サヨナラヒットを打って、日本シリーズ進出を決めた──。

 そんな経験、どれほどのすさまじい記録を残した選手であっても、そう体験できるものではない。

"オリックス"ということでいえば、ブルーウェーブ時代のイチローがサヨナラのツーベースヒットを放って、1996年のリーグ優勝を決めている。

 さらに"近鉄"ということでいえば、バファローズの北川博敏が"代打・逆転・満塁・サヨナラ・釣り銭なし(3点差からの満塁弾)"の、しかも優勝決定というこれ以上ない劇的なホームランを放って、2001年のリーグ優勝を決めた。

オリックス・中川圭太は「我慢こそが成功につながる道」で無敵の...の画像はこちら >>

今季、キャリアハイとなるシーズン120安打を記録したオリックス・中川圭太

 そして今年は、バファローズの中川圭太がサヨナラヒットを打って、歓喜の輪に包まれた。中川が言う。

野球の神様がいてるんかな、と思ってたら、試合後のお風呂場で裏方さんに『野球の神様、いてたな』って言われました。それまでもいてるかなとは思っていたんです。

それこそ、チーム一の努力家、山足(達也)さんがものすごい努力をされていて、そんな山足さんを見てたら、やっぱり神様って見てくれているんやなって感じていました。で、いざ自分がそうなってみたら、『ああ、やっぱり野球の神様はいてたんやな』と思いましたね」

日本シリーズ進出を決めた劇的打

 2022年10月15日。

 京セラドーム大阪で行なわれたパ・リーグのクライマックス・シリーズ第4戦。同点の9回裏、ツーアウト2、3塁のチャンスで、3番の中川がバッターボックスに入る。

「あまりに必死すぎて、無我夢中だったんですが、とにかく来る球に対して全部打ちにいってやろうと思っていました。最初、(リバン・)モイネロがボール球を先行させたので余計、見てやろうなんて思わず積極的に振っていこう、という気持ちでいきました。

 今年は、どんなピッチャーがきても自分のスイングができるようタイミングを大事にしてきました。

タイミングが合わないと自分のスイングなんてできませんし、いろんなピッチャーがいますから、こっちもいろいろとタイミングを変えてスイングしなければなりません。そこは今年、一番考えてやってきたところです」

 カウント2−2となった5球目。ホークスの守護神、モイネロが投じたインコースへのスライダーを中川は三遊間へ弾き返した。握った拳を高々と突き上げるヒーローを、喜びを爆発させたチームメイトが追いかける。ホークスを倒すサヨナラヒット、そして日本シリーズへ......その瞬間、中川はいったい何を見ていたのだろう。

「いやぁ、興奮しすぎて(笑)、あんまり覚えていないんですけど、でも走っていく先に(2塁ランナーだった)宗(佑磨)が手を広げて待っていてくれていたので、飛びつきました。

その光景は覚えています。うれしかったなぁ......覚えているのはそれだけなんですよね」

 昨年、オリックスとしては25年ぶり(近鉄を含めれば20年ぶり)のリーグ優勝を果たしたバファローズだったが、それまでケガに泣かされた中川は蚊帳の外に置かれ、忸怩(じくじ)たる思いを抱えていた。まだほんの1年前の、今頃のことだ。

「僕、去年の日本シリーズはまったく見ていないんです。悔しい思いはもちろんありましたが、自分が出ていない試合をわざわざ、そういう気持ちのなかで見るのはどうなんだろうと思ったからです。試合を見るよりもっとほかにやることがあるんじゃないかと思って、バッティングやトレーニングを見直そうと思いました。

 だから、ちょうど去年のこのくらいの時期からファームのトレーナーさんと一緒に下半身を中心としたウエイトトレーニングを始めたんです。それは身体を大きくするとかではなく、瞬発的な出力を上げるトレーニングで、それを1年間、続けてきました。うまくいかない時こそ、今は我慢だと自分に言い聞かせてきましたから......我慢してやり続ければなんとかなるし、我慢こそが成功につながる道。そういう考え方は自分に合っていると思いますし、だからひたすらやり続けることが大事だなと思っています」

「無敵の中川」が苦手なもの

 そんな甲斐あって、今年の中川は規定打席をクリアする。打率.283はリーグ5位、ホームランは8本、打点51。なかでも特筆すべき数字がある。

それがスリーベースヒット──"三塁打9本"はリーグトップだ。

「走塁は、高校(PL学園)、大学(東洋大)からずっと意識してやってきました。走塁練習を基礎からやってきたからこそ、勝手に染みついているところなのかなと思います。僕はPLでハングリー精神を学びました。常に上を目指そう、もっとうまくなりたいという気持ちをずっと持ち続けていられるのはPLのおかげだと思っています。大学で指導していただいた高橋(昭雄/今年の9月に74歳で逝去)監督には、今も『ちょこちょこせず、積極的にガンガン打て』と言われているような気がします」

 そしてプロでめぐり逢った指揮官との熱き抱擁......中川の才能を信じ続けた中嶋聡監督は、サヨナラ打を放った愛弟子を両腕で強く、強く抱きしめた。

「監督さんには『よくやった』と言われました。毎日、深い話をするわけではないんですが、たまーに、試合前のバッティング練習の時、『もうちょっと積極的に行かんかいっ』とか、出されたサインに対してミスをしてしまった試合の次の日、『ゴメン、出したこっちが悪いから、それぐらいに思っておいてくれ』なんて言ってくれたりします。もちろんミスをして申し訳なく思っているのはこっちですし、技術不足を反省しなきゃとも思いますけど、でも、正直、監督さんにそんなふうに言ってもらえると気がラクになります。そういうところ、監督さんはすごいなと思っています」

 どの打順でもその役割を理解してそつなくこなす。内外野も守れるユーティリティ......そんなイメージすらある中川だが、中嶋監督だけは彼の類い稀なバッティングセンスを早々に見抜いていた。

 二軍監督だった中嶋が監督代行として一軍の指揮を初めて執った2020年8月、中川をいきなり4番に抜擢して「無敵の圭太を見てきていますので」と話したエピソードはよく知られている。

「"無敵の中川"ですか? グッズも出してもらってるんで、気に入ってるとしか言いようがないですね(笑)。でも、すごくいい言葉だと思います」

 そんな中川に訊いてみた。「本当に無敵なんですか」と......すると、意外に可愛らしい答えが返ってきた。

「いや、絶叫マシンが苦手なんです。子どもの頃から、ジェットコースターとか、絶対に無理です(笑)」