アメリカ軍の艦船名には人名が多く見られ、歴代大統領や海軍将校などはさもありなんという感じですが、一般兵士の場合は、実に壮絶なエピソードがあることも。一方、人名は使わない海上自衛隊にも、それっぽい船があります。
2019年1月26日、アメリカ海軍ズムウォルト級駆逐艦の2番艦「マイケル・モンスーア」が就役しました。この艦名は、2006(平成18)年にイラクで仲間を守るため、手榴弾の上に覆いかぶさって戦死した海軍特殊部隊「SEALs」の、マイケル・モンスーア2等兵曹に由来しています。
サンディエゴ海軍基地で実施された、ズムウォルト級駆逐艦「マイケル・モンスーア」就役式典。19発の祝砲が放たれた(画像:アメリカ海軍)。
アメリカ海軍は基本的に、駆逐艦の艦名に人名を使用しています。
たとえばズムウォルト級の1番艦である「ズムウォルト」は、アメリカ海軍制服組のトップで、海上自衛隊でいえば海上幕僚長にあたる、海軍作戦部長を務めたエルモ・ズムウォルト・ジュニア海軍大将に由来しています。また、横須賀にも配備されているアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の1番艦「アーレイ・バーク」の由来は、海軍作戦部長を6年にわたって勤め、海上自衛隊の創設にも協力したアーレイ・バーク海軍大将です。
アメリカ海軍に所属する駆逐艦の艦名には、エルモ・ズムウォルト・ジュニア、アーレイ・バーク両海軍大将のような、高名な海軍軍人の名前が使われることが多いのですが、モンスーア2等兵曹や、ベトナム戦争でモンスーア2等兵曹と同様に手榴弾から仲間をかばって戦死したラルフ・ジョンソン海兵隊1等兵、太平洋戦争で搭乗していた巡洋艦「ジュノー」が旧日本海軍の潜水艦に撃沈され全員が戦死したサリバン5兄弟(艦名は「ザ・サリバンズ」)のように、勇敢に戦った下級軍人の名前も使用されています。
2018年5月に進水したアーレイ・バーク級の68番艦「ダニエル・イノウエ」は、50年以上にわたってアメリカ連邦議会上院議員を務め、2012(平成24)年に亡くなったダニエル・イノウエ氏に由来していますが、これは上院議員としての功績によるものだけではなく、イノウエ氏が第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の日系アメリカ人部隊「第442連隊戦闘団」に入隊し、ヨーロッパ戦線で右腕を失っても戦い続けた功績を、賞賛し後世に伝えるという意味も込められています。旧日本海軍と海上自衛隊は人名に由来した艦名を使用していませんので、イノウエ氏の名前は軍艦に使用された、初めての日系の人名ということになります。
歴代大統領の名前もズラリ、そういえば「ニクソン」は…?アメリカ海軍はニミッツ級原子力空母以降の空母にも、人名に由来した艦名を付けています。ニミッツ級は10隻が建造されましたが、そのうち8隻には歴代大統領の名前が使用されています。
また、すでに退役していますが、ミッドウェイ級空母の2番艦には第32代大統領の名前に由来した「フランクリン・D・ルーズベルト」、キティホーク級空母の4番艦には第35代大統領の名前に由来した「ジョン・F・ケネディ」という艦名がそれぞれ付けられていました。

アメリカ海軍の最新鋭原子力空母「ジェラルド・R・フォード」(画像:アメリカ海軍)。
2017年に就役した最新鋭原子力空母の1番艦には、第38代大統領の名前に由来した「ジェラルド・R・フォード」という艦名が付けられており、2020年に就役するフォード級の2番艦の艦名は「ジョン・F・ケネディ」となることが決定しています。後者については、空母に2回、同じ人名が使用される初めてのケースになりますが、これはケネディ元大統領が太平洋戦争で功績を残した海軍軍人であることと、いまだにアメリカ国民からの高い人気を持ち続けているためなのではないかと考えられます。
第2次世界大戦が終結した1945(昭和20)年から現在までに、13名がアメリカ大統領職を務めていますが、このうち6人の名前が空母の艦名に使用されています。また第39代大統領のジミー・カーター氏は、海軍軍人として原子力潜水艦に勤務した経験を持つただひとりの大統領経験者であることから、シーウルフ級原子力潜水艦の2番艦にその名があり、そして太平洋戦争で偵察員として勤務した第36代大統領のリンドン・ジョンソン氏も、ズムウォルト級駆逐艦の3番艦に名前が使用されています。
現職のドナルド・トランプ大統領、存命の大統領経験者であるビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマの3氏を除くと、すでにこの世を去った第2次世界大戦以降のアメリカ大統領で、アメリカ海軍の軍艦に名前が使用されていないのはリチャード・ニクソン氏だけとなります。これはニクソン氏が、再選を果たした大統領選挙中に敵陣営の選挙対策本部を盗聴した「ウォーターゲート事件」の責任をとって、任期途中で辞任していることが原因なのではないかと見られています。
日本の艦艇の場合は?アメリカ海軍以外でも、フランス海軍の原子力空母「シャルル・ド・ゴール」(軍人・大統領)、ロシア海軍の空母「アドミラル・クズネツォフ」(旧ソ連海軍元帥)、イタリア海軍のミサイル駆逐艦「アンドレア・ドーリア」(海軍軍人)など、ほとんどの主要国の海軍では、その国の歴史に名を刻んだ人名を軍艦の名前として使用していますが、前にも述べたように、日本は旧日本海軍、海上自衛隊とも軍艦(自衛艦)に人名を使用したことがありません。
海上自衛隊の自衛艦は、1960(昭和35)年に定められた訓令によって艦名が付けられており、その訓令には人名を使用しないことが明記されています。

「しらせ」は、海上自衛隊では「砕氷艦(さいひょうかん)」、文部科学省と極地研究所では「南極観測船」と呼称されている(画像:海上自衛隊)。
南極観測の支援を行なっている海上自衛隊の砕氷艦「しらせ」は、日本で初めて南極探検を行なった白瀬 矗(しらせのぶ)陸軍中尉の名前から艦名を付けたと思われがちですが、その由来は日本の南極観測の拠点である昭和基地の近くにある、白瀬陸軍中尉の功績を称えて命名された氷河「白瀬氷河」であり、まったく無関係とはいえないものの、白瀬陸軍中尉の名前に由来したものではありません。
前に述べた訓令により、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦には「ひゅうが」といった旧国名か「しらね」といった山岳名、ミサイル護衛艦には「こんごう」のような山岳名か「あまつかぜ」のような天象気象名、汎用護衛艦には「あきづき」のような天象気象名、地方隊用護衛艦には「あぶくま」のような河川名に由来する艦名を付ける決まりになっています。
多くの護衛艦は旧海軍の軍艦の名前を継承しており、「あさひ」や「あけぼの」のように、自衛隊の護衛艦に2回、同じ名前が使われた例がある一方で、日本海軍の象徴とでもいうべき存在であった戦艦「大和」「武蔵」「長門」「陸奥」、空母「赤城」などは一度も使われていません。これらの艦名が護衛艦に使用されない理由は不明ですが、おそらく、偉大な功績を残した役者の名前を二度と使わないという歌舞伎界のしきたり「止め名」のような理由から、使用されていないのではないかと筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は思います。
【写真】野球でいえば永久欠番か 「大和」という大きすぎる名前

「長門」「赤城」などとともに2019年2月現在、自衛隊艦艇名としてはまだ使用されていない「大和」。写真は1941(昭和16)年10月30日に実施された大和型戦艦1番艦「大和」の、海上公試の様子(画像:アメリカ海軍)。