多くの人が訪れる大阪・関西万博を誘客のチャンスととらえ、利用促進につなげるため、加古川線の赤字区間で増発が実施されます。40年前の国鉄時代に廃止を“免れた”区間ですが、今回が正念場となるかもしれません。
大阪・関西万博が2025年4月13日に開幕。10月までの来場者数は2820 万人と想定されており、「万博にあわせて近畿地方を訪れる観光客が増える!」と一部で期待が高まっています。
谷川駅で出発を待つ加古川線西脇市行き。万博にあわせて2025年4月から2往復増発(森口誠之撮影)
そんな自治体の一つが兵庫県中部に位置する西脇市です。庁内に万博交流推進室を設置し、万博来場者を市内に誘導しようと考えています。
あわせて4月13日から、市内を走るJR加古川線の実証実験がスタート。加古川線西脇市~谷川間で毎日2往復増発した上で、金曜と土休日などに、福知山線特急「こうのとり」を谷川駅へ臨時停車(下り1本、上り3本)させます。万博最終日の10月13日まで実施されます。
加古川線の西脇市~谷川間は、2022年頃から存廃の可能性が取りざたされています。西脇市は兵庫県や丹波市、JR西日本と共に加古川線の増発に取り組むことで、鉄道利用の促進につなげる考えです。
輸送密度はJRの「電化路線最低ランク」JR西日本の加古川線は加古川~西脇市~谷川間48.5kmの路線です。国鉄時代は非電化路線でしたが、2005年に全線が電化されました。
ただ、そのうち北部の西脇市~谷川間の利用は極端に利用が少ないのです。この区間の1kmあたりの輸送人員を示す輸送密度は、コロナ前の2019年度で321人。JRの電化路線では、JR東日本の大糸線 白馬~南小谷間(同215人)、吾妻線 長野原草津口~大前間(同320人)などと並んで最下位クラスの数字です。
実は、西脇市~谷川間の輸送密度はJR発足初年の1987年度で1131人、1997年度595人と、国鉄で廃止対象路線とされた基準を大幅に下回っていました。
赤字を他の黒字線の利益で埋めてきましたが、内部補助にも限界があります。投資ができないからか、半世紀近く前に製造された103系電車が今も主力です。
廃止されなかったのは「加古川線」だからでは、なぜ西脇市~谷川間が電化路線として存続しているのか。それは路線名が「加古川線」であったからです。
1980年代に国鉄の赤字ローカル線の整理がされたとき、加古川線から分岐する4つの支線、高砂線、三木線、北条線、鍛冶屋線が廃線候補となりました。
当時、乗客数が比較的多かったのは加古川線加古川~野村(現・西脇市)間と、鍛冶屋線野村~西脇間で、加古川~野村~西脇間は毎時1~2往復、気動車が直通していました。一方、加古川線の野村~谷川間は本数も少なく、実態としては支線的な存在でした。
西脇市など地元は鍛冶屋線を存続させようと乗車運動を展開し、全国的に話題となります。
鍛冶屋線とともに西脇駅が廃止となったことで、代わりに野村駅が西脇市駅と改称されました。旧西脇駅が町の中心に位置していたのに対し、西脇市駅は市街地の南端にあり、市民の利用は不便になりました。
当時、国鉄の赤字ローカル線の存廃問題は、路線単位で議論されました。加古川線全線の輸送密度は1970年代後半で4367人、1987年度で3301人でした。野村~谷川間の利用は当時から極端に少なかったのですが、加古川~野村間は多かった――当時のルールのお陰で存廃問題は顕在化せず、助かったのです。
状況が一変した阪神大震災1990年代、加古川線の西脇市~谷川間も廃線話が出たといいます。その空気が一転したのは、1995年1月の阪神・淡路大震災です。東海道本線芦屋~神戸間が不通となるなか、福知山線(電化)・加古川線(非電化)が迂回ルートとして活用されたのです。

