【短期連載】令和の投手育成論 第11回

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 日本で"最も厳しい"野球チームはどこか?

 球界関係者がそう聞かれたら、おそらく多くが亜細亜大学を思い浮かべるだろう。実際、井端弘和(元中日)や赤星憲広(元阪神)などプロに巣立ったOB自身もそうしたコメントを残している。

 絶望、軍隊、地獄──。

 グーグルで「亜細亜 厳しい」と検索ワードを入れると、過激な文言がいくつも飛び込んでくる。

「みんな、『亜細亜は根性論だ』と言いますよね。そういうイメージがついている。知らないだけなんですよ。僕は新しいことをすべて取り入れていますから」

 生田勉監督がそう話すように、今春の東都大学リーグを制した強豪を支えるのは根性論だけではない。

東京都西多摩郡にある日の出寮を訪れると、"新しい"部分が見えてきた。

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昨年リニューアルされた亜細亜大野球部員が生活する日の出寮

野球部寮に新設された動作解析室

 象徴が、昨年リニューアルされたこの寮だ。日の出キャンパスは2020年から約50億円の予算をかけて3カ年計画の工事が進められており、野球部の拠点は1期目に完成した。全面ガラス張りのクラブハウスは、密室になりがちな部活動に"透明性"を持たせようという生田監督の発案だ。プロ球団にも劣らないほどモダンで、テレビ付きのサウナや日焼けマシン、「ラクリス」という1台250万円するという筋膜トリートメントの機械が2台ある。すぐそばのトレーナールームには初動負荷トレーニングの専用マシンが4台設置された。

 体を整えるばかりではない。

生田監督が誇らしげに語る。

「寮の2、3階にもみんなが自由にくつろげるスペースがあり、スイッチをひとつ押せば次の対戦相手の映像を見られます。マネージャーが有能で全部やってくれるんですよ」

 日の出寮がリニューアルされた際、新設されたのが動作解析室だ。自動弾道測定器の「ラプソード」やヒジのストレスを測る「パルススロー」などで採取したデータをマネージャーたちが分析する。陣頭指揮を任されるのが現在2年生で、常総学院高校時代に生田監督がひと目惚れした大出彩斗だ。

「高校のコーチに『分析系もやってみたら面白いんじゃないか』と話をされたのが、動作解析に興味を持ったきっかけです。

常総に『テクニカルピッチ』がきた時に始めて、どんどんのめり込んでいきました」

 名門・常総学院で初めて男子マネジャーを務めた大出と、「機械は苦手」と言う生田監督の最初の"共通言語"はテクニカルピッチだった。ボールにセンサーが内蔵され、球速や回転数、回転軸などを計測できる器具だ。

 2018年から大学日本代表を率いた生田監督は、筑波大学の准教授で動作解析の第一人者でもある川村卓監督に協力を仰ぎ、テクニカルピッチを選考に活用した。

「陸上(競技)には公認記録や何秒以内という選考基準がありますよね。野球も球速145キロ以上とか回転数、ヘッドスピード、塁間のタイムとか細かい基準がないと、『なんでこの選手を全日本に選んだの?』と言われた時に答えようがないんです。

 僕らは経験があるからブルペンやバッターボックスで見て、『球がビュッて来ていた』とか『横から見たらボックスの中で差されていた』とわかります。

でも表現が曖昧というか、個人によって違いますよね。数字で残すにはそういう道具がないとわからないので、テクニカルピッチを試しました」

 当時の大学日本代表には甲斐野央(現・ソフトバンク)という球速150キロ台を連発する剛腕投手がいた。それを差し置き、スピードで劣る伊藤大海(現・日本ハム)を守護神に抜擢したのは根拠があった。

 9回、僅差のリードで絶対に逃げきらなければいけないような場面では、三振奪取力が求められる。走者のある場面でゴロを打たれると、エラーの可能性が生じるからだ。甲斐野より伊藤のほうが奪三振に優れるため、生田監督はコーチと話し合ってふたりの役割を決めた。

「以前は『球が速いから』『体が大きいから』という理由で選ばれていました。でも僕は発想が違って、ゴロではなく空振りをとれるピッチャーを抑えにした。『なぜ』かと言うと、川村先生が『ホップ率が高く、空振りをとれる』という理論を説明してくれたからです」

絶望、軍隊、地獄…日本一厳しいと評される亜細亜大野球部が挑む「合理的な根性論」の実体

亜細亜大・生田監督が全幅の信頼を寄せるマネージャーの大出彩斗氏

生田監督が全幅の信頼を寄せる男

 日米大学選手権から帰国後、亜細亜大学に戻った生田監督はピッチング練習を見ると総じて球が遅く、回転数も少なく映った。全日本でトップレベルばかり見ていたための"錯覚"だったが、生田監督は「これはえらいことだ」と思い、データ解析の視点を持つ学生を連れて来なければと感じた。そうして常総学院へ行った折、たまたま出会ったのが高校1年の大出だった。

「高校の時から独学でやっていました。大学では専門的に学びたいと思いつつ、亜細亜は現場でやれるのが魅力でしたね。

動作解析の部屋までつくっていただき、ラプソードやパルススローまで買っていただいて。正直、こんなに任せてくれるとは思いませんでした(笑)」(大出)

