世界最強の戦闘ヘリのひとつ、「アパッチ・ロングボウ」。しかし陸自への導入は当初予定の62機から13機へ減らされ、これにより製造する富士重工へ351億円を支払わねばならなくなりました。
2015年12月、富士重工が国を相手取り351億円の支払いを求めた訴訟において、最高裁判所は富士重工側の訴えを全面的に認め、国に対し全額の支払いを命じる判決が確定しました。
この裁判は、陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターAH-64D「アパッチ・ロングボウ」の調達が当初予定の62機ではなく13機で打ち切られたため、それを製造する富士重工が、機体の価格に上乗せして請求する予定であった生産ラインの立ち上げといった初期投資分の費用について、回収不能になってしまったことに端を発します。
裁判の是非についてはおくとして、国側が「アパッチ・ロングボウ」の調達を打ち切ったそもそもの理由は、開発元のボーイング社において新しいAH-64E「アパッチ・ガーディアン」の生産が始まり、自衛隊が調達中だった「アパッチ・ロングボウ」の部品を調達することが困難になる恐れがあったため、とされています。
しかし「アパッチ・ガーディアン」(当時は「アパッチ・ロングボウ ブロックIII」と呼称)は、防衛省が「アパッチ・ロングボウ」の調達を行う何年も前から開発が進んでおり、防衛省はそれを承知で「アパッチ・ロングボウ」の調達を開始しました。従って、かなり苦しい言い訳であるといわざるを得ないでしょう。
実はこれ、“表向きの理由”に過ぎません。調達が打ち切られた真の理由は、「『アパッチ・ロングボウ』のコストパフォーマンスがあまりにも低い」ことにあります。端的にいえば、お役所である以上「使えないものを調達してしまった」とは言えないがための“こじつけ”と見ることもできるでしょう。
世界最強ながら“使えない”アパッチ「アパッチ・ロングボウ」は決して能力の低い欠陥機ではありません。戦車を一撃で破壊可能な「ロングボウ・ヘルファイア」ミサイルを8発、広範囲を攻撃できる「ハイドラ」ロケット弾を38発、さらに手榴弾並みの破壊力を有し秒間10発を投射できる30mm機関砲弾を最大1200発携行します。
さらに、闇夜においても遮蔽物を利用した超低空飛行や攻撃を可能とする「赤外線夜間暗視センサー」を機首部に搭載。メインローターの上には、同じく視界ゼロでも索敵・攻撃が行える「ロングボウ・レーダー」を有します。「アパッチ・ロングボウ」は、この種の「戦闘ヘリコプター」としては“世界で最も強力な機種のひとつ”といるでしょう。
ではなぜ、その強力な「アパッチ・ロングボウ」が「使えない」とされてしまったのでしょうか。その理由は「生存性」にあります。
劇的に進化し、ヘリの脅威になった「牽制球」かつて対空砲や地対空ミサイルといった兵器は“基本的に命中しない”ものでした。あくまでも爆撃機やヘリコプターの行動を妨害するための「牽制球」でしかなく、1960年代頃は50~100発の地対空ミサイルを発射してようやく1機、撃ち落とすことができる程度でした。
ところが近年、地対空ミサイルの性能が劇的に向上。適切に射撃された場合、ほぼ確実に命中を見込めるようになりました。そして実戦において、戦闘ヘリコプターを含む航空機全般は地対空ミサイルの脅威にさらされた場合、ほとんど無力であることが明らかになっています。
例えば、アメリカ陸軍の「アパッチ・ロングボウ」および「アパッチ」、そしてアメリカ海兵隊のAH-1W「スーパーコブラ」は2003(平成15)年のイラク戦争において、たったの1ヶ月弱の戦闘で8機を喪失しました。
また2014年、政府と親ロシア派が激しく対立するウクライナにおいてボーイング777型旅客機が地対空ミサイルによって撃墜された事件は、まだ記憶に新しいことでしょう。
「アパッチ・ロングボウ」の有す破壊力は極めて強力ですが、それはあくまでもテロリストといった、十分な対空火器を持たない相手に対する作戦においてのみ発揮可能であり、例えば中国軍など、強力な防空網を展開すると推測される相手に対してはほとんど無力。戦闘ヘリコプターはいまや“時代遅れ”ともいえるのです。
また陸上自衛隊に13機が配備された「アパッチ・ロングボウ」は、およそ半数が訓練や整備などで使用できなくなるため、作戦にはせいぜい6機程度しか投入できないでしょう。
日本も導入を予定している最新鋭ステルス戦闘機F-35Aより高価な1機110億円にも達してしまったこの、極めて少数の「アパッチ・ロングボウ」。それをどのように活かすべきか、陸上自衛隊は大きな課題を抱えています。