【9年前に見た飛躍の兆し】

 第100回箱根駅伝で、城西大が"急上昇"を遂げた。過去最高順位は6位。今大会は"山の妖精"と呼ばれた5区・山本唯翔(4年)が、自身の持つ区間記録(1時間10分04秒)を大きく塗り替える1時間09分14秒で走破。

往路を3位で折り返すと、復路もトップ3を守って歓喜のゴールに飛び込んだ。

箱根駅伝で城西大が3位飛躍の要因 世界で通用する選手も育てた...の画像はこちら >>

 そんな快挙に、櫛部静二監督も「今までちょっといろいろありまして、なかなかこういうレベルでできなかったんですけど、ちょうど第100回の節目で初めての3位は正直うれしく思っています。これを機に挑戦を続けていき、さらに上を目指してやっていきたいです」と笑顔を見せた。

 今季は出雲駅伝(3位)と全日本大学駅伝(5位)でも過去最高順位に食い込んでいた。今回の箱根で急浮上できた理由は、大会の最優秀選手に贈られる「金栗四三杯」を受賞した"山の妖精"の活躍だけでないのは明らかだ。

 城西大はどのように進化を遂げてきたのか。

 筆者は9年前に同大を取材した時のことを思い出した。その時に櫛部監督から聞いた言葉が、今回の躍進につながっていると感じている。

 9年前の2015年、城西大は箱根駅伝で総合7位に入った。前年の19位からのジャンプアップだった。その原動力となったのが、2区で8人抜きの快走(1時間07分43秒の区間2位)を披露した村山紘太(当時4年/現・GMOインターネットグループ)だ。

 村山は大学4年時に大ブレイクした。

1500mで2014年度の日本最高となる3分39秒56をマークすると、アジア大会5000mで自己ベストの13分34秒57で5位入賞。箱根駅伝予選会(当時は20km)も、日本人歴代最高タイムとなる58分26秒で軽やかに駆け抜けたのだ。

 当時、櫛部監督は「質ではなく量に頼る練習は、『箱根駅伝を目指す選手を量産する』という意味では効率的なトレーニングだと思います。ただ自分としては、長所を生かしてあげることが一番だと思っていますし、紘太はそれを求めている気がしていました」と話している。

「スピードからのアプローチ」で走力を磨いた村山は、上りのきつい箱根駅伝2区(23.1㎞)を快走。長い距離の練習をすると、「動きがモタッとする」ことがあっため、櫛部監督はスピード練習でシャープな動きを確保しつつ、村山のポテンシャルを引き出した。

 そして当時、村山は兄の謙太(当時・駒澤大/現・旭化成)には内緒で、高地と同じ低酸素環境を作り出す「低酸素テント」を活用。「Living High, Training Low」(高地で生活し、低地でトレーニング)を実施して、兄と同等以上の走りを見せるようになったのだ。

【本格的な「低酸素トレーニング」】

 イケイケだった村山が将来的に行き詰まった場合について、櫛部監督が「ひとつ、私に案があるんです。内緒ですけど(笑)」と言っていたのが印象に残っている。その案というのが、「低酸素トレーニング」だったのではないかと思っている。

 当時と比べて、城西大のトレーニングは大きく進化した。

櫛部監督は本格的な「低酸素トレーニング」を取り入れるようになったのだ。

 直近10年間で箱根駅伝への出場は7度だが、城西大は世界大会に羽ばたいた選手を何人も輩出している。

 村山は2015年に、10000mで27分29秒69の日本記録(当時)を樹立。リオ五輪(5000m、10000m)にも出場した。実業団時代に母校で低酸素トレーニングを積んだ山口浩勢(現・加藤学園高陸上部副顧問)は、3000m障害で東京五輪とブダペスト世界選手権に出場している。

 2021年には、当時4年生だった砂岡拓磨(現・コニカミノルタ)が、5000mで日本人学生歴代2位の13分19秒96をマーク。

さらに"山の妖精"山本唯翔は、前回の箱根5区で区間賞に輝いたあと、ワールドユニバーシティゲームズの10000mで銅メダルを獲得するなど、学生のうちに世界で結果を残す選手も出てきた。

 近年はボックス型の「低酸素室」を寮内に設置しているチームが増えており、低酸素トレーニング自体は珍しいものではない。ルーム内にトレッドミルやエアロバイクが置いてあり、ケガをしている時でも心肺の負荷を落とすことなく、追い込むようなトレーニングができる。しかし、たいていの場合は数人しか入ることができない。
 
 一方、城西大はトレッドミルを10台以上置けるほどの広さを持つ「低酸素室」を大学内に完備。夏の暑い時期にも快適な空間で、高強度のトレーニングができるという。

山口、砂岡らの活躍もあり、徐々に低酸素室を使用する選手たちが増加している。山本は多い時で週3回も利用し、箱根駅伝の前は低酸素環境で睡眠をとったという。

 おそらく、城西大が最も「低酸素」を活用している学生チームだろう。

"山の妖精"は卒業するが、今季に10000mで27分台をマークし、花の2区で城西大記録を塗り替えた斎藤将也(2年)と、出雲と全日本の3区で区間賞に輝いたヴィクター・キムタイ(2年)がチームに残る。選手層は厚くないが、学生トップクラスの選手がいるだけに来季以降も非常に楽しみだ。

 さらに、「箱根駅伝で上位に入れて、個人では世界を狙えるチーム」という実績ができたことで、高校生ランナーたちの評価も急上昇しているはず。今後は入学する選手のレベルも上がってくるだろう。

 最先端の科学的トレーニングを実践している城西大。学生駅伝のタイトルを手にする日は遠くない気がしている。