地方の大学では、学生のマイカー通勤に悩むケースがしばしば見られます。駐車場不足だけでなく渋滞やマナーの面で地域とのトラブルにもつながる問題に、路線バスの格安フリーパスで対応した筑波大学のケースなどを見ていきます。
日本国内の大学は、平成初期から進められた規制緩和によって30年で約6割も増加し、学部の増加もあって学生数が大幅に増えています。そうしたなか、地方にキャンパスを構える大学では、学生の「マイカー通学」に悩むケースがしばしば見られます。
多くの学生がマイカーで通学すれば、周辺地域に渋滞を起こしやすいうえ、学生用の駐車場も限られているため、ほとんどの大学でマイカー通学は推奨されていません。学内の駐車場は事情がある学生のみ(たとえば身体的事情や遠距離通学など)の許可制、あるいは抽選制というところもあり、駐車場を確保できなかった学生の一部が大学近くで無断駐車トラブルを引き起こすケースもしばしば聞かれます。
このように、マイカー通学は学生個人の責任にとどまらず、周辺地域と大学との関係を悪化させることにもつながります。近年では、近隣の道路が狭い神戸大学のように、マイカー通学を原則許可しないケースも増えました。
筑波大学構内を走る関東鉄道の路線バス(2015年9月、宮武和多哉撮影)。
大学も手をこまねいているだけでなく、たとえばキャンパス内への路面電車延伸を目指す富山大学のように、「クルマに頼らず通える大学」を目指すところもあります。そのなかで、大学と一般路線バス事業者がタッグを組んで、バスの利用増と交通量の削減に成功した筑波大学 筑波キャンパス(茨城県つくば市)の事例を見てみましょう。
「バス天国」筑波大 秘密は「格安乗り放題パス」9つの学部に相当する「学群」を擁する筑波大学は、学生、関係者あわせて約2万人が在籍しています。南北に5kmほど伸びる広大なキャンパスの外周道路では、構内を循環する右回り、左回りの系統をはじめ、1時間あたり10本ほどのバスが運行されるため、大して待たずに乗車できます。ただし2020年4月現在は、新型コロナウイルスの影響により大学が休学しており、バスも休日ダイヤでの運行や終バス繰り上げなどの措置がとられています。
これらキャンパス内を経由するバスは、鉄道の最寄り駅であるつくばエクスプレスのつくば駅や、キャンパス内にある東京直通高速バスの終点(筑波大学バス停)から目的地への輸送だけでなく、構内に点在する学生宿舎からの通学や講義棟の移動にも使われるため、短距離の乗車もかなり多いのが特徴です。

筑波大学構内に乗り入れる東京駅直通高速バス「つくば号」ジェイアールバス関東担当便(2015年9月、宮武和多哉撮影)。
有料の一般路線バスであるこれらを、学生がここまで気軽に利用している背景には、筑波大学の関係者のみに発売されている、年額9500円の「フリーパス」があります。既存の学生証にステッカーを貼り付けるだけの、いたってシンプルな仕様のこのフリーパスは、通常の乗車が1回260円なので、年間20往復、雨の日だけの利用でも十二分に元がとれるものです。新入生は入学して、とりあえず購入しておくという感覚のもののようです。
もっとも、かつてはこのようなバスが、無料で運行されていた時期もあります。
1970年代の開学した頃に運行されていた「学内バス」は関係者専用で、運行範囲が学内のみであったことや、本数の少なさもあり、無料にもかかわらず利用者は1便あたり平均11人と伸び悩んだそうです。大学周辺は、もともと新交通システムの建設が想定されるほど人口の伸びしろが見込まれており、実際に開発が進むにつれ、渋滞が悪化していきました。そして平成に入り、大学の独立行政法人化で人員の削減を求められたこともあり、筑波大学単独で無料バスを維持できなくなったのです。
有料化でむしろ便利に 格安の背景に「大口特約一括契約」無料バスの代替として、並行する一般の路線バスに学生が格安で乗車できるシステムが必要とされていましたが、その割引率をめぐって、バスを運行する関東鉄道のみならず、「極度な割引は一般路線バスとして公正ではない」とする関東運輸局との交渉も難航を極めました。
最終的には、大学が関東鉄道へ5000万円を支払い、定期券6000枚を一括購入する「大口特約一括契約」という全国でも例を見ない措置により、2005(平成17)年のつくばエクスプレス開業とともに、現在の形態の「筑波大学キャンパス交通システム」が運用を開始しました。なお、関東運輸局に対しては、関東鉄道が筑波大学以外の組織にも「大口特約一括契約」に応じるとし、公平性を担保しています。

つくば駅隣接のバスターミナル「つくばセンター」までも、フリーパスで利用可能(2016年8月、宮武和多哉撮影)。
こうして誕生した「キャンパス交通システム」のフリーパスは当初、学生4200円、現在の半額以下という破格の価格設定でした。告知不足もあって初年度の売上は3000枚以下と伸び悩んだものの、翌年には倍増するなど、着実に利用者を増やします。背景には、「新入生向けに配る不動産案内一覧の、バス停に近い物件へ赤丸をつける」など、大学関係者の地道な努力もあったそうです。無料バスを直接運営していたころに年間7000万円かかっていた経費も、6割以上削減できたのだとか。
また、筑波大学周辺の一般路線バスにおける学生利用の定着は、思わぬ効果を生みました。バスを利用する学生は、講義が終わったあと、夜に営業する店舗も多いつくば駅周辺へ出かける傾向があるそうです。そのように地域へ利益をもたらしたほか、マイカー通学の抑制により渋滞の減少につながったうえ、さらにキャンパス内の二酸化炭素排出量も1割以上、減少したそうです。
好循環を生む大学の交通改善 さらに進化筑波大学における「キャンパス交通システム」の効果は、地域に好循環をもたらすだけでなく、他地域にも活かせる研究事例として、交渉過程も含め詳細に記録されています。人が過ごしやすい街をつくる「社会工学」が研究に含まれる大学にとっては、良い「ケーススタディ」(実際の事例からの学び)であると言えそうです。
そしていま、各地の大学で交通の改善に向けた取り組みが進められています。筑波大学以上に広い福岡市の九州大学 伊都キャンパスでは、AI(人工知能)を活用し、乗降リクエストに対して効率的な車両やルートを自動的に算出して運行するデマンドバスが導入され、乗車率の向上などにつながっているそうです。
余談ですが、「広大なキャンパス」と聞くと、北海道大学、とりわけその札幌キャンパスを想像する人も多いでしょう。その面積は東京ドーム38個分という広大なものですが、実験用の農場などを除くと、キャンパス内の実質的な移動距離は存外短く、関係者は無料の構内バスで移動できるそうです。ただ、札幌駅から1kmほどの立地にもかかわらず冬場の降雪や吹雪は凄まじく、「キャンパスで遭難」しそうになることもあるのだとか。なおキャンパス単独の面積では、前出の九州大学 伊都キャンパスが北海道大学 札幌キャンパスを上回っています。