鉄道の信号システムを大きく変える、「無線」を使った新しい信号システムが普及の兆しを見せています。従来の信号システムとは何が異なるのでしょうか。
鉄道の安全を守る信号システムに、150年ぶりの大改革が訪れようとしています。そのキーワードは「CBTC」のアルファベット4文字。目には見えない無線通信を使って列車の位置を検知し、複数の列車の「車間距離」を調整するシステムです。
CBTCの機能を含む新しい信号システム「ATACS」が導入された埼京線(画像:photolibrary)。
この新しい信号システムを導入して現在の信号システムを置き換えると、どのようなメリットがあるのでしょうか。
現在、鉄道信号システムの原理は1872(明治5)年に米国の技師が発明した「軌道回路」を基礎としています。「軌道回路」とは、線路を一定の距離で区切って電気回路を作り、線路に信号用の電流を流す仕組みです。回路が構成されているときは、信号機のスイッチに電気が流れて青信号を表示させます。
この区間に列車が入ると、列車の車輪も鉄製なので回路が短絡され、信号機まで電流が届かなくなります。これにより信号機のスイッチが切れて赤信号に切り替わるのです。
それまでは人が列車の通過を確認し、手動で信号機を切り替えていましたが、軌道回路を使うことで自動的に信号を表示できるようになりました。仕組みは簡単ですが、これによって列車の安全性が向上し、運行本数を大幅に増やすことができるようになったのです。
ただ、軌道回路を使った信号システムは、それぞれの軌道回路と信号機器室をケーブルなどで物理的に接続することで構成されています。地上の設備は非常に大掛かりなものになり、維持や更新に多額の費用と手間がかかるという問題がありました。
有線LANを無線LANに置き換えるのと同じメリットがそこで、軌道回路を使わない新しい信号システムとして開発されたのが「Communications-Based Train Control」、略してCBTCです。

無線通信を使うCBTC(下)は軌道回路を用いた従来型の信号システム(上)に比べ地上設備をスリムにできる(枝久保達也作成)。
CBTCではケーブルを使った通信を無線に置き換えます。「自宅の有線LANを無線LANに置き換えたら、LANケーブルが減って部屋がすっきりした」という経験のある人もいるでしょう。CBTCもこれと同じ。設備をスリムにすることができ、メンテナンスの費用や手間も抑えられます。
費用を抑えることができるということは、利益を増やしたり損失を抑えたりすることができるということ。利用者の減少で存続問題が突き付けられている地方ローカル線に導入すれば赤字幅も縮小しますから、存続しやすくなるかもしれません。
しかし、CBTCのメリットが生きるのはローカル線だけではありません。地下鉄など列車の本数が多い都市鉄道でも、CBTCのメリットを生かすことができます。
CBTCは従来の信号システムよりも多くのデータを扱うことが可能です。大量のデータを扱えるということは、たくさんの列車の情報を一度に管理できるということ。都市部においては列車のさらなる増発も期待されます。
また、従来の信号システムは列車の位置を軌道回路で検知していたため、後続列車との車間距離は軌道回路の単位で制御していました。仮に安全上確保すべき列車の間隔が300mだとしても、軌道回路1区間の距離が1kmで整備されていれば、列車をそれ以上詰めることができません。つまり、無駄に距離を空けなければならない状況が発生していました。
「無駄な距離」なくすと何が変わる?このような場合、軌道回路をより短くすれば、「無駄な距離」を縮めることができます。実際、駅の近くでは軌道回路を増やし、列車の間隔を詰めることも可能です。ただ、軌道回路の増設にはコストがかかるという問題があります。

JR東日本のATACSは仙石線に初めて導入された(2015年7月、草町義和撮影)。
これがCBTCなら列車の位置を無線通信で直接把握できるため、必要な車間距離は先行列車の走行位置とともに、常に動かすことができます。先行列車が進んだ分だけ、後続列車は同じだけ前に進むことができるわけです。
目に見えない電波で列車を問題なく制御できるのか、不安に感じる部分もあるかもしれません。しかし、電波干渉や妨害があったとしても、電波が途切れたり改ざんされたりしないように通信する技術が確立されています。また、一定時間以上通信が遮断した場合は、非常ブレーキが作動するようになっています。
CTBCは海外で導入が進んでいて、すでに実績のある技術です。日本では2011(平成23)年10月、JR東日本がCBTCの機能を含む「無線を用いた新しい列車制御システム」(ATACS)の運用を仙石線(宮城県)で開始。2017年11月には埼京線でもATACSの運用が始まりました。
JR西日本もATACSをベースにした無線式の自動列車制御装置(無線式ATC)を、2023年春から和歌山線に導入する計画。JR以外の鉄道では、東京メトロが丸ノ内線にCBTCの導入を進めており、2022年度の稼働開始を目指しています。
鉄道にもたらされた、目には見えない大変革に注目です。
【図】現行信号システムの基礎「軌道回路」の仕組み

軌道回路は一定の間隔で区切った線路に電気を流すことで、区間ごとに列車の有無を検知する(枝久保達也作成)。