 野球界ではトレーナーやアナリストが専門の観点から進言しても、指導者が耳を傾けないことがままある。現場を仕切る"野球経験者"の声が強く、脇を固める"素人"はあくまでサポート役という位置づけが一般的だ。

 だが、亜細亜大学はそうではない。大出は生田監督にスカウトされてスポーツ推薦で入学し、全幅の信頼を置かれている。

「パルスで数値を見ると、『この選手はヒジに負担がかかりやすいから、たくさん投げないほうがいい』とか、『ケアも意識しないといけない』と気づけます。亜細亜は"頑張っちゃう"人が多いので、気づかない間に球数が増えていたり、パルスで『ちょっと危ないですよ』というラインに達していたりします。そういうことがリーグ戦の前に何回かあって、監督さんに伝えると『今日はノースローだな』と言ってくださります」

 生田監督は就任以来、選手たちにコンディショニングノートと野球ノートを毎日提出させている。大出を重用するのも、こうした下地があってのことだ。

「監督の僕が『大丈夫か?』と聞いたら、『大丈夫ではありません』と言う選手はひとりもいないと思うんです。だから、<青、黄、赤>の3種類で毎日コンディショニングシートをつけながらやっています。たとえば、『●●は今、黄色です』『いや、僕は赤だと思います』『では危険だから、やめさせよう』と話して決めていく」

 球数は<キャッチボール、遠投、ピッチング(ブルペン)、バッティングピッチャー、試合形式>の5種類に分けて毎日管理し、棒グラフで月別の数字を出す。上記に<ノースロー>を加え、毎朝、各選手が捕手コーチと話し合ってメニューを決めていく。

「肩やヒジが壊れないようにそうしています。とくに肩は故障したら(回復まで)1年くらいかかるので、そんな不幸なことはさせたくない」

データと感覚の相関性

 亜細亜大学と言えば、イメージされるひとつが"投げ込み"だろう。実際、多い時期には1日300球を投げることもあるという。ただし、キャッチボールを含めてだ。生田監督が投手たちに先発、中継ぎ、抑えの希望を聞き、具体的に必要な球数が割り出されていく。

 先発完投を目指すなら、試合前にはキャッチボールからブルペンで35球、プレーボール後は1回に15球×9イニング、イニング間の投球練習を5球×9イニング、さらにベンチ前でのキャッチボールを10球×9イニングなどという具合だ。調子の良し悪しで球数は変わるため、両方を想定しておく。本番を踏まえ、ブルペンで「今日は240球投げよう」という日でも、様子を見ながら生田監督が「180球に落とそうか」と助言していく。

 ここに昨年から加わったのがパルススローだ。ワークロードという「強度×量=負荷量」の概念を前回の連載で紹介したが、理想より投球負荷が少ない投手には、大出が「もう少し投げるといい状態になります」と指摘する。

「個々でラインが決まっているので、そこを維持するように目指していきます。難しいのは運用面で、練習のテンポ的に装着できなかったり、『充電を忘れました』という選手もいたりします。充電ステーションなど忘れない仕組みをつくり、『パルスをつけたら得をする』という気持ちになってほしいと思っています」

 亜細亜ではひとりにつき年間約2万円の「パルスダッシュ」というサブスクリプションに加入し、チーム全体の投手マネジメントに生かしている。パルスを積極的に活用しようという意識は上級生ほど高く、昨年阪神にドラフト5位指名された岡留英貴はほぼ装着していたという。こうした統率力は亜細亜の強みで、自分がよくなるなら試してみようとするのは一流の心構えと言えるかもしれない。

 実際、データと感覚には相関性があると大出は感じている。

「このレベルになると、みんな自分の感覚を言葉にできるのですごいと思います。逆に自分が見て『いいボールですね』って監督さんに話したら、『いや、今のはちょっとシュートしているよ』と言われ、ラプソードで見直すと実際にそうだったこともありました。そうやって感覚と擦り合わせながら、データの使いどころも少しずつわかってきたりします」

 データと感覚は、相反するものではない。むしろ補完し合うものだ。亜細亜はそう気づき、フル活用している。

「たしかに亜細亜は厳しいけど、すごく合理的にやっています」

 高1で生田監督と出会った頃、チームも指揮官の名前も知らなかった大出はそう話した。毎朝5時台に起きて選手たちと一緒に戦うなか、次々と飛躍していく背景を実感している。

 合理的な根性論──。

 山﨑康晃(DeNA)や東浜巨(ソフトバンク)、九里亜蓮、薮田和樹(ともに広島)、高橋遥人(阪神)ら好投手を次々とプロに送り出してきた亜細亜にはそうした土壌がある。そこから今年のドラフト候補に成長した投手が、最速150キロ右腕の青山美夏人と、大学3年のトミー・ジョン手術から今年復帰した145キロ左腕の松本晴だ。

「松本晴は高橋遥人よりいいボールを放ります。間違いないです。だけど、ケガが多いんです」

 指揮官も太鼓判を押す逸材は、なぜヒジにメスを入れるに至ったのか。その過程をたどると、投手育成の難しさをつくづく感じさせられる。

一部敬称略

第12回につづく