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【意外な勝負の綾】

 スタンドからため息がこぼれるような圧巻のスピードだった。

 レース終盤、3番手につけていた佐藤水菜がペダルを踏む足に力を入れると、瞬く間に前の二人を追い抜き、4車身分ほどの差をつけてゴールラインを駆け抜けた。

 29日に立川競輪場で開催された「ガールズグランプリ2023」は、一番人気である佐藤の圧勝。

4度目のグランプリ挑戦で初めて日本一の称号を手にした。この大会に出場したのは、新設された3開催のGⅠ勝者と、獲得賞金額の上位順に選出された計7名のトップ選手。いわば女王の、女王による、真の女王を決める大会で、ここまでの勝ちっぷりが見られるとは誰が予想しただろう。

 勝負の綾はいったいどこにあったのか。

 試合後、佐藤は意外な言葉を口にした。

「すんなり真ん中の位置が取れて、それが自分にとっては絶好の位置だったので、思ってもない幸運が来たって感じでした。

絶対に後方にされると思っていたんですけど、位置取り争いがあまりなくて。今日は運がすごく味方してくれたと思います」

 運とはおよそ勝負師らしくない言葉だが、その幸運を待つのではなく、自らたぐり寄せたところに佐藤の本領があったように思う。

 競輪は序盤、好位をめぐって順番が入れ替わるものだが、今回はそうした駆け引きがあまり見られなかった。佐藤の2つ後方に位置取ったのが人気を二分する児玉碧衣だ。なぜ動かなかったのか。そこにはこんな心理が働いていたという。

「みんなサトミナ(佐藤水菜)が強いのがわかっているから、動くのが怖かった。一番強いサトミナが一番いい位置にいて......あの並びはきつかったですね」

 前に出ればすぐ後ろにつけられる。手の内を明かすくらいなら、後方で待機。実力者が佐藤の後塵を拝し、まるで金縛りにあったかのように動けなかったのは、佐藤が爆発的な"脚"を持っているからだ。

【佐藤に対する強い警戒心】

 佐藤は現在、ナショナルチームのエースとして、女子ケイリンでめざましい活躍を見せている。21年、22年と世界選手権で2度の銀メダルに輝く。今年もアジア選手権で金メダルを獲得し、来年のパリオリンピックでも有力なメダル候補の一人だ。

 対する児玉は国内のガールズケイリン一筋。8年連続でグランプリの舞台に立ち、18年、19年、20年と3年連続で優勝するなど、実力は頭一つ抜けている。

 ナショナルのプライドか、ガールズの意地か、二人の対決はそんな意味でも注目を集めたが、勝負所である残り1周半の鐘が鳴っても、児玉は動けなかった。

「後ろに(坂口)楓華と梅川(風子)さんがいたので、どっちかが(佐藤を)抑えに行くかなと思って、それに合わせて出ていこうかと思ったけど、動かなかったですね。(私が前に出る?)じゃあサトミナが(私の)後ろになるということでしょ。今日のサトミナは(前に)入れる感じがしなかったんですよね。

いつでも(他の選手に)合わせる気が満々の雰囲気だったから」

 佐藤はあえて、先行する二人と自らの間にスペースを空けていた。後ろから誰が来てもすぐに対応できるように、セーフティーゾーンを作っていたのだという。児玉はその意図を感じ取っていたからこそ、最後の競り合いに賭けたのだ。

 やはり、後方からレースを組み立てた梅川は、こう言ってナショナルのチームメイトを称えた。

「自分より前にいたらコントロールされるんですよ。だから、私たちが後ろからどうサトミナを動かすかというのが大事だったのに、それができなかった。

もっと追い上げるなり、仕掛ける素振りをして揺さぶるべきでしたね。私はまだ前のこの辺り(近い位置)しか見えていないんですけど、サトミナは視野が広くて、レース全体を把握している。そういうところも上手でした」

 前を行く選手に離されても、射程圏内であれば追いつける自信がある。そのうえで後方の選手をけん制し、抜かれないギリギリのタイミングで自ら仕掛ける。レースをつくる巧さは、世界の強豪たちと戦うなかで身につけた佐藤の武器だろう。

 トップに立ち、最終4コーナーを回るとき、佐藤は後ろを振り返るのではなく、正面の大型ビジョンで自身のポジションを確認している。

勝負所での冷静さも際立っていた。

「あれは、後ろを確認して体勢を崩すよりも、正面のビジョンを見たほうが早かったので。そこは冷静に前を見て、自分の視野では見きれないところを確認しました。それで単独の先頭ということはわかったんですけど、何があるかわからないのでゴールまではしっかり踏み切ろうと。優勝は純粋に、ただただ嬉しかったですね」

 1着佐藤、2着には児玉を制した梅川が入った。

 3着に敗れた児玉のコメントは潔かった。

「脚が回っていたし、自分のなかではけっこうよかったんですけどね。結局、梅川さんにも抜かれているから、ナショナルは強い! でも、今年は骨折からスタートして、しかも粉砕骨折で、そこからの復活でした。来年はもっと強くなって戻ってきます」

頂上決戦で4車身も差がついたのはなぜか ガールズケイリン佐藤水菜の圧勝にライバルは「動くのが怖かった」
4車身の差をつけたゴール。圧巻のレースだった photo by Takahashi Manabu

【次なる目標はパリ五輪】

 このレースで1330万円(副賞込)を手にした佐藤は、同時に賞金女王のタイトルも獲得。名実ともに、日本のトップに立った。

 1年を振り返る表情には、充実感が漂っていた。

「自分が負けた世界選手権やガールズドリームレース(優勝は児玉)は、周りから『勝てる』と言われたり、勝たなきゃいけないっていうふうに背負い込んで、気負ってしまって勝てなかった。そういう部分を全部取っ払って、チャレンジャーの気持ちで臨めたのが今年の後半でした。今日のレースもそうですけど、やっぱり強い気持ちで攻めるのが大事なんだって再認識できましたね」

 女王が次に見据えるのは、パリオリンピック。世界の強豪を相手に、攻めるレースを目論む。

「来年は本当に勝負の年。ガールズケイリンを盛り上げるのにも五輪はすごくいい機会ですし、4年に1度の大会でしっかり結果が残せたら、それこそ最強の女になれると思う。まずは2月に始まる前哨戦でいいスタートダッシュを決めて、五輪ではケイリンで金メダルを取りたい。胸を張って、ガールズケイリンに帰ってきたいです」

 ナショナルのプライドと、ガールズの想いを背負って、佐藤は来るべき五輪シーズンを戦う。苦しくなったとき、女王の肩書きが、力強く背中を押すことだろう。