加古川~西脇市は103系が主力。小学生たちも通学で利用(森口誠之撮影)
加古川~谷川間の列車は2月上旬で45本設定され、谷川駅での乗換客は震災前の1日260人が、8600人に激増しました。
その後、兵庫県は震災復興プランに加古川線電化を掲げ、JR西日本に「被災時の迂回ルートとして重要だ」と要請しますが、色よい返事はありませんでした。
県や関係市町は、地上設備費45億円の一部を負担することでJRを説得し、2002年から加古川線全線の電化工事が始まります。沿線自治体は、JR西日本へ30年間無利子貸付をした上で、利用促進を図るべく駅舎改築、駅前広場の整備、パークアンドライドの推進に努めました。

電化初日の加古川線。県や地元市町も財政支援した(森口誠之撮影)
2004年12月に電車の運行が始まり、加古川~粟生間は朝ラッシュ時9本から13本に増発され、加古川~西脇市間で平均5分短縮されました。
ただ、線内各駅(日岡~久下村)の乗車客数は電化翌年の2005年度で1日6185人、2010年度で5872人……と低迷します。2019年度には1日6178人まで回復しますが、電化前に目標とした「年300万人」(1日8219人)には程遠いです。
特に新西脇~久下村間各駅の乗車客数は電化前から1日あたり100人前後です。西脇市で鉄道利用の主体となる高校生の数は1995年比で約6割。今後も減少が見込まれます。
万博が最大のチャンス? いや、崖っぷち?そして、コロナ禍の2020年度、西脇市~谷川間の輸送密度は215人に落ち込みます。
県や西脇市、丹波市、JR西日本などは、2023年度以降、ワーキングチームを作り、利用促進に取り組みます。
西脇市は通学定期券の購入補助事業と自転車の無償貸出などを始め、サイクルトレインやハイキング、スタンプラリー、タレントのトークショーなどイベントを実施しました。花火の日は1500人近いJRの利用がありました。
さらに一部の関係者や市議は「大阪・関西万博が、加古川線誘客の最大のチャンス」「今こそ、日本のへそ公園駅を起爆として、まちおこし」と主張し、それらの意見が今回の増発につながりました。
市は、万博参加者向け団体ツアーで加古川線を利用する場合、上限10万円を支援する施策を展開します。JR西日本もデジタルパス「ぶらり加古川線tabiwa 1 Dayパス」(1200円)を発売しています。
一方、JR西日本神戸支社長は2024年7月の会議で「(万博の閉幕時点で)加古川線の利用の増加に向けた勢いが認められない場合には、いわゆる存廃の前提を置かずに、在り方の議論の開始に応じていただきたい」と発言し、西脇市長も丹波市長も容認しました。県は、今回の事業で鉄道のあり方を議論するためのデータ収集をしたい考えです。
夢洲・大阪駅から「谷川経由」で来るのか?地元期待の万博と臨時便増発で、西脇市~谷川間は利用者数の急増が期待できるのか、個人的には厳しいと思います。

加古川線電化開業日の103系「眼のある電車」。西脇市出身の横尾忠則氏がデザイン(森口誠之撮影)
西脇市駅から大阪駅まで、谷川駅経由だと、特急利用で1時間40分前後で、特急券込み3420円。
実は、加古川線の厄神~西脇市間も将来は楽観視できません。2023年度の輸送密度は2904人。国鉄時代の基準でいうと廃止対象線レベルです。県と関係市は独自に利用促進を実施していますが、乗車客数は伸び悩んでいます。
また、粟生駅で接続する神戸電鉄粟生線への本格的支援も先送りされています。兵庫県のバス最大手の神姫バスと子会社のウイング神姫は、西脇市内など路線バスの減便や路線廃止を進めています。西脇と大阪を結ぶ高速バスも大幅に減り、西日本JRバスは撤退しました。
可能性のある公共交通機関を中長期的に残すためにはどうすべきか。関係自治体は真剣に考える時期だと思います。