西武池袋線の江古田駅は「えこだ」、対して都営大江戸線の新江古田駅の江古田は「えごた」と読みます。地名としては「えごた」が正しいようですが、なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。

「西武と都営」「練馬と中野」の構図も

 西武池袋線の江古田駅は「えこだ」と読みますが、都営大江戸線 新江古田駅の江古田は「えごた」です。およそ600m程度しか離れていない両駅、なぜ読み方が異なるのでしょうか。

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西武池袋線の江古田駅。読みは「えこだ」(2019年6月、乗りものニュース編集部撮影)。

 西武線の江古田駅は東京都練馬区旭丘に、大江戸線の新江古田駅は中野区江原町にあります。練馬区には江古田駅周辺を含めて「江古田」という地名はありませんが、中野区には江原町に隣接する形で「江古田」の地名が存在し、「えごた」と読みます。

 地名ではないとはいえ、練馬区側の江古田駅周辺では、商店街の名前や、銀行の支店名まで広く「江古田」が使われています。それらの読み方はやはり「えこだ」。練馬区内に江古田キャンパスを構える武蔵大学や日本大学芸術学部のOB・OGに聞いても、江古田駅周辺ではもっぱら「えこだ」と呼ぶと口を揃えます。

 対して中野区側ではマンション名などでも「えごた」の読みが見られ、西武線の江古田駅から新江古田駅、そして中野区の江古田地域をつなぐ「江古田通り」も、1本の道であるにも関わらず練馬区では「えこだどおり」、中野区側では「えごたどおり」と読むなど対照的です。

 中野区江古田にある中野区立歴史民俗資料館によると、「地名としては昔から『えごた』で、中野区では『えごた』としか認識していません」とのこと。一帯はもともと「江古田原(えごたはら)」と呼ばれ、15世紀の文書にもその地名が見られるそうです。

練馬の「えこだ」は駅名から広まった?

 実は練馬区の江古田駅周辺も、かつての地名は「江古田」でした。もともとこの地域は「江古田新田」と呼ばれた「江古田」の分村で、江古田駅のある練馬区旭丘も、1960(昭和35)年までは「江古田町」という名だったのです。ただし、練馬区の歴史資料館である石神井公園ふるさと文化館によると、この読みは「えごたちょう」とのこと。

「練馬区内でも、練馬の『江古田』も含めて『えごた』と呼ぶ人は少なくありません。『えこだ』の呼称は、西武鉄道の駅名から広まっていった可能性が高いでしょう」(石神井公園ふるさと文化館)

 西武鉄道によると、江古田駅は大正時代に開業した当初から「えこだ」だったそうですが、「明確な資料は残っていないものの、もともと練馬側で『えこだ』と呼ぶ傾向があったため、駅名もそのようになったそうです」とのこと。中野区歴史民俗資料館も、「中野区側の江古田の本村と区別するため、『えこだ』と呼んでいたと聞いたことがあります」といい、石神井公園ふるさと文化館によると、「江古田町」から「旭丘」への改称も、中野区の江古田と区別するためだったそうです。

江古田は「えこだ」「えごた」? 西武と都営で異なる駅名の読み、なぜそうなった

都営大江戸線の新江古田駅。読みは「しんえごた」(2019年6月、乗りものニュース編集部撮影)。

 練馬区の「江古田」は江戸時代には豊島郡に、中野区の「江古田」は多摩郡に属するなど、両地域は距離としては比較的近いものの、行政区域は異なっていました。そうしたなかで、練馬側の「江古田」が慣習的に「えこだ」と呼ばれて中野側の江古田と区別され、駅名にもそれが反映されたことで、広く定着していったのかもしれません。

 ちなみに、「えこだ」「えごた」の違いは鉄道の駅名だけでなく、バス停名でも見られます。たとえば、西武線江古田駅の南側にある国際興業バスと都営バスの「江古田二又」バス停は練馬区内に位置しますが、国際興業バスでは「えこだふたまた」と読むのに対し、都営バスは「えごたふたまた」と読みます。

【地図】練馬の「えこだ」と中野の「えごた」の位置

江古田は「えこだ」「えごた」? 西武と都営で異なる駅名の読み、なぜそうなった

江古田駅は練馬区旭丘、新江古田駅は中野区江原町に位置する。かつて旭丘は練馬区江古田町を名乗り、江原町は中野区江古田の一部だった(国土地理院の地図を加工)。

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