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飛込の馬淵優佳(左)とエアロビック競技の北爪凜々

馬淵優佳×北爪凜々 クロストーク前編

 今年4月の翼ジャパンダイビングカップの3メートルシンクロ板飛込で優勝した馬淵優佳とエアロビック競技の世界女王・北爪凜々には、一度競技の第一線から退いた後に、現役に復帰したという共通点がある。互いに幼少期から競技に励みながらも、どのような理由で引退を決断し、そして再び競技の世界に戻ってきたのか。

異なる競技のトップアスリート同士が語り合った。

―― 馬淵さんは飛込、北爪さんはエアロビック競技で活躍されています。お互いそれぞれの競技の印象を教えてください。

馬淵 先日初めて拝見したんですが、イメージしていたものとは違って、少し驚きました。体操、新体操、ダンスを組み合わせた感じなんだなと。飛込とエアロビックには、共通するものがあるなと感じました。

北爪 見ていただいてうれしいです。私も飛込をよく見させていただきました。馬淵さんがペアで飛び込む姿を見て、すごくタイミングが難しいんだろうなと思って。何か言葉をかけて飛んでいるんですか。

馬淵 「せーの」って声を掛けているので、そこは大丈夫ですね。エアロビックには男女のペアがありますが、男女の筋力差はすごくあるので、ジャンプの高さのズレとか、一つひとつの技の力の調整とか難しいだろうなと思いますけど、どうですか。

北爪 そうなんです。そこの難しさはあります。飛込は入水の時のしぶきを抑えるの、難しいですよね。きれいにスッと入るのは本当にすごいと思いました。

馬淵 ただ、入水がうまくいくだけではダメで、空中の演技の美しさ、ツマ先まできれいに伸びているとか、ヒザが伸びているとかを見られるので、そこもエアロビックと共通していることかなと思います。

―― お二人はともに幼少の頃から競技をやられています。

馬淵さんは競技を続けるのが辛い時期があったと伺っていますが、それはいつぐらいのことなのでしょうか。

馬淵 小学4年くらいの時に、オリンピックを目指すチームに入って急に練習が厳しくなったんですが、そこから練習が嫌だなと思い始めましたね。当時は父がコーチだったこともあり、怖いし、痛いし、苦しいしというところに意識を向けてしまって、競技の魅力や楽しさを見いだせなかったですね。

北爪 私は辞めたいとか、苦しいとかは思わなかったですね。ただ、たくさん練習したのにうまくいかなかったり、結果につながらなかったりした時には悔しい気持ちがありました。それでもいろんな経験ができるから成長できると教えてもらっていたので、気持ちを切り替えるようにしていました。

馬淵 私は父だからこそ敢えて教わらなかったところはあります。1度だけ、中学3年生の時に父に「辞めたい」と言ったことがありました。今までまったく言えなかったけど、抑えていた気持ちがあふれ出してしまって、決心を固めて言ったんですけど、「辞めて何すんねん」とだけ言われて、次の日に合宿に連れて行かれました(笑)。私はただその苦しさから逃げたかっただけなんですよね。

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小さい頃から飛込に励んできた馬淵優佳

―― 馬淵さんも北爪さんも、20代になって一度引退をされています。北爪さんは世界チャンピオンになられてからの引退ということでしたが、どのような理由からなのでしょうか。

北爪 もうやりきったという気持ちが大きかったです。2019年4月のスズキワールドカップを最後にしたんですが、シニアになった2016年以降、世界ランキング1位にもなれて、世界選手権でも優勝することができて目標がなくなってしまいました。目指していたものをすべて獲れたのが大きな理由です。

馬淵 それは本当に幸せな引退ですよね。みんなが思い描いているすごく幸せな競技人生だと思います。選手のなかには年齢や環境、精神的、肉体的な理由で引退せざる得ない選手もいますよね。

そのなかで諦めずにたくさんの努力をしてきたんだろうなと思います。

 私はいろいろな限界を感じての引退でした。気持ちの面でもうこれ以上は無理だなって思ってしまいましたし、その時点でもう成長はないですよね。自分の限界を自分で決めてしまって引退を決意しました。

