長い新幹線。そのため「近くの駅まで歩いて避難」というのが難しい状況も起こりえます。
そうした場合、線路の保守作業に使用している車両を使って、最寄り駅まで乗客に移動してもらうこともあるそうです。
この日、JR東海が行った訓練では、乗客はトラブルがあった新幹線から、バラスト(線路に敷かれている石)を輸送する貨車のような車両に移乗。最寄り駅へ向かうという訓練が行われました。
ある鉄道関係者は「近年は車両の性能向上などでトラブルが減り、逆にそうした事態への対応力を、乗務員らは意識して身につける必要があります」と話します。いつか、どこかで起こりうるトラブル。日常的に発生するものではないだけに、乗客も意識的に、そうした際の知識を蓄えておくべきかもしれません。