京都は鞍馬寺の境内にあるケーブルカー「鞍馬山鋼索鉄道」は、ほかの鉄道と比べて特異な存在です。お寺の境内という立地ならではの「乗ることを勧められない」ケーブルカーとは、どのようなものでしょうか。
1200年以上の歴史を持つ京都にある鞍馬寺は、山伏修行の地としても知られ、毎年10月22日の「鞍馬の火祭」では多くの参拝客でにぎわいます。そのような由緒ある場所に、少し変わったケーブルカー「鞍馬山鋼索鉄道」があります。
鞍馬山鋼索鉄道。写真は2015年まで運行された3代目の車両(OleOleSaggy撮影)。
路線はすべて鞍馬寺の敷地内を走っており、始発の山門駅は2体の仁王尊像がそびえる山門のすぐ横にあります。駅構内も乗車受付カウンターも至ってシンプル。源義経の幼名にちなんで「牛若号」と名付けられた車両が、終点の多宝塔駅とのあいだを往復しています。
通常のケーブルカーは2両の車両が重量のバランスをとりながら運転しますが、じつはこの路線、保有車両が1台のみ。対となるもう1両の役割を、カウンターウェイト(おもり)が果たします。この方式は、ケーブルカーとしては日本唯一です。
乗車すると、2分ほどで終点の多宝塔駅に到着します。驚くほどあっけない乗車ですが、それもそのはず、その距離はわずか207m。
この距離であれば、「歩いた方が早い」と思うかもしれません。しかし、並行する登山道は「九十九折(つづらおり)」で、幾重にも折れ曲がっています。直線距離を100m進むのに500mは歩かなければいけないほどで、清少納言をして「近うて遠きもの 鞍馬のつづらをりといふ道(枕草子)」と嘆かせるほどの山道なのです。高低差は89mもあり、平均して20度程度の坂を上り続けなければいけません。
事業者が積極的に乗ることを勧めない!?ただし鞍馬寺は、便利なケーブルカーの利用を積極的には勧めず、徒歩で坂を上って参拝することを推奨しています。ケーブルカーはあくまでも「登山が辛い人向け」という位置づけです。
なぜなら、ケーブルカーが経由しないつづら折りの坂道の途中には、火の神・三宝荒神(さんぽうこうじん)を祀った「由岐神社」があるからです。豊臣秀頼によって再建された勇壮な拝殿もあり、何よりもここは「鞍馬の火祭り」における中心的な場所です。寺ではケーブルカーへの案内看板とともに、歴史あるつづら折りの道を指して「清少納言や牛若丸も歩いた道です。健康のためにも、できるだけお歩きください」と記した張り紙も掲示しています。
鞍馬寺では、参道に倒木があっても通行の妨げにならなければ放置するほどに「自然のまま」を極力維持しており、山内には貴重な動植物も生息しています。

最大勾配は499パーミル(1000m進むと499m上る勾配)。乗車時間は2分ほどだ(OleOleSaggy撮影)。
寺院に参拝するための鉄道やケーブルカーは、和歌山県にある南海電鉄の鋼索線(高野山ケーブル)や、東京の京王グループに属する高尾登山鉄道の高尾鋼索線(高尾山ケーブル)など、近隣の私鉄や系列会社が運営するケースがありますが、この鞍馬山鋼索鉄道は、ほかの事業者が入ることなく、鞍馬寺自身で直接経営にあたっています。
「宗教法人が経営する鉄道」は、これもまた日本唯一です。ほかにも参拝客の輸送を必要とする寺院は日本各地にありますが、いまの時代はわざわざ鉄道の免許を取得せずとも、スロープカーや斜行エレベーター(いずれも斜面を上り下りするエレベーターの一種)で事足りる場合が多いでしょう。
なおこの鉄道、法律上の扱いは「運賃無料」(これも日本唯一)ですが、寺へ大人200円を「寄進」し、返礼として乗車の権利を得る、というシステムとなっています。この運賃の扱いも含め、鞍馬山鋼索鉄道は「事業者が宗教法人」「路線距離が日本最短」「カウンターウェイトを使うケーブルカ-」など、日本でここだけの特徴を複数もった鉄道なのです。
ただし、ケーブルカーの助けを借りてつづら折りの坂道をスルーしても、多宝塔駅から本殿までのあいだに百数十段もの石段が待ち構えています。決して楽には参拝できませんので、しっかりと準備のうえでどうぞ。
※記事制作協力:風来堂、OleOleSaggy