―― 一度競技を離れたことによって、見える景色が変わったり、競技の見方が変わったりしたことはありましたか。

馬淵 競技から離れて客観的に見ることによって、選手たちってかっこいいなと思いました。それまで競技をやってきて、自分がかっこいいと思ったことはなかったんです。東京オリンピックもありましたし、後輩たちがあんなに大変な道のりを頑張っている姿を見て、かっこいいなって感じたし、自分で自分をかっこいいと思えるようになりたいと思いました。

北爪 客観的に競技を見ることは本当に大事だなと感じました。私は引退してから(杉原良依)先生の下で2年間アシスタントコーチをやっていて、子どもたちに振り付けを教えたりしていましたが、子どもたちのどうにかうまくなりたいという目の輝きを見て、改めて自分にはエアロしかないんだなと、自分からエアロをとったら何もないなということに気がつきました。自分は踊ることが大好きで、技を追求することが好きだということにも気づけました。

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躍動する北爪凜々

―― そしてお二人とも復帰を果たしました。その理由を教えてください。

馬淵 後輩たちの姿を見て、パリオリンピックに出たいと思いました。もちろん大変なことではありますが、競技を好きな気持ちを持ちながら、もう一度演技がしたいと思ったんです。だからこそ、自分で復帰すると決めましたし、自分で決めたからこそ、今はすごく楽しいですし、そこに気づけてよかったなと思います。

北爪 私はさきほど引退した理由をやりきったと言いましたが、引退して客観的に競技を見たことで、新たな目標を持つことができました。見ている方の心に残り続ける作品を届けたいという目標が明確になりましたので、復帰をしました。

 子どもたちを指導する立場になって、メンタル面で成長できたかなと思っています。それまではこうでなければいけないという考え方を持っていたんですが、子どもたちを指導していて、それぞれ性格が違って、それぞれの形があっていいんだなと、決められたものなんてないんだなと思いました。それが大きく変わったかなと思います。

馬淵 それを感じて競技に戻られたのであれば、また大きく成長されるのではないかと思いますね。

―― 現在はお二人ともそれぞれの目標に向かって競技を続けていますが、どんな選手になりたいと思いますか。

北爪 私には大会前に自分の気持ちを盛り上げるための動画があるんです。もう引退してしまったブラジルのマルセラ・ロペス(09年ワールドゲームズ女王)という選手の動画なんですが、その選手の演技を見て気持ちを高めています。私も選手たちが大会に向かって気持ちを盛り上げたい時に、私の動画を見てもらえるような選手になれたらいいなと思います。

馬淵 私は今、ただただ飛込が好きで、競技に復帰したので、人に影響を与えるためとは考えていません。ですが、引退して2人の子どもを産んで復帰する選手はまだ少ないので、挑戦する勇気がない方や、子どもがいるから一歩を踏み出せないという人が、私を見てやってみようとか、前向きな気持ちになってくれたらうれしいなと思いますね。

●対談後編:馬淵優佳が「いい筋肉がついていてすごくいい」と北爪凜々のスタイルを絶賛 「飛込選手は結構おしりとかムキムキ」>>

【Profile】

馬淵優佳(まぶち・ゆか)
1995年2月5日生まれ、兵庫県出身。3歳から競技を始め、2009年に東アジア大会3メートル飛板飛込で銅メダルを獲得。2011年に世界選手権代表選考会の3メートル飛板飛込で優勝をし、世界選手権に初出場。2017年、22歳で競泳日本代表の瀬戸大也と結婚して引退。2018年に第1子、2020年に第2子を出産し、2021年、26歳の時に競技復帰を決断。2022年8月、日本選手権の1メートル飛板飛込で優勝、3メートル飛板飛込で4位、3メートルシンクロ飛板飛込で2位となる。2023年4月の翼ジャパンダイビングカップ兼国際大会派遣選手選考会の3メートルシンクロ飛板飛込で優勝した。

北爪凜々(きたづめ・りり)
1998年2月21日生まれ、群馬県出身。幼少の頃からエアロビクスをやりはじめ、小学1年からエアロビック競技に励む。ユース年代から国内外で数々のタイトルを獲得し、15歳の時にユースの世界選手権で優勝を果たす。2017年スズキワールドカップでシニア女子シングル優勝。同年アジア選手権を日本人として初制覇。2018年にスズキジャパンカップの女子シングルで4連覇し、同年世界選手権で初優勝に輝く。2019年春に引退し、アシスタントコーチとして指導にあたるが、2021年に現役に復帰。2023年4月のスズキワールドカップの女子シングル、ミックスペアで優勝した。