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「イニエスタが合わせてくれる」。より強固になった同僚との信頼...の画像はこちら >>
 J1リーグ第8節、札幌ドーム。ヴィッセル神戸は敵地で、北海道コンサドーレ札幌にペースを握られていた。
ボールの出しどころがなく、ビルドアップすらままならない。テンポのいい攻撃で先制点を奪われた後、同点に追いつけたのは僥倖で、手詰まり感があった――。

 前半44分、アンドレス・イニエスタは魔法の杖を振っている。

 攻めあぐねるチームを見かねて、イニエスタはトップ下からバックラインまで下がる。ボールを受ける前、盛んに首を振っていた。情報を収集し、的確なプレーを"検索"。
右サイドで西大伍が走り出した瞬間、ロングキックのフォームに入り、走り込んだ地点に落下させる精度の高いパスを送った。これで入れ替わった西が、ドウグラスにラストパスを送り、逆転弾を押し込んだ。

 イニエスタは、ほとんど何もないところから得点シーンを演出した。次元を超えた存在は、いま神戸で何を生み出しつつあるのか。

「アンドレスとのタイミングは、(昨シーズンより)合ってきていますね。自分たちは、アンドレスに合わせようと必死ですが......」

 そう語るのは、神戸のセンターバックとして4年目になる渡部博文だ。
柏レイソルベガルタ仙台、そして神戸とJ1を舞台に戦い続け、2度の天皇杯優勝、ヤマザキナビスコカップ優勝などを経験。今シーズンも、アジアチャンピオンズリーグを含めて7試合に出場している。

「なにより、アンドレスが自分たちに合わせようとしているのが、大きいと思います。本当は、ダイレクトで出せるところなのに、2タッチで出すことで自分たちの動きに合わせてもらっているというか......。周りの力量とかを見て、パスを調整してくれていますね。バルサ時代のジョルディ・アルバへの浮き球のタイミングとかを改めて(映像で)見たりすると、合わせてくれているんだな、と実感しますよ」

 イニエスタは、神戸の選手たちの指南役になっている。


 たとえば冒頭のシーンで、西はボールを受けるために猛然とダッシュしているが、そこには何の迷いもなかった。各選手がイニエスタの感覚と技術を信頼し、動き出せているのだろう。それによって、プレーが修正、改良され、試合中にも全体のプレーが改善し、勝利を得られている。そして勝利によって、選手は自信を増幅させているのだ。

「アンドレスには、練習から当たることすらできない。どうやったら、そんなプレーができるのか。

よく見るようになったし、考えるようになった」

 チームメイトたちは口をそろえるが、それは至高のサッカーレッスンだ。

 イニエスタの影響を一番受けているのは、昨年、日本代表にもデビューしたFW古橋亨梧だろう。

 古橋は、持ち前のスピードと裏を取る感覚の鋭さが、イニエスタのプレーによって研ぎ澄まされている。正しいタイミング、正しいコース、正しい強度でパスが出てくる反復によって、シューターとしての精度が目に見えて上がってきた。ほとんど不可能な状況でも、一瞬で裏を取ってボールが出てくるだけに、ひらめきまで得られるのだ。

「アンドレスは絶対にボールを失わないから、信じて全力で走れる」

 昔、バルセロナのFWとして活躍したサミュエル・エトーはそう語っていた。
その信頼関係によって、ゴールを量産していた。

 今もイニエスタと周りの選手の関係性は変わらない。FWだけでなく、ディフェンスは安心してボールを預けられる。中盤の選手は積極的に連携し、次のプレーでアドバンテージを取れるのだ。

<イニエスタとプレーすることで、誰もがサッカーがうまくなる>

 それはもはやひとつの真理だ。

「アンドレスがどうしてボールを持ち運ぶのか、それが少しだけわかってきました」

 渡部は言う。


「運ぶことで、周りの選手のマークが外れるんです。それで周りはボールを受けられる。だから他の攻撃的選手のように、アンドレスは『動けよ』みたいなストレスを周りにぶつけない。自分を動かして、周りを動かすんですよ。おかげで自分も、センターバックとして勇気を出して前に運ぶことにチャレンジできるようになりました。今までとは違った景色が広がってきていますね」

 8月8日、ノエビアスタジアム神戸。J1リーグ第9節、9位の神戸は15位のベガルタ仙台を迎える。勝てば一気に上位争いに食い込めるはずだ。

 イニエスタは、次にどんな魔術を見せるのか。