パナマ運河は太平洋と大西洋をつなぐ海上交通の要所のひとつで、ここを通峡できる船のサイズが世界の海運に大きく影響しています。拡幅されてまもなく1年、なにが変わったのでしょうか。

開削から103年、海上交通の要所パナマ運河

 高速道路や国道などには、俗に「交通の要所」と呼ばれる場所がありますが、海上交通にも世界的な要所というものが何か所か存在します。なかでも、要所であると同時に世界一周クルーズなどのハイライトとして挙げられるのが、スエズ運河とパナマ運河でしょう。「飛鳥II」を運行する郵船クルーズの担当者は、これらふたつの運河について次のように話します。

「船も大きいのですが、これら運河はそれすらを抱き込むような巨大な人工物であり、そのダイナミックさは見どころのひとつです」

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2016年7月、パナマ運河に臨む日本郵船の「Iris Leader(アイリスリーダー)」。拡幅後の同運河を自動車専用船が通峡するのはこのときが初めて(画像:日本郵船)。

 スエズ運河はアフリカ大陸とシナイ半島の接点に位置し、地中海と紅海とを結び、アフリカ大陸を回らずともヨーロッパとアジアを海運で結ぶことを可能にしています。一方のパナマ運河は南北アメリカ大陸をつなぐ地峡に位置し、太平洋と大西洋を結んでいます。

 いずれも海と海をつなぐ同じ「運河」ですが、ほとんど別物といってもいいほど、両者の様相は異なります。その差異は実際に通峡してみれば一目瞭然。スエズ運河は水路と湖で構成され、船はそこを航行するだけですが、パナマ運河を船が通峡するためには、「閘(こう)門」あるいは「ロック」と呼ばれる装置で水位を変え、船体そのものを持ち上げたり下ろしたりする必要があります。

 これは「太平洋と大西洋の海面の高さが違うから」という説がありますが、本当なのでしょうか。

パナマ運河に閘門が必要なワケ

 JAXAによると、パナマ運河の太平洋側の平均水位は大西洋(カリブ海)側より24cm高いといいます。

また、太平洋側ではプラスマイナス3.2m以上、大西洋側では60cmの潮位の変動があるそうです(JAXA「地球が見える 2005年 地峡を越える、船の近道:パナマ運河 2005年12月1日掲載」より引用)。確かに海面の高さは違っていました。

 前述の説はこのことを言っているのかもしれませんが、しかしパナマ運河の閘門はそのために設けられたのかというと、そうとは言い切れません。というのも運河の通る地峡が、スエズ運河とは異なり、実際にはそれなりに高さがあるためです。

 パナマ運河の中心に位置するガツン湖は、運河のために作られた人工湖です。各閘門へ供給する水源であると同時に、水路の役割も果たしています。よって船が運河を通峡するためには、このガツン湖の水面の高さに合わせ、船を持ち上げる必要があります。そのためには上昇と下降あわせて計6回、閘門を通過する必要があり、そうして稼いだ高度差は、実に26mにもおよびます。

世界のものさし「パナマックス」とは? パナマ運河103年、拡幅から1年

1945年10月、パナマ運河を通峡中の米海軍戦艦「ミズーリ」。全幅32.98mで、実は(旧)パナマックスをわずかに超えている(画像:Harry S. Truman Library & Museum.)。

 そうした理由から、パナマ運河を通峡できる船のサイズも自然と決まってきます。

 スエズ運河は水路の幅については大きくとられているのですが、その上に橋がかかっていることから、制限要素は喫水(水面から船体最下部までの距離)の深さと喫水上の高さ(水面から船体最上部までの距離)のふたつになります。

つまり、水路の底にひっかからないかどうか、橋の下をくぐれるかどうか、ということです。

 一方パナマ運河は、喫水の深さと喫水上の高さに加え、閘門のサイズ以下という制限があり、スエズ運河よりも小さい船しか通峡することができません。このパナマ運河を通峡できる船の最大サイズのことを「パナマックス」と呼びます。

「パナマックス」は、前述のように、スエズ運河を通峡できるサイズよりも小さいものです。つまり「パナマックス」とは、世界中の海を制約なく航行できるサイズを意味することになります。パナマ運河が開通した1914(大正3)年以来、長らく「パナマックス」は不変のままで、大型の船を設計するうえでの指標のひとつでした。第二次世界大戦当時、米海軍の艦船は、この「パナマックス」以下でつくられていたそうです。

「パナマックス」拡大で世界はどう変わった?

「パナマックス」より大きな船のことを、海運業界では「ポストパナマックス」と称します。そうした大きな船が、たとえばアメリカ東海岸から日本に向かおうとする場合、「南米最南端のマゼラン海峡やドレイク海峡は、距離が長いことや、天候が不安定で専用の水先人をつける必要があるため、一般的には喜望峰を経由します」(日本郵船)といいます。

「アメリカ東海岸から日本まで、パナマ運河経由ですと約21日、喜望峰経由は約36日かかります」(日本郵船)

 その日数の差は歴然です。なお、このときスエズ運河経由の場合は約34日ですが、「運河の通航料なども勘案すると、喜望峰経由のほうが一般的」といいます。

世界のものさし「パナマックス」とは? パナマ運河103年、拡幅から1年

パナマ運河を通峡する日本郵船のLPG運搬船「Lycaste Peace」(画像:日本郵船)。

 2016年、パナマ運河の拡幅工事が約10年の歳月を経て完了し、パナマックスも拡大しました。現在、通峡可能なサイズは全長366m、全幅49m、喫水15.2m、喫水上の高さ57.91mとされており、長さにして約72m、幅約17m、喫水約3mの拡大です。同年6月27日、これを日本郵船が運航するLPG船「Lycaste Peace(リカステピース)」が初めて商用通峡しましたが、同船は全幅が36m以上あり、かつてのパナマックスをオーバーするサイズでした。ちなみに、日本籍船として1914年に開通間もないパナマ運河を初めて通峡したのも、日本郵船が運航していた「徳島丸」だったそうです。

世界のものさし「パナマックス」とは? パナマ運河103年、拡幅から1年

1914年に日本籍船として初めてパナマ運河を通峡した、日本郵船の「徳島丸」(画像:日本郵船歴史博物館)。

「これでまでポストパナマックス型とされていた自動車専用船が通峡できるようになったり、米国で産出されたシェールから作られるLPガスを、より大きな船で早く輸送したりできるようになりました」(日本郵船)

 輸送日数が短縮されることは、輸送費用に反映され、ひいては小売価格に影響します。例に挙がったLPガスは、家庭用プロパンガスなどの原料になるものです。地球の裏側の「パナマックス」という、ふだんの生活からは縁遠い「ものさし」の拡大が、実はごく身近なところにも影響しているといえるでしょう。

【動画】パナマ運河通峡の一部始終(1分17秒)
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