2016年9月、アメリカ海兵隊の垂直離着陸戦闘機AV-8B「ハリアーII」が墜落。これを受け「ハリアー」の事故率を指摘し、「欠陥機」とする声も上がっていますが、そこには誤解が含まれているかもしれません。

垂直離着陸戦闘機「ハリアーII」、墜落

 2016年9月22日(木)、岩国基地(山口県)に配備されていた、アメリカ海兵隊の垂直離着陸戦闘機AV-8B「ハリアーII」が、展開先である嘉手納基地(沖縄県)を離陸した直後に墜落するという事故が発生しました。幸いにもパイロットは脱出し命に別状はありませんでしたが、アメリカ海兵隊は「ハリアーII」に対し、飛行停止処置とする決定を下しました。

 およそ2週間後の10月7日(金)、「ハリアーII」の飛行停止が解除され訓練も再開。これに対し、一部メディアなどにおいて「ハリアー」の事故の多さを指摘し、欠陥機ではないのかという強い反発が生じました。

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垂直離着陸戦闘機AV-8B「ハリアーII」。4つのエンジンノズルを下向きにすることで、垂直に離着陸できる(関 賢太郎撮影)。

 まず明らかにしておきたいのは、今回墜落したのはAV-8B「ハリアーII」であって、AV-8A「ハリアー」ではないということです。AV-8A「ハリアー」はイギリスのホーカー・シドレー社において開発された、世界初の垂直離着陸戦闘機。アメリカ海兵隊では1970(昭和45)年より導入が開始され、現在では全機が退役済みです。

 この「ハリアー」の後継機として現在も運用中の機種が、AV-8B「ハリアーII」です。「ハリアーII」はアメリカのマクダネル・ダグラス社が主体となり、機体を完全に再設計。搭載量や航続距離などを大幅に改善することに成功した、“まったく別の戦闘機”です。

垂直離着陸機であるがゆえの「宿命」

 最初の「ハリアー」は、非常に事故の多い機体でした。導入から11年のあいだに、墜落など重大事故にあたる「クラスA事故」が、10万飛行時間あたり39件という高い事故率を記録。導入数110機の半数にあたる実に55機の機体を損失しました(墜落以外の事由も含む)。

 これに対して「ハリアーII」は、飛行性能だけではなく信頼性も大幅に改善することに成功。1985(昭和60)年の導入当初こそ事故が多発したものの、2013(平成25)年には10万飛行時間あたりの「クラスA事故」発生率が6.76件になっています。

「クラスA事故」という分類は損害額によって決定され、物価などの世相を反映し基準も変化するため単純に比較することはできませんが、AV-8B「ハリアーII」は281機が導入され、2013年までの導入からおよそ30年間で110機の損失にとどまり(同じく墜落以外の事由も含む)、運用時間あたりの事故率は大幅に減少しているといえるでしょう。

垂直離着陸戦闘機「ハリアーII」ぬぐえぬ誤解? 欠陥機の指摘は

ソ連製のYak-38垂直離着陸戦闘機。西側の「ハリアー」への対抗で無理に実用化され、1000飛行時間に1回墜落という「本物の欠陥機」に(関 賢太郎撮影)。

 以上のように「ハリアーII」は、「ハリアー」に比べ安全な戦闘機になったといえますが、それでもアメリカ軍のほかの戦闘機に比べると2倍から3倍、重大事故の多い機種となっています。

 おもに強襲揚陸艦の艦載機としての運用が行われる、アメリカ海兵隊の「ハリアーII」は、離陸(発艦)時は短距離を滑走。着陸(着艦)時は、いったんホバリング(空中で停止)して垂直に降下します。このため「ハリアーII」はパイロットのミスや機械的故障、そのほかさまざまなトラブルが生じた場合の対処が非常に困難となる、低速、低空な状況がどうしても長くなってしまいます。

ゆえに、通常の戦闘機に比べてどうしても重大事故が多発しやすいという弱点を抱えており、これは垂直離着陸機であるがゆえの宿命といえるでしょう。

「ハリアー」への撤去要求、ある意味、実現か

 日本ではMV-22B「オスプレイ」が“ある種の象徴”となってしまったために、「オスプレイ」ばかりが欠陥機であると騒がれていますが、実際のところ「オスプレイ」は「ハリアーII」だけではなく、ほかの戦闘機やヘリコプターと比べても重大事故の少ない機体です。墜落事故を受けて危険性を追求するのであれば、その対象は「オスプレイ」よりも「ハリアーII」であろうといえます。

 冒頭に述べた2016年9月の墜落事故を受け、一部団体は「ハリアー」の即時撤去を要求しています。おそらく「ハリアーII」が対象の要求でしょうが、これはまもなく実現します。事故機が所属していた岩国基地(山口県)には、すでに後継機である垂直離着陸型の戦闘機F-35B「ライトニングII」の配備が決まっており、来年1月にも「ハリアーII」と交代する形で来日する予定です。

 F-35Bもやはり、通常離着陸型のF-35Aや艦上戦闘機型のF-35Cに比べ、重大事故は多くなるかもしれません。しかし、F-35シリーズはすでに200機近くが生産されているものの、2016年10月現在、開発時も含め1件の墜落事故も発生していないことを考慮すれば、基地周辺住民の背負うリスクは「ハリアーII」よりも減少することが見込めます。

【写真】垂直着陸するF-35B

垂直離着陸戦闘機「ハリアーII」ぬぐえぬ誤解? 欠陥機の指摘は

アメリカ海兵隊の垂直離着陸型戦闘機F-35B。下方に向けられるエンジンノズル、コックピット背後のリフトファンで垂直の離着陸が可能(写真出典:アメリカ海兵隊)。

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