「戦術航空士」とは、どのようなお仕事なのでしょうか。育児しつつ現場の第一線で戦術航空士を務めるママ自衛官に、その仕事内容に加え、女性が働く職場としての海上自衛隊についても話を聞きました。
「我々の隊の『戦術予報士』です」
海上自衛隊の新型哨戒機P-1を運用する、厚木航空基地(神奈川県)第3航空隊副長の小俣泰二郎一等海佐は冗談めかしつつも、アニメ『機動戦士ガンダム00』に登場する女性キャラクターの役職を引き合いに出し、P-1の女性戦術航空士、岡田彩夏二等海尉を紹介してくれました。
厚木航空基地内の資料館にて、海上自衛隊 第3航空隊の戦術航空士、岡田2尉。右手の先に搭乗機であるP-1の模型(2018年12月6日、関 賢太郎撮影)。
『ガンダム00』の世界観における「戦術予報士」は、オペレーターたちに指示をあたえ情報を収集・分析し、作戦の立案や決定を下す指揮官として描かれました。作品を観たことがあれば、岡田2尉がどのような役割を担当しているのかすぐに理解できるはずです。
「哨戒機」とは、海上をパトロールし船舶や潜水艦を探知する能力に優れた軍用機のことで、海上自衛隊の最新鋭哨戒機P-1には、機長となる操縦士、戦術航空士のほか、ソノブイからの音響信号やレーダーなどの非音響情報を扱うセンサーの担当、機上での整備や武器取扱いの担当など、11名の搭乗員が乗務しています。そして任務を遂行する上で具体的に何をどうするかを考える、人間にたとえるならば、五感から得た情報を元に指示を出す「頭脳」にあたる搭乗員が「戦術航空士」です。通称「TACCO(タコ:タクティカルコーディネーター)」とも呼ばれ、通常2名が乗務します。
「戦術航空士は、(レーダーやソナーの担当から)情報をもらってパイロットに指示し、航空機を動かします」と説明する岡田2尉。戦闘状態になった際に、どう戦うか戦術を組み立てるのも戦術航空士の役割といいます。ほかの海自潜水艦や艦艇と、お互いを標的に模擬戦闘訓練をすることもあり、(模擬)攻撃が成功したときには「自分がいままで努力してきたことが実った達成感を覚えます」と目を細めます。
「自分の思った通りに戦術を進めていけるというのは、すごくやりがいがあって誇りを感じるので、自衛官を目指すならぜひ戦術航空士をおすすめします」と笑いながら、自分の職務を語る岡田2尉は、海上自衛隊においても数少ない女性の戦術航空士であり、「第2号(ふたり目)」であるといいます。
なぜ岡田2尉は戦術航空士という、あまり知られていない仕事を目指すにいたったのでしょうか。

P-1のフライト前は、搭乗員が全員で機体のチェックをするという。多数の丸い穴はソノブイの射出口(2018年12月6日、関 賢太郎撮影)。
「小学校6年生のころ、阪神淡路大震災の被災者だった音楽の先生がきっかけで自衛隊に興味を持ち、そして私がずっと『自衛隊、自衛隊』と言っていたので、中学3年生のときに、姉が自衛隊募集のはがきを持って帰ってきてくれました。母親にも父親にも言わずはがきを出したので、後日、電話がかかってきて母親を驚かせてしまいましたが、元陸軍軍人だった祖父も賛成してくれ、母親の理解もあり、そして高校3年間ののち自衛官を目指すことになりました。最初は航空機に関わりたいと思っていたので、パイロットを目指していました。正直に言うと、戦術航空士を知ったのは自衛隊に入ってからでした」(岡田2尉)
海上自衛隊では高校卒業(見込み)者を対象とし、将来パイロットとなる者を育成する「航空学生」と呼ばれる募集制度があり、航空学生のうち何割かは戦術航空士となりますが、このときの指導官がたまたま戦術航空士であったことから、「自分の判断で航空機を動かすことができる戦術航空士に興味を持った」そうです。
近年、自衛隊においては女性の活躍の場が広くなりつつあります。2018年にはF-15J戦闘機に女性のパイロットが誕生し、潜水艦乗員も女性に門戸が開かれましたが、やはりそれでも女性自衛官の割合は1割に満たない、「男社会」である事実は否めません。また女性特有の妊娠・出産期間は、どうしても休職、あるいは仕事を抑えざるを得ないものです。しかし岡田2尉は、戦術航空士として働くうえで、女性であるが故に不利を感じたことは無かったと言います。
海自において「働きながら育児」は可能か?もちろん岡田2尉も、「最初は『(男性中心の職場で)女性であること』に対して、構えていたところはありました」といいます。
「ですが、特に『女性だから』『男性だから』という差別、区別を感じたことはありません。ほかの会社についてはわかりませんが、(海上自衛隊においては)女性だろうが男性だろうが関係無しに対等なので、そうした面はすごく良いなと思います。もちろん、仕事を続けていくにあたって結婚の時期、出産の時期、色々悩みましたが、職場の良きはからいと協力、理解もあって、1歳の女の子を保育園に入れながら、第一線の部隊で働かせてもらっています」(岡田2尉)

P-1の戦術航空士用シートにて。手前のスティックは機種下の可視光・赤外線光波センサー(カメラ)のコントローラー(2018年12月6日、関 賢太郎撮影)。
岡田2尉はいままさに、「海上自衛隊で働きながら育児」を実践しているさなかであるため「私がなにかをできていますとはまだ言えませんが」としつつ、自衛隊を志望する女性に向け、「妊娠が分かった時点で航空業務は停止されるものの、出産後、育休を取ってから、搭乗員に必要な航空身体検査に合格すればまた航空機に乗れるようになるので、女性だからとか、出産したら仕事を続けられるかわからないからとかいった理由で、挑戦しないという気持ちは捨てて、戦術航空士や自衛官にぜひ挑戦して欲しいなと思います」と話しました。
航空機搭乗員は男女関係なしに、高い能力と適正が要求される職種です。その反面、一層進む少子化のなかにあって、航空機搭乗員の志願者も減少してゆくことになるでしょう。海洋国家である日本にとって、海上をパトロールする哨戒機P-1は生命線とも言える存在であり、これを安易に減らすことはできません。人材確保という難しい問題を解決するには、岡田2尉のような「海の安全を守るために戦うママ」が働きやすい環境を構築し、理解を広める点にあると言えるかもしれません。
【写真】P-1ズラリ、厚木航空基地のエプロン

空から降りてきて、駐機位置へと誘導される海自厚木航空基地 第3航空隊のP-1哨戒機(2018年12月7日、乗りものニュース編集部撮影)。