軍用車両も最後は廃車でスクラップというのがほとんどですが、アメリカ陸軍のごく一部の車両は、その後も実に有効活用されていました。ある意味大切に扱われているのですが、みな一様にボロボロで弾痕だらけ。
アメリカ陸軍において最大規模の訓練施設といわれているのが、カリフォルニア州にある「NTC(ナショナル・トレーニングセンター)」です。
NTCの射場にて、標的に使用されていたことを物語る姿の、かなり年季が入った普通の乗用車(武若雅哉撮影)。
1980(昭和55)年から使用が開始され、最大で4000名以上もの人員を擁する「旅団戦闘団」が全力で訓練できるほどの規模の同施設は、「フォート・アーウィン」という駐屯地と「THE BOX」と呼ばれる演習場を合わせて、約2600平方キロメートル以上という広大な敷地を持っています。
陸上自衛隊の演習場と比較した場合、たとえば毎年夏に行われる「富士総合火力演習」の舞台である東富士演習場は、全体で約88.09平方キロメートル、東京ドームおよそ1884個ぶんです。北海道にある国内最大の演習場、矢臼別演習場は約168平方キロメートルの広さで、東京ドームおよそ3593個ぶんですが、それでもNTCには遠く及びません。NTCは東京ドームおよそ5万5608個ぶん、日本の演習場とは文字通り、ケタ違いの広さです。

NTC入り口にある看板とオブジェ。ここでも廃車が使われている(武若雅哉撮影)。

トラックか何かと思われる廃車の残骸(武若雅哉撮影)。

弾痕が多数見える普通の乗用車。奥にアメリカ軍のストライカー装甲車(武若雅哉撮影)。
海底地形がそのまま干上がってできた広大な敷地は、周囲を高い山々に囲まれていて、一番近い町まで約60kmもある、まさに陸の孤島。そうした周辺環境下にあるNTCの演習場は、敷地の半分ほどが実弾を発射できる射場であるため、電波でコントロールできるポップアップ自動標的がたくさん設置されています。その標的の周囲を見渡すと、いくつかの廃車が置かれているのに気が付きました。
そこは国立公園、それゆえの厳しいルールも頑丈な軍用車といえど、いずれ使えなくなる日が来ます。それは戦車などの装甲車も同様です。
そうなった場合、まだ使える箇所は部品として再利用されますが、その後はほとんどがスクラップ処分されるといいます。そのスクラップ処分を免れた一部のクルマが、NTCのような射場内で標的にされたり、演習場の雰囲気作りのためのモニュメントとして置かれたりしています。

朽ちた装輪装甲車の残骸(武若雅哉撮影)。

NTCの敷地は広大(武若雅哉撮影)。

戦車の廃車も置かれている(武若雅哉撮影)。
これらのクルマは、全ての燃料やオイルなどがキレイに抜かれた状態で設置されています。なぜならば、NTCの敷地はそのほとんどが、アメリカの国立公園に指定されているからなのです。

装甲化された汎用車両「ハンヴィー」、標的として最後の奉公(武若雅哉撮影)。

何なのか判断できない装軌車。背後に日本の90式戦車が見える(武若雅哉撮影)。

比較的最近、置かれたと見られる装輪装甲車(武若雅哉撮影)。
ちなみに、もしオイルを漏らしてしまった場合には、レンジ・コントロールというNTCの管理組織に通報して、地面に染み込んだオイルを油圧ショベルで土壌ごとすくい上げ、環境汚染の防止処置を施すということです。ただし、訓練で使用する火薬や砲弾の破片などに関しては、特に清掃している形跡はなく、その理由については教えてもらえませんでした。
ときには爆破されることも…?こうして放置されているクルマのなかには、経年劣化や射撃の標的となって朽ち果てているものもあれば、まだなんとか原型を留めているものもあります。
これらの廃車は、標的として設置するほかにも、中に爆弾を模した火薬を仕込んでおいて、車列を組んで行進する部隊が通過する際に爆発させることもあるとのことでした。
ただ単に置いてあるだけだと思ってた廃車が突然爆発するのですから、訓練部隊は常に気を張っていなければならず、これらの廃車は厳しい訓練環境を作るために、ひと役買っているそうです。

訓練期間中、場内の町には民間人役の「ロールプレイヤー」が生活し訓練支援する(武若雅哉撮影)。

簡易的な流し場で食器を洗うロールプレイヤーの女性。ここには普通の生活環境が整っている(撮影:武若雅哉)。

ロールプレイヤーの住環境。肩紐状のものは誤射された時に反応する「マイルス」という装置(撮影:武若雅哉)。
余談ですが、演習場の中にはいくつかの「想定された町」があります。これらの町はおもに廃コンテナを利用して作られていて、実際に「ロールプレイヤー」と呼ばれる数十人の民間人が10日間の訓練期間中、この町で生活をしています。
なかでも最大の「ラディシュ」という町には、車体がFRPで履帯(いわゆるキャタピラー)が発砲スチロールで作られた実物大の戦車が置いてあります。非常によくできていて、壊れた履帯も見事に再現されているのですが、近寄ってみるとFRPの繊維が見えていました。
なぜ本物の戦車も置いてあるのに、これだけ偽者なのでしょうか。
アメリカ陸軍最高峰の訓練施設であるNTCには、こうして廃車になった軍用車も、施設の中でいつまでも“大切”に使われているのです。
【写真】フェイクのほうがレアかも 作りものの戦車

廃車とはいえ本物の車両ばかり置かれている演習場のなかに、なぜか完全に作りものの戦車のオブジェ。写真中ほどの、オレンジ色の壊れた履帯も実は軽い発泡スチロール製(武若雅哉撮影)。