潜水艦はとても機密が多く、特に静粛性については各国ともリソースの多くを割いて研究しています。そのなかで、実はスクリューと同じくらい静粛性に直結する重要な装備のひとつに錨(アンカー)があります。
潜水艦も艦船である以上、港や泊地で休憩や補給を受けます。当然、そうしたときは潜水艦も錨を降ろしているのですが、錨を揚げる光景はほぼ見られません。なぜかというと、それは潜水艦の錨は最も目立たないところにあるからです。
桟橋に停泊中の海上自衛隊の潜水艦。潜水艦の錨は艦底にあるため、普段は見えない(2019年2月、柘植優介撮影)。
潜水艦で最も目立たないところ、それは艦底です。潜水艦は停泊時も艦体の3分の2は水面下にあります。ということは海水につかっているところは見えておらず、その中で最も深い場所である艦底に錨があるため、普段目にすることがないのです。
なぜそのような場所にあるのかというと、錨の収納場所と形状が水中速力と静粛性に大きく直結するからです。
潜水艦の場合、仮に水上艦艇と同じように錨を艦体左右へ装備していたとすると、錨の爪や収納用のくぼみが水流を乱れさせて水の抵抗を生み、速力低下の要因や水中雑音の発生源となります。
なるべく水流を乱さないかたち、そして潜水艦にとって最も合理的な場所ということで、艦底にくぼみを設けてそこにきれいに錨が収まるようにしています。また形状も、艦底に綺麗に収まるよう、あえて爪のないシンプルな円形としており、その形状から「マッシュルームアンカー」と呼ばれます。
ただし、このような形状から海底の把駐力、いわゆる係留する力は通常のかぎ爪付きの錨と比べて低いです。
潜水艦の錨の形状は国家機密潜水艦は、第1次世界大戦と第2次世界大戦の2度の大戦で大きく進化しましたが、1950年代初頭までは、あくまでも「潜水航行が可能な船」でしかなく、潜水可能時間は限りなく短いものでした。また速力も、浮上して航行する方が圧倒的に速く、これらの理由から潜る必要がない場合は浮上航行していました。

海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)に屋外展示される「あきしお」の主錨。かぎ爪がなく円形なのが特徴(2019年2月、柘植優介撮影)。
そうした理由もあってか、1950年代中ごろまでに建造された潜水艦のほとんどは、水上艦艇と同じく、かぎ爪の付いたU字型の錨を用いており、格納場所も水上艦艇と同じく艦体の前方左右にあるくぼみでした。
しかし第2次世界大戦において、音で水中を調べる、いわゆるソナーが実戦投入され、大戦後に飛躍的な発展を遂げる一方、連続して潜航が可能な原子力潜水艦が実用化されると、潜水艦の静粛性は、それまで以上に重視されるようになりました。
こうして、錨の装備位置や形状が見直され、水中雑音の低減が考慮されるようになったことで、現在のように錨の形がいわゆるマッシュルーム型となったのです。
海上自衛隊の潜水艦では、1960(昭和35)年6月に就役した初代「おやしお」は通常のかぎ爪付きの錨でしたが、2年後の1962(昭和37)年6月に就役した次級の「はやしお」で初めて「マッシュルームアンカー」が採用され、以後、海上自衛隊の潜水艦はすべてこの形状としています。ただしその詳細な形状は、秘匿されています。