伊藤華英が馬淵優佳と語る現役引退と復帰の難しさ。「一度目の競...の画像はこちら >>

伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために vol.6 
特別対談 馬淵優佳×伊藤華英 前編

 トップスイマーとして活躍後、結婚・出産を経て現在子育て中の伊藤華英さん。現役引退後、同じようなセカンドライフを送っている女性アスリートが多いなか、現役復帰の道を選ぶ人もいる。

その一人が馬淵優佳さんだ。飛び込み選手として活躍し、競泳瀬戸大也選手との結婚を機に2017年に引退。その後、二人のお子さんを出産し、2022年に再び競技の世界に戻ってきた。練習と子育てに奮闘する馬淵さんと、女性アスリートが抱える課題の解決に取り組む伊藤さんに話を伺った。

――お二人は初めてお会いするということですが、それぞれの競技を間近で見る機会は多かったと思います。競技についてどのような印象を持っていましたか。

伊藤 飛び込みは同じ水泳選手とは思えないほどの身体能力だと思っていました。くるくる回転して飛び込むとか、逆立ちして飛び込むとか、全然違う競技ですよね。そもそも私は飛び込み台の上まで怖くて登れないですから(笑)。合宿の最後に験担ぎなどで、勇気を振り絞って登ったことはありましたけど......。

馬淵 練習のしんどさも全然違うと思います。競泳選手はすごく息が上がって、肩で息をしている感じで、ずっと苦しい練習だと思いますけど、飛び込みの選手は1本飛んで上がって、次に向けて休む時間があるので、息が上がるような練習は競泳選手ほどはないですね。

伊藤 飛び込みには体操の要素があるから、準備運動はすごくしているという印象があります。ケガのリスクがあるから、競泳とは集中の仕方が全然違うと思います。基本的に競泳は大きなケガをしませんから。

馬淵 飛び込みプールと競泳プールはいつも近くに併設されているので、旦那さんは飛び込み選手を見て、「楽でいいな」と思っていたそうです。私は怖がりなので、「競泳は怖くなくていいな」と思っていました。実は競泳をやりたかったのですけど、今となると、練習がきつすぎて長くは続けられなかっただろうなと思っています。

――馬淵さんは現役復帰という道を選択しました。その理由を改めて教えてください。

馬淵 現役引退後、東京オリンピックに向けて、いろんな大会の解説をさせていただきました。初めて競技を俯瞰して見る側、伝える側として関わったなかで、後輩の頑張っている姿がすごくかっこいいな、アスリートってすごいなと感じました。その時に、野球や陸上の選手から話を聞く機会があって、そんな方々の考えに感銘を受けました。自分の今までの考え方と全然違っていて、自分はなんて甘かったんだろうと痛感したんです。

 自分は本当にやりきれたんだろうか、もっとできたんじゃないかと感じました。そう考え始めたら、いてもたってもいられなくなって......。そんな時に後輩が「一緒にやりませんか」と声を掛けてくれたのが、現役復帰のきっかけでした。

 一度目の競技生活では、最初から最後までずっと辞めたいと思っていて、楽しいと思ったことはありませんでした。好きか嫌いかもわからず、やりたいとも思っていなくて、それがすごくコンプレックスに感じていました。だから二度目の競技生活は、自分で選択して始めているので、成績もすべて自己責任ですし、初めて自分と向き合えたかなと思っています。

それが今はすごく幸せで、充実しています。

伊藤 自分自身と向きあって、もう一回スタートを切れるのは、本当にすばらしいことだと思います。お話を聞いているなかで思ったのは、本気で競技を続けることで、これまでの不甲斐ない気持ちが、少し解消されていって、次に辞める時にはきっとやりきったという気持ちを持って引退できるんじゃないかということです。これから頑張ってほしいですし、最後には笑顔でよかったと思ってほしいですね。二度目の競技生活では、目標設定の仕方に変化はありますか。

馬淵 一度目の競技生活では、目標設定をしてこなかったんです。

当時は「目標はなんですか?」と聞かれたら、「オリンピック出場を目指しています」と言わなきゃいけない雰囲気でした。実際は、自分には無理と諦めていて、そこまで本気でオリンピックに行きたいとは思っていませんでした。今はパリオリンピックを見据えてやっていますし、そこは明確に目標設定をしています。

伊藤 とても明確ですね。次の目標は来年4月の世界水泳の選考会ですよね。まだ12月ですし、時間がありますよね。

馬淵 いや、もう12月です(笑)。この1年、早すぎて、あっという間でした。

伊藤 ここから大変な練習を積み重ねると思いますけど、自分のなかの考えがしっかりされているので、周りもいろんなサポートをしやすいんじゃないかなと思いますね。



伊藤華英が馬淵優佳と語る現役引退と復帰の難しさ。「一度目の競技生活では、最初から最後までずっと辞めたいと思っていた」
現役復帰への思いを語る馬淵優佳さん
――周りのサポートの大切さを感じることはありますか。

馬淵 周りのサポートがないと復帰して競技を続けることは絶対に無理ですね。子育てについては、旦那さんも今は離れたところで練習をしていますので、シッターさんにお願いする選択肢もありましたが、子どものことも考えて、両親を含め家族みんなで子育てをすることにしました。

伊藤 物理的な距離は、子育てではとても大変ですよね。私も仕事をしていますので、子育てや家事は夫婦でやりくりをしています。

――馬淵さんが競技復帰の際に、周りの反応はどうでしたか。

馬淵 競技者のなかでは一番年上になるので、今さら帰ってきていいのかな、自分は場違いなんじゃないかなと不安がありました。それに周りから、なんて思われているかを気にしてしまう時期もありました。だからこそ成績を残して、真剣に競技に向き合っていることを証明しなきゃいけないとずっと思っていました。

 だから日本選手権(※)で自分でも納得のいく結果を出せ、周りも認めてくれて、「頑張って」と声を掛けてくれるようになったことはすごく嬉しかったです。
※女子1m飛板飛込優勝、女子3m飛板飛込4位、女子3mシンクロ2位に入る

伊藤 プレッシャーもあると思いますし、人の目も気になると思いますけど、自分のやっていることにしっかりとコミットしていけば、そのまま進めばいいと思います。競技に対しての向き合い方には人それぞれの思いがあっていいと思います。しかし、とかくトップスポーツには競技だけに集中しろという風潮がありますよね。

馬淵 そうですね。競技以外のことをやったらダメみたいな風潮は感じますね。他のお仕事をしながら競技をやるのはいいことだと思っていますので、それを自分が体現していきたいです。

伊藤 優佳さんがそうやって活躍することで、トップスポーツに存在する固定観念を、少しでも変えられたらいいなと思います。それに伴って選手をサポートしていく体制を作り上げる必要がありますよね。優佳さんには出産して現役復帰するといういいロールモデルになってもらって、それを見て、たくさんの人にチャンスが生まれるといいなと思います。

後編に続く>>

馬淵優佳(まぶち・ゆか)
1995年2月5日生まれ、兵庫県出身。3歳から競技を始め、2009年に東アジア大会3メートル飛板飛込みで銅メダルを獲得。2011年に世界選手権代表選考会の3メートル飛板飛込みで優勝をし、世界選手権に初出場。22歳の2017年5月に競泳日本代表の瀬戸大也と結婚し7月に引退。2018年に第1子、2020年に第2子を出産する。2021年9月、26歳にして5年ぶりの競技復帰を決断。2022年8月、日本選手権の女子1メートル飛板飛込で優勝、女子3メートル飛板飛込で4位、女子3メートルシンクロ飛板飛込で2位となる。

伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。