スーパーGTとデザイン
後編「レースならではの工夫」

スーパーGTの2022シリーズが開幕した。数多くのマシンのなかで特に目立っているのが、ゼッケン番号4のグッドスマイルレーシング(GSR)だ。

バーチャル・シンガー初音ミクをあしらったデザインの"痛車"で「初音ミクGTプロジェクト」と題して参加。カラーリングデザインの工程を具体的に聞いた前編に続き、後編ではマシンデザインならではの工夫や難しさについて、GSRの担当デザイナーに聞く。また、人気を誇るレースクイーンのコスチュームデザインについても紹介する。(前編「"初音ミクマシン"ができるまで」から読む)

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側...の画像はこちら >>

グッドスマイルレーシングの2022年版のマシン。一瞬で目の前を通り過ぎるマシンのカラーリングにはインパクトが求められるという

レース中の写真映えがポイント

「マシンのデザインで心がけているポイントはふたつあります。まず、止まっている時だけでなく、走っている時にもカッコよく見えるということです。もうひとつは、(初音ミクのレーシングバージョンである)レーシングミクのイラストが毎年変わるので、その年のキャラクターのイメージをマシン全体で表現することです」

 GSRのカラーリングデザインを手掛けるグッドスマイルカンパニー・デザイン部の八塚悠輔さんはそう語る。

過去に、デザインしたマシンがサーキットを走行している姿を見て、イメージと異なっていた経験があるという。

「サーキットでは多くのファンがマシンを撮影してSNSにアップしてくれますので、"写真映え"することも考えてデザインしていました。それで昨シーズンはボディにキラキラのラメシートを使ったのですが、実際にサーキットでマシンを見るとキラキラした部分がただ白く見えていました。カメラ好きなファンからは写真が撮りにくいという意見も聞かれましたね。

 観客席からレースを見てみると、レーシングカーは想像を超える速さで目の前を通過します。ボディ全体にしっかりと色をつけて、一瞬でもっと強いインパクトを残すデザインが必要だと思いました。
そういった反省から、今季のマシンはボディ全体にグリーンを敷いて、走行中でも見分けやすいデザインを狙いました」

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」

1月の東京オートサロンで発表されたグッドスマイルレーシングの新カラーリング

カッコよさと性能担保のせめぎ合い

 GSRが使用するレーシングカー、Mercedes-AMG GT3のボディパネルは、屋根を除いてすべてカーボン製で色は黒。そこに印刷したステッカーを貼ってデザインを実現していくが、ステッカーの層が多ければ当然重量が増え、重ね張りを施した箇所は空気抵抗も上がる。レースはコンマ1秒の差が勝負を決する世界。八塚さんはマシンのパフォーマンスにできるだけ影響を与えないよう、重ね張りを極力しないことも意識した。

「複雑なデザインにすると3層、4層と重ねて貼らないと実現不能な箇所が出てしまいます。カッコよさだけを考えれば、何層貼りかなんて考えずにデザインしたいところですが、レーシングカーとしての性能が落ちてしまったでは本末転倒ですからね」

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」

マシンの曲線や凹凸を踏まえながらカラーリングデザインを固めていく

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」

GSRドライバーの谷口信輝選手

 八塚さんの普段の業務は、グッドスマイルカンパニーの主力商品であるフィギュアのパッケージや販促ポスターなど、主に平面に出力するデザインを手掛けている。しかし、レーシングカーのカラーリングデザインは、「複雑な立体なので、表現したいことを実現する方法を考えながらデザインするところが難しい」と説明する。


「レーシングカーのボディは全体が曲線で構成されていますし、冷却のための穴が開いていて微妙な凹凸があったり、写真だけはわからない部分が多くあります。実際にマシンを見て、自分の手で触れて、ボディの形状を十分に理解してからデザインしていきますが、それでもコンピューターの画面上でデザインしていると、頭の中でうまくイメージしきれないことがあります。たとえば、マシンのサイドに1本ラインを入れるだけでも、本当にきれいにつながっていくのかがわからなくなるのです。そのため、常にプラモデルのボディを手元に置いて、実際にペンでラインを引いてみて、きちんとつながるのか、きれいに見えるのかと検証しながら作業を進めています」

 さまざまな苦労の末に完成した2022年のカラーリング。八塚さんは「前年からイメージを一新するのはすごくハードでしたが、何とかやり遂げることができました」と充実した表情で語っていた。

コスプレとは別物のレースクイーン衣装

 マシンと並んでファンの注目を集めているのは、チームのレースクイーンユニットであるレーシングミクサポーターズ、通称「ミクサポ」の4人。

ミクサポはその年のレーシングミクのデザインをベースにしたコスチュームを着用する。そのコスチュームの制作進行を担当しているのが、グッドスマイルレーシングスタッフの宮本あゆみさんだ。

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」

ミクサポメンバーの4人。左から、荒井つかささん、美桜さん、涼雅さん、相沢菜月さん

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」
 コスチューム制作がスタートするのは、レーシングミクのキービジュアルが完成直後。シーズン開幕の前年夏頃だ。宮本さんはレースクイーンのコスチューム制作のポイントをこう語る。


「今年のミクサポのコスチュームは、アイドルなどのステージ衣装を多く手がける会社(オサレカンパニー)にお願いしました。コスチュームは、キャラクターの再現だけが目的のコスプレ衣装と違い、サーキットでのさまざまな気象条件下で1シーズンを通して着用され、しかも動き回ることを想定した機能性と耐久性が求められます。そのうえで、イラストの再現性や、ミクサポメンバーのカワいさ、スタイルを最大限に生かすことなど、複数の要件をバランスよくデザインしていきます。

初音ミク仕様のGTマシンとレースクイーン衣装のデザインの裏側。「根っからのオタクなので完全再現したいのですが……」

初音ミクのレーシングバージョン「レーシングミク」2022年版イラスト

 たとえば、今季のレーシングミクは上下オールインワンのコスチュームが特徴ですが、このタイプの服は体型がはっきりと出るので、どんなにスタイルのいい人でもイラストのように見せるのは困難。さらに着脱のしやすさにも難があります。そこで、見映えとサーキットでの機能性を考慮して、実際のコスチュームはセパレートにしました。
私は根っからのオタクなのでイラストを完全再現したい気持ちが強いのですが、いつもこのバランスに悩んでいます」

 昨年末に開催されたチームの体制発表会での初お披露目以降もコスチュームの改善が続いたそうだ。

「採寸から完成まで、何度もフィッティングをして着やすさや動きやすさを確認しながら仕上げてきました。体制発表会で初めてお客さんの前で着用してもらい、年明けの東京オートサロンでも着て、撮影会などの活動をしてもらいました。この2回の着用で改善点を洗い出し、製作会社の方と一緒に試行錯誤しながら調整を進めてきました。初お披露目の時とは少しデザインが変わりましたが、最終的にはもとのイラストの雰囲気を残しつつ『カッコカワいい』コスチュームにできたと思っています。ご覧いただいたみなさんの感想が楽しみです」

 妥協なく改善して進化させていく。レースクイーンのコスチュームも、マシンのカラーリングも、コース上を走るレーシングカーも、その手法は共通している。レースでの激しいバトルだけではない見どころがスーパーGTには溢れている!

(終わり)