NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。

本作で蔦重の妻・ていを演じているのは、今回が4度目の大河ドラマ出演で、3度目の主人公の妻役となる橋本愛。対立から始まった蔦重との関係は、本に対する思いが共鳴して夫婦となり、次第に絆を深め、視聴者からも“おていさん”の愛称で親しまれている。その舞台裏を語ってくれた。

-大河ドラマで主人公の妻を演じるのは、「西郷どん」(18)、「青天を衝け」(21)に続き、3度目となりますが、オファーを受けたときのお気持ちはいかがでしたか。

 再びご縁をいただけたことがうれしかったです。大河ドラマほど長期にわたる作品はほかにないので、役柄に対する愛情の深さが段違いなんです。今まで演じた役はどれも大好きで、未だにその魂が残っていると日常の中で感じるくらい、強く刻まれています。ただ、今回は3度目の主人公の妻役ということで、視聴者の皆さんから飽きられるのでは…という心配もありました。そのため、今までとは異なる印象にしたいと考えると同時に、「主人公の妻役は最後」というくらいの覚悟で臨むつもりでいました。

-登場したおていさんは、視聴者から好評を持って迎えられましたが、反響をどのように受け止めましたか。

 安心しました。私も第1回から見てきて、この世界観に受け入れてもらうのは難しいのでは…と覚悟していたので。

でも、森下(佳子/脚本家)さんの脚本の妙に加え、おていさんを愛すべき人として描いてくださったおかげで、誠実に演じたことが視聴者の皆さんにも伝わり、うれしかったです。

―特に印象に残った反響はありますか。

 第26回で、出家しようとお寺に向かったおていさんを追ってきた蔦重が止め、2人が心から結ばれたとき、皆さんが「よかったね」と声を掛けてくださったことが、すごくうれしかったです。また、第24回でおていさんが和尚さんと会話する場面は、おていさんが自ら身の上を語る唯一の機会だったので、「すべてを懸ける」くらいの気持ちで臨みました。それが伝わるか不安でしたが、前回登場したばかりにもかかわらず、視聴者の皆さんが「かわいそう」「報われてほしい」と、まるで今までの人生を共に見てきたかのように反応してくださって。それもうれしかったです。

-蔦重に出家を止められ、2人が心から結ばれたシーンは印象的でした。そのときのおていさんはどんな気持ちだったのでしょうか。

 おていさんは、子どもの頃からずっと自分で自分に「つまらない人間」というレッテルを貼って生きてきたと思うんです。にもかかわらず、蔦重さんは「つまんねえって思ったことねえですぜ」と、コンプレックスだった部分をある種の才能と認め、人生を丸ごと肯定する言葉をかけてくれた。それが、心からうれしかったと思うんです。その上、「この人ならこの先、山があって谷があっても一緒に歩いてくれんじゃねえか。

いや、一緒に歩きてえって」とまで言ってくれたのは、これ以上ない喜びだったのではないでしょうか。

-そんな魅力的な蔦重を演じる横浜流星さんの座長ぶりはいかがでしょうか。

 横浜さんは、蔦重さんをどう演じるか、常に誠実に真面目に考えていらっしゃいます。そういう空気がスタッフやキャストにも伝播し、しっかり取り組もうという空気感が現場全体に生まれています。同時に、空き時間には共演者やスタッフの皆さんと冗談を言い合うなど、横浜さんが空気を和ませてくださっていると感じることも多くて。無理はしないでほしいと思いつつ、自分の限界を知った上で振る舞っている気もするので、すごい方だなと。しかも、とてもフラットな方なので心強く、私自身も助けられています。

-おていさんを魅力的に描く森下さんの脚本の印象はいかがですか。

 男性のために機能する存在ではなく、女性の主体的な人生を描いてくださるところが、森下さんの脚本の魅力です。私自身も、誰かをサポートする役回りであっても、常にその人自身の生き方をお芝居に反映させることを意識しています。ただ、当時の時代背景を鑑みると、「妻」という立ち位置上、おていさんの主体的な生き様を描くのは、瀬川(小芝風花)や誰袖(福原遥)に比べて難しいのでは…と思っていたんです。でも、脚本を読んでみたら、1人の女性としておていさんがより強く、さらに幹が太くなって自立していく様子がしっかりと描かれていて、うれしくなりました。

-登場人物が年齢を重ねて変化していくのは大河ドラマの特徴ですが、おていさんの変化を表現する上で心がけていることを教えてください。

 常に心がけているのは、声と姿勢です。年齢を重ねたお芝居をするとき、いつも思い出すのが、樹木希林さんの言葉です。30代からおばあちゃん役を演じられてきた希林さんは、「役者はいつも背中から曲げるけど、違うの。腰なのよ」とおっしゃっていたんです。だから、私も腰を意識しています。ただ、おていさんはまだ若いので、そこまではいかないかもしれません。その代わり、年齢と共に落ち着きが出て肩が丸くなると共に重心が下がり、どっしりとした雰囲気になる気がしています。

-声はどのような点を心掛けていますか。

 声は、今でも徐々に変化していっています。初登場の頃は、それまで女郎たちと触れ合ってきた蔦重さんと向き合う上で、「こんな人とかかわったことがない」と思わせるように、色香を消し、硬くて低く、迫力のある声を意識していました。その頃に比べると、今は柔らかさも出てきていると思います。

いずれは、蔦重さんのユーモアに影響され、茶目っ気が出てくる部分もあるのかな…と思いながら、色々と試行錯誤しているところです。

-ユーモアといえば、第28回の「お口巾着」の場面がチャーミングで、視聴者からも好評でしたね。

 あのお芝居は台本通りですが、こんなシリアスな展開の中でやるのかと驚きました(笑)。でも、笑わせようとするのではなく、真面目なおていさんが真面目にやるからこそ生まれる面白さもあるのかなと思いながら演じました。

-読書家の橋本さんにとって、おていさんに共感する部分はありますか。

 おていさんは、第24回でつぶれた店に残った本をお寺に無償で提供した際、「子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものになれば、本も本望、本屋も本懐」と和尚さんに語っていました。それは、「書を持って世を耕す」という蔦重さんの信念にも通じます。私自身、本やテレビドラマ、映画などのエンターテインメントに人生を豊かにしてもらい、「恩」のようなものも感じているので、まさに実感を伴った言葉でした。また、エンターテインメントには社会を変える力があると心から信じ、作り手の1人として常に、その力を雑に扱うべきではないと覚悟と誠意を持って作品に取り組んでいるつもりです。そういう部分は、本に向き合うおていさんの気持ちと共鳴する気がします。

-今後、寛政の改革が始まると、蔦重にとって試練の時代が訪れるようですが、蔦重と共に歩むおていさんをどのように演じていこうとお考えですか。

 寛政の改革と共に出版統制が強まると、事態に向き合うおていさんと蔦重さんの間で意見が分かれるようになります。

ただ、それで離れていくのではなく、異なる意見を持つからこそ、ぶつかり合うことで関係がさらに深まり、夫婦の関係は“阿吽の呼吸”とでもいうべきステージにたどり着きます。そんな2人を皆さんがどのように受け止めてくださるのか楽しみにしつつ、おていさんの信念を大事に演じていくつもりです。

(取材・文/井上健一